実況動画
俺は砂の海を進み続ける小船の先頭で
両手に握っている、全体が鈍く紫色に光る大鎌を確認する。
鎌の一メートル近くある曲がった刃には
血のりのような色の呪文が横に沿って描かれていて
刃そのものは、何でも斬れそうな鋭さを刃元から
刃先まで讃えている。
元鍛冶屋としても、これを造ったやつが
尋常じゃないのがよくわかる。
見惚れていると、砂漕ぎ船が大きく横に揺れ
バランスを崩しそうになるが
何とか踏みとどまった。
背後で操船しているブラウニーが
「こんなところで落ちてもらっては困る。
せめて、どちらかに一撃入れてからにしてもらいたい」
冗談を言ってきて、俺は苦笑いしながら
「ああ、振動し始めたら教えよう。
お……震えだしたぞ」
微かに長い柄が振動し始めた。
その柄も、また異様である。
黒と真紅と真っ青な色がグルグルと混ざり
上下に延び、混沌とした装飾が施されている。
「近いな……前方に向けて構えていてくれ
操船は私がしよう」
「ああ、頼む」
俺は前方に出現するはずの標的に向けて
ゆっくりと両手持ちした大鎌を
振りかぶって構える。
同時刻
鞘に入った銀の大剣と、大荷物をすべて背負ったヤマモトが
さらにタナベを肩車して
大サルガ砂漠を走って、北上していた。
タナベは肩車したまま、白い金属の塊をいじり
「……なんかおかしいんだよな」
と呟く。ヤマモトはかなりの速度で走りながら
首をかしげて
「どうしたぁ?違和感を言ってみろよ」
「いや、たまたまヌーグルマップで検索したんだけど
オースタニア近辺の地名が変わってて……」
「……どんな風に?」
「僕らがオースタニアの要塞とか街を陥落させたあとは
全部、地名に"旧"がついてたんだけど
例えば、旧ジャンバラード城とか」
「ふむふむ」
「その旧が全部取れてるんだよ……バグかな……」
ヤマモトは大砂漠の中、ピタッと立ち止まった。
「……なあ、ヒサミチ。
なんか、この砂漠に入ってから
俺、向かってる先に何か、ヤバいことが
あるような気がしてる」
「……リュウ、勘違いだって言いたいけど
僕も今、感じてるよ」
「引き返そうか……」
二人は立ち止まったまましばらく黙ってから
肩車されているタナベが
「……いや、このまま行こう。
キャベルちゃんのお父さんを一刻も早く
治さないといけない」
「ああ、そうだな。そのスマホ
防御には使えないのか?」
「……この大サルガ砂漠での実況動画が
どこかにないか、ヌーグルを検索してみるよ。
例えば、鳥の視点での実況とかあれば、きっと俯瞰して警戒できる」
「ああ、俺はシルバーソングを抜いて、いつでも
反撃できるようにしながら走っとく」
ヤマモトは再び走り出した。
鞘から抜いた大剣を右手に持ち、大荷物を背負い
タナベを肩車したままだが
疲れはまったく感じられない。
大鎌の振動が激しくなってきた。
「近いぞ。本当に、クソガキぶっ殺すって祈りながら
至近距離から、そっちに振ればいいんだな?」
「その通りだ。その大鎌にはリーパーデスの効果が
永続でかかっている。
斬撃とともに、発動する即死魔法で
魔法耐性の一切ないタナベを
上手くいけば葬ってくれるだろう。
……冥界の紳士という名はセンスを疑うがね」
「……嫌いじゃないぞ。そのギリギリを狙うセンスは」
俺はニヤリと微笑む。
前方に、少年を肩車して走ってくる
大荷物を背負った大柄な若者の姿が見えてきた。
俺の腐っていくアンデッドの両目が
誤っていなければ、銀の大剣を抜いている。
「あれだな……」
「ああ、正面から突っ込む。
こちらもノーガードだ」
こちらの砂漕ぎ船の速度もかなりのものだが
向こうも人間離れした速度で走っているようで
すぐに五百メートル、四百メートル……三百メートルと近くなってきた。
俺はクソガキをぶっ殺す一瞬を
絶対に逃さないために、大鎌を構えて
できるだけ至近距離で触れるように
集中する。
まったく警戒することなく
俺たちにまっすぐに突っ込んでくるガキどもまで、
二百メートル、百メートル、九十、八十
七十……五十……三十……今だ!!
「リュウ、下を思いっきり突いて!!
ここだ!地中実況動画の主は!」
すれ違いざまに大鎌を振り被って
横に振りだした一瞬前に
肩車されている少年の大声があたりに響いて
体格の良い若者は両手持ちした大剣で
足元を思いっきり突き刺した。
同時に、体長百メートルは裕に超えているだろう
長大な砂色の芋虫のようなサンドワームが
彼らの足元から飛び出てきて
二人と、砂漕ぎ船から飛び出た俺たちもろとも
大砂漠の空中へと吹っ飛ばされていく。
その刹那、俺は信じられないものを見た
体格の良い若者が、放り出された少年を宙で抱き寄せて
飛び出てきた、サンドワームの頭の上へと
着地した。
「じゃあなー!バーカ!次会ったらぶっ殺すぞ!」
大柄の若者が、頭上から叫んで
そのまま彼らはサンドワームに乗って
そのまま、砂漠の北へと消えていった。
無残に転倒した砂漕ぎ船と
近くの砂に放り出された俺とブラウニーが残る。
大鎌は砂に突き刺さって、紫色の輝くを消した。
「くっくくくくく……あははははは!」
座り込んだブラウニーは砂をたたいて、狂ったように笑い出した。
俺は、しばらく呆然と北の方角を眺めた後に
「……吹っ飛ばされつつも、
鎌を一応、やつらに向けて振ったが
リーパーデスは、効かなかったのか?」
ブラウニーは笑いをピタッと止めると
「あれほど巨大なサンドワームには
人間サイズの即死魔法は効かないな。
外皮が微かに壊死するだけだ」
「ああ……遮られたか」
大きくため息をついて、俺は立ち上がり
ブラウニーに手を伸ばす。
「失敗は成功の糧、大人、舐めんなよ。だ」
彼は手を握って立ち上がった。
「そうだな。この程度ではくじけるには
まだ早いな。やつらを殺す」
「ああ、とりあえず、船をひっくり返そう」
「作業しやすいように、船に重量軽減魔法を一時的にかける。
態勢を立て直したら、すぐに北上しよう」
「そうしよう」
俺はブラウニーに頷いた。