帝国へ
翌日早朝
俺とブラウニーとジェシカは
身ぎれいな格好をした商人の一団として
王都ジャンバラードを発った。
最小人数の先遣隊として、東の帝国に向かうのである。
体格の良い茶色の馬に引かせた大きな荷車には
宝石などを満載して
さらにその上に、鳥の羽根と布で
いかにも商売人が好みそうな帽子をかぶり
口元までスカーフをまいたブラウニーが乗っている。
俺と、黒髪を短く切ったジェシカは、いかにも召使いのような布の服と
日用品の入った布袋を担いでいる。
ゆっくりと人も疎らな帝国への道路を歩きながら
荷車の上のブラウニーに尋ねようと、顔を上げ
「なあ、こんな速度でいいのか?」
俺の地理的な勘が正しければ
間違いなく、帝国に着くまで不眠不休でも三日はかかる。
そして生き物ではないと俺と
生き物か怪しいブラウニーと違って
ジェシカと馬には休息が必要なので
夜間には休息が絶対に必要だ。
それも入れると、一週間はかかるような気がする。
ブラウニーは、荷車の上にゆったり腰を下ろし
朝の光を浴びながら
「……夜中は馬を近くの城に預け
君に荷車を引いてもらう。そして朝には
次の城で馬を借りる。ということを三日繰り返せば帝国だ」
「……本気か?」
ジェシカは黙って歩きながら聞いている。
ブラウニーはこちらを見下ろして
「アンデッドである君は、私がさりげなく重量魔法をかけた
あのモーニングスターも難なく扱えた。
すでに、人の腕力を超えている」
「……そうだったのか」
「ふっ、文句を言わないんだな。
馬車馬になるんだぞ?」
スカーフのしたからでも笑っているのが分かる
目つきでブラウニーはこちらを見下ろしてくる。
「……クソガキどもをこの世界から駆逐できれば
なんだってやるさ。俺は全てを失ったんだ」
「……その意気だ」
ブラウニーは朝の陽ざしを見上げながら
頷いた。
昼には、馬とジェシカに食事休憩をさせた以外は
ひたすら東へとまだ戦火の跡が残る街道や
地慣らしされた大道を進み続け。
その夜、本当にブラウニーはオースタニア傘下の
キグナー城へと立ち寄り、馬を預けて王都へと
送り返すように、城兵に命令すると
俺に荷車を引くように言ってきた。
実際にやってみると、まったく問題なく引くことができた。
しかも夜目が効くので、炬火も必要ない。
ジェシカもブラウニーと共に荷車に乗りこんでいる。
「昼間にやると、さすがに人目がつくのでね。
撤退していった帝国の諜報員もウロウロしているので
オースタニア国内で見つかるのは避けたい」
ブラウニーが背後の荷車の中で
「ジェシカさん、どうかな?
君が任務中に死んだとしたら
ターズのようにアンデッドにならないか?
そうなると私としても有能な駒が増えて助かるのだが」
ずっと黙ってついてきたジェシカは
「……申し出はありがたいのですが
私は人として死にたいと思います。
そして、逆さの楽土で罰を受けます」
毅然とした声で答える。
ブラウニーはいかにも残念だといった感じの
ため息を吐いて
「……美しい決意だ。
だが、冥界で亡者の群れと何千年もさ迷うよりも
この世界でターズのように亡者として生き
そして、復讐を成しえるほうが合理的だと思わないか?」
「……いえ」
ジェシカはそう言うと、黙りこんだ。
「ふふふ。尊重するよ。無理強いはしないし
嫌だというものを死んだ後に勝手に
アンデッドにはしない。安心したまえ」
「……申し訳ありません」
「いいんだ。それにいつでも心変わりしたら
言ってきてくれ。いつでも受け入れる」
俺の引く荷車は、月が隠れ、光のない夜道を進んでいく。