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ニンゲンスレイヤー  作者: 弐屋 中二


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30/166

レナード城

「あ、失礼いたしました。わたくしとしたことが……」

すぐに我に返ったサキュエラと呼ばれた女性はスッと身体を引き、荷車を降りようとしてブラウニーから腕を掴まれた。

「いや、良いのだ。このままレナード城まで案内してもらおう。臣下のものは、引かせたまえ。我が友たちが心休まることができない」

サキュエラは深く頭を下げるとパチッと右手の指を鳴らした。

同時に、荷車と馬や俺たちを取り囲んでいた全員が山林の中へと消えていく。

荷車の上でサキュエラは灯火を持つと立ち上がり

「あなたたち!!最初に言っておきますけど!!ブランアウニス王の臣下として最も長いのは私ですからですね!?そこを勘違いしないように!」

俺とジェシカは口を半ば開けて荷台の上を見上げる。

ブラウニーが、サキュエラに座るように手を伸ばし

「……失礼した。彼女が帝国を私に変わってコントロールしていた使い魔なのだ。少し、性格が尖っているのは、この子の特性だ。気にしないでくれたまえ」

俺たちにそう言ってくる。二人で頷くとブラウニーは安心したように

「サキュエラ、馬を進ませなさい」

「はい」

嬉しそうに彼女は荷台を引く、馬に指をさす。

黒馬は瞬く間に、巨大な毛むくじゃらの生き物に変化した。

暗いので炬火に照らされている足元しかはっきりと見えないが、体長二十メートルはありそうだ。

その生き物は、荷車ごと二人を持ち上げ、広い山道をゆっくりと歩きだした。

俺とジェシカは唖然としながらそれを追う。

ゆっくりとは言え、歩幅が圧倒的に違うのであっという間に離されていく。

二人で山道を走っていくと、巨大な生き物は突如立ち止まり荷車を降ろした。

その先には暗闇の中、灯火に照らされた大きな城門が見える。

巨大な生き物は、音もなく黒馬へと戻り、サキュエラがその馬に荷車に繋ぎなおしている所に俺たちも駆け寄った。

「ふんっ……」

彼女はサッと横を向き、黒馬を引いてブラウニーの乗る荷車ごと、灯火に照らされ静かに開いていく城門へと進んでいく。

俺とジェシカも首を傾げながら続く。


城内でブラウニーは荷車から降り

「サキュエラ、皆への食事は用意してあるね?」

「はい!もちろん!」

「では、行こうか」

「こちらへ!」

殆どスキップのような歩き方でサキュエラはブラウニーを先導しカンテラに灯された夜の人けのない城内を進んでいく。

当然、俺とジェシカも続くが深夜とは言え、この警備の薄さにはまた首を傾げざるを得ない。


広い食堂中心に、ポツンと四角いテーブルが置かれている所へ俺たちは案内された。

テーブルの奥には、豪華な料理がこれでもかと盛られ手前の席には白い皿の上に、骨……恐らくは馬の骨が一本、そして、右の席の前には嫌がらせのようにサラダが山盛りにされた皿とナイフとフォークが置かれ、その反対の席には、何も置かれていない。

サキュエラは奥の席にブラウニーを座らせると顎を上げ、俺とジェシカを挑発するような目つきで見つめてくる。

その意味は即座に分かった。面倒な女だ。


俺はまず、ジェシカをサラダが山盛りにされた席へと座らせ自分は、皿の上に馬の骨が置かれた席に黙って座る。

「よろしい」

満足げにそう言ったサキュエラは何もない席に座り、明らかに苦笑いしているブラウニーをウットリと眺めだした。

ブラウニーは目を細めサキュエラを流し見すると

「まずは、サキュエラの非礼を謝らせてもらう」

サキュエラは一瞬うつむいて、猛烈に不満そうな顔をした後グッと堪え、またうっとりとブラウニーを見つめだした。

「……この子も今は私の使い魔とはいえ、元は逆さの楽土の悪魔なのだ。悪魔たちは調和を重んじない。私の言うことを聞くのは、私が上位の存在だからというその一点の理由だけだ」

またサキュエラは不満そうな顔をして俯いて

グッと堪えると、うっとりとブラウニーを見つめだした。

ブラウニーはその視線を気にもせずに自分の皿の肉料理を皿に大盛りで分けるとジェシカに分け与えた。

サキュエラは口を開けて唖然とした顔をしてその様子を眺めている。

「明日から忙しくなる。ジェシカさん食べてくれたまえ」

ジェシカはサキュエラの悪意と殺意に満ちた眼差しを見ないようにしながら、肉を切り分けてサラダと共に食べ始める。

「サキュエラ、私は今度の争いではもしかすると一度、この身体を失い、地上から退避せねばならないかもしれない。その時、君は私の代わりに、ターズたちを導いて欲しいのだ」

彼女はあからさまに不満げな顔で

「ブラウニー様が居ないなら、わたくしも一緒に逆さの楽土へと還ります……」

ブツブツとそう呟いた。ブラウニーは優しい目で

「いつも、言っているだろう?真の大悪魔になるためには、その燃え盛るような欲望の上に調和を学ばねばならぬ。君は一層を任される大悪魔になる素質があるという私の言葉を覚えているはずだが」

「……ブラウニー様の居ない冥界など塵にも劣ります……」

またブツブツと呟きだした。

俺はとりあえず、目の前の馬の骨を齧ってみる。

……自分でも意外だが、旨い。

アンデッドになったからかもしれない。

バリバリと齧りだすと、サキュエラが蔑んだ顔で見てきてブラウニーは両手をパンパン叩いて笑い始めた。彼は笑いを収めると

「サキュエラの足りぬものを、ターズは全て持っている。機会があれば彼から学ぶとよい」

サキュエラはとてつもなく嫌そうに顔をゆがめて俯き気味に

「はい……善処します」

言葉を濁した。

ジェシカは集中して皿に盛られたものを食べ続けている。


ブラウニーは全員の顔を見回し

「アラナバル・ヴィーナ大佐は買収には応じぬか」

いきなりサキュエラに質問した。

不満そうな顔をあっさりとサキュエラは収めて真顔で

「はい。帝国への忠誠心までは換金せぬようですね」

「そうか。ならば彼にはスベン総司令の相手をしてもらおう。帝国に潜り込ませた二重スパイに三万のオースタニア軍の帝国への大反攻の知らせと、その総司令は生き残った名将スベンだと情報を流すのだ」

「……直ちに」

サキュエラがピンッと右手の指を鳴らすと、どこからともなく蝙蝠が飛んできて彼女の右手に留まり、そしてサキュエラから小声で何かを告げられると、その手元からスッと消えた。

「あと、勘の良いもので正気な者は帝都内に居るかな?」

サキュエラは少し考えてから

「ご所望の、アナバル・マグリアくらいですね。残りはほぼ、スズナカ・サキのマインドコントロール下です」

「分かった。では我らはこの城で数日休み、ヴィーナ大佐が帝国軍を引き連れ、西の国境へと大挙して向かうころ、空の帝都目指し、東へと出発することにしようか」

「転移者三名は、竜騎国から動く気配はありません。ただ、少し、気になる情報が……」

サキュエラは媚びたような上目遣いの困り顔でブラウニーを見つめる。

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