ブラウニー
ボロボロのローブを纏ってフードで顔を隠した男が、玉座に座るセーラー服に真っ赤なマントを羽織り、黒髪を腰まで伸ばした不機嫌な少女に跪き、頭を深々と下げながら
「……女王様。お約束の品を受け取りにまいりました」
「硝石の代わりに、死体を寄こせってあれでしょ?キモ……」
「そう言わず、頂きたいのです。我々黒魔術師にとって良質な死体は何よりの宝です」
「……まあ、約束だからいいけど。次は硝石を倍で頼むわ。ライグバーン竜騎国が抵抗してて、仲間がもっと爆薬と弾丸が欲しいって。死体は好きなだけ掘り起こして勝手に持って行っていいから」
「ありがたき幸せ。必ず、倍にしてお送り致します」
少女は心底嫌そうな顔で右手を左右に振り、怪しげな男を去らせる。
城下町の外にある血で染まった泥土を、古びたローブ姿の十人の男たちが錆びた金属シャベルで掘り返し始めた。
近くには、古びた荷車が三台見える。
怪しげな集団は
「死は幸福なり、生は幸福なり。滅するべき最後まで、我ら楽土を往来す」
そう、綺麗に調子を合わせ歌い始めた。
「嗚呼、神の御名は雲から射す光柱なり、悪魔の術は赤き海を黒く固める」
「幸いとは汚泥に塗れた先にあり、不幸とはシルクのカーペットの裏にある」
怪し気な文言を歌い続け穴を深く掘り続けると、土中から、首のない腐りかけの裸の遺体が何体も姿を現し始めた。
ローブの男たちは、丁寧に一体ずつ遺体を掘りだしては地上に並べていく。
そして二十体ほど掘り終わると男たちは近づいて、ボソボソと何かを相談し始めた。
しばらくすると、一体の首のない遺体を一人が荷車に乗せて去っていった。
残った男たちは、再び穴を広げ、歌を歌いながら遺体掘りを続ける。
……
とても暗い所に俺は居る。いや、居たというべきか。
俺が、俺だということが俺に戻ってきた。
おかしな感触だが、そんな気がする。
闇の中は全てが混ざり合っていて、まるで、俺は死んで無になりかけて……。
「……!」
両眼を見開くと、顔中が傷だらけで毛が一切ない、痩せた紫の肌の気色悪い男がこちらへと歪な笑みを向けていた。
体には汚らしいボロボロのローブを纏っている。
「……お帰りなさい」
男は少し高めの鼻にかかった声で微笑みながら告げてくる。
「ここは……?」
寝たまま尋ねると
「学究都市ネマグラの黒魔術の館。君は蘇った。アンデッドとして」
「アンデッド……?ゾンビになったのか?」
鍛冶屋の顧客から遠くの国にそんな存在が居ることは小耳に挟んで知っていたが……。
「ああ、そうだ。そしてもし君がアンデッドとして長く存在すればスケルトン、そして賢ければリッチにもなり得る」
俺はつい笑ってしまい
「ははっ、つまり皮膚や内臓がいずれ腐り落ちると。スケルトンって骨だけで動く化け物だろ?」
男は怪訝な顔をしながら
「ショックはないのかね?自らの運命に」
「運命……?んなもんもう信じてねぇな。真面目に働いてたら、店は焼かれて偉そうなガキの命令で首を跳ねられた。神も救いもねぇ。いや、あんたは救いの神かもな」
そう言いながら上半身を起こすと石造りの冷たい部屋中心に設置された石の台座の上に寝かされていたのが分かる。
裸の下半身には六芒星が描かれた紫の布がかけられていて、何らかの儀式を施したような雰囲気だ。
触ると首筋には縫い付けられた跡があるが、上半身の筋肉も、手足も全て元のままだ。
ただ、冷たい。全ての部位がとてつもなく冷たい。
胸板から、俺のナニ、そしてそれらを触っている手まで温かみを感じない。
辺りには取り囲むように太い蝋燭が配置されていて勢いよく燃え盛っている。
男は俺の様子を観察するかのよう両眼を細め
「私は黒魔術師のブラウニー。君の名前はなんて言うんだ?」
「……ターズだ。王都で鍛冶屋をやっていた。あんたの言う通りなら、今は無職のアンデッドだがな」
苦笑いしながら見つめると
「……気に入った。ターズ、我らの計画に興味はあるかな?加われば少なくとも、無職ではなくなる」
不気味な顔に似合わぬ微笑みを称えた男から穏やかにそう持ち掛けられた。
「ああ、いいね。どんなもんかは知らんがあんたは恩人だ。安請け合いしてやるよ。聞かせろ」
俺は自虐しながら、石の台座から立ち上がる。
「こちらへ……」
ブラウニーは部屋の金属製の扉を右手を広げ指し示すと、静かに歩いていく。




