欺瞞
数時間後、帝都宮殿内、議長執務室。
真紅のローブを着たサキュエラが
山積み書類の中身を見ずにハンコを連打している。
そしてフッと動きを止めると、一枚の書類を取りだして
クシャクシャに丸めて屑籠に捨てた。
「くっだらない利権の塊をさも公共事業のふりして
紛れ込ませてくるんじゃないわよ。
これだから低能な人間たちは……」
ブツブツ言いながら、ハンコを連打しているサキュエラの背後の窓がコツコツと叩かれる。
驚いた顔でサッと振り返ったサキュエラの瞳に
天使の羽根を羽ばたかせて、ニヤニヤと笑みを浮かべた
空色のローブ姿のターシアの顔が映った。
サキュエラは舌打ちをして立ち上がり窓を開けた。
「お仕事大変ねぇ」
入るなりターシアは天使の羽根を消して
デスクの前に置かれたテーブルを挟んで並んだソファに座り
両手足を伸ばす。
サキュエラはデスクに飛び乗って
その様子を上から見下ろしながら
「キャラ被ってんのよ。前から思ってたけど」
と不快そうに顔を歪めた。
ターシアはニヤニヤしながら
「ふん。大天使の私と、使い魔のあんた
どっちがオリジナルなのか言ってみなさいよ」
サキュエラは舌打ちをして
「どうせ、ドハーティーが死んだことの文句を
ネチネチと言いたいんだろうけど
そんな暇はないの。悪いけどさっさと本題に移ってくれる?」
ターシアは質素な執務室を見回して
「もうちょっと、悪魔らしくしたら?
あ、悪魔ですらないのか」
と呟くと、次の瞬間には虹色の槍を持って
火球を両手の上で回したサキュエラと立ち上がり睨み合っていた。
「……あんたを今すぐ焼却することぐらい
逆さの楽土でも有数の力を持つ私には簡単にできるんだけど?」
「どうせ、はったりでしょう?
本来の力から何十分の一になってるんだか。
それに引き換え、大天使の私は能力に制限はありませーん」
「元大天使でしょうが……神に見放されて堕天もしてない天使なんて
あんたくらいしか知らないわ」
「言ってなさい。私は誰が何と言おうと女神様に忠誠を誓う
大天使ターシアよ」
二人はさらにしばらく無言で睨み合い
そしてフッと力を抜くと、同時に笑い出した。
しばらくして笑いを収めると
「許してあげるわ」「許すわ。嫌だけど」
と同時に言って、同時に不快そうな顔をする。
ターシアは虹色の槍を消しソファに座り直して
「で、次はどうすんの。竜騎国にあいつら、居座ってるけど」
サキュエラはニヤニヤしながら
「第二派がまだでしょう?人間たちが蜂起してないわ」
ターシアはため息を吐きながら
「私、オースタニアの守護天使なんで
一応、国民を守るつもりなんだけど」
「くっ、くくくく……私たちは一兵も動かす必要なんてないけどね。
まあ、ただ、それじゃつまんないから
あんたんとこの使える指揮官と副官に伝えなさいよ」
ターシアは気づいて顔をして苦み走った表情で
「国民が、再興した王室の欺瞞を許さないか」
サキュエラはニヤーッ笑いながら
「その通り。"正確な情報"を流して焚きつければ簡単よね」
静かに木製のデスクの椅子に座り、仕事を再開した。
ターシアはソファで両足を伸ばして
「一匹くらい取れればいいんだけどねぇ」
と呟く。
ところ変わって、竜騎国の中部付近の中規模街ルナード。
頭巾を目深に被った女性が宿屋の廊下を汗ばみながら拭き掃除している。
「キーサ、良く働くねぇ」
恰幅の良い中年の女性が背後から声をかけると
「記憶の無い私に、ここの人たち良くしてくれるから」
キーサと呼ばれた女性はニコッと笑い返して
また雑巾がけを始めた。
宿屋の入り口から興奮した顔の無精ひげの男性が飛び込んできて
くしゃくしゃの紙を掲げて
「母さん!!これ見てくれよ!真実がここにあるよ!
俺、絶対王室を許さねぇ!ファルナ王女を許さねぇ!」
先ほどの恰幅の良い女性が呆れた顔で
「また、つまんない集会に行ってきたんだろ。
キーサを見習ってあんたもそろそろ観念しなよ」
あきれ顔で、紙をぶんどると
「何々……」
と読んで、顔を顰め
「はぁ……捕まりたいんだね。止めときなよ。
せっかく仕事があって戦火も受けなかったんだよ?
あんた、王室に何の恨みがあるんだい?」
「母さん、違うんだよ!
うちの国、煉獄から来た子供たちから滅ぼされかけたのに
また性懲りもなく、煉獄から来た子供たちを利用して
国を安定させようとしてるんだよ!
ファルナ王女はバカだろ!?大バカ者だよ!」
恰幅の良い女性は
「あのねぇ……あんた、うちの宿屋の細かい付き合いとか
ベッドメイクの仕方とか、人の雇い方とかも知らないんだよ?
足元の生活もわかんない奴が、政治の細かい機微の何が分かるんだい……」
そう言いながら紙を破いてポケットに入れ
そして立ち去って行った。
「なんでわかんないんだよ!!この国を良くしたいだけなのに!」
男性はそう叫んで、走り去ってしまった。
キーサはそれを横目に雑巾がけを続ける。




