ただし、共感はする
同時刻、封印された地下世界内。
オクカワ・ユタカは胡坐を汲んで気絶しているクジラの近くで座り込み
ニコニコと微笑みをそちらへと向けている。
近くで触手に繋がれたまま立っているクーナンが不思議そうな顔で
「どういうことだ?」
隣に立っているグランディーヌがいつもの冷静な顔で
「起きるのを待っていると思う」
「えええぇえ……今のうちに逃げるか、ちゃんと止めを……」
ハーツが情けない顔でそう言うと
グランディーヌは首を横に振り
「あの人は、今後のことまでしっかり考えているみたい。
自分がこの世界を支配することになった後の種を蒔いている」
「……うぬぬぬ……栄光のハーピー族としても
今のうちに何か送っておいた方がいいのか?」
苦悩しだしたクーナンにグランディーヌが
「その長い股の毛と、胸の毛を全部引き抜いて
何か暖かいものを作ると良いと思う」
「おっ、おい!?またそれか!
ちゃんと我々の文化を尊重しろ!!」
ハーツがサッと間に入って
「ごめんねぇ……でもグランディーヌちゃんが弄りだしたら
興味があるってことだから、許してあげてね。
この子、素直じゃないの」
「違う。私はいつも素直。思ったことを言ってるだけ」
グランディーヌが目を逸らしながら言うと
「私とだけ話すときは、もっと砕けてるんだけど……」
「ふっ、つまりは冷酷に見えて、実は人見知りというわけか。
その程度なら気にする必要は無いな。ははっ」
グランディーヌは無表情で、クーナンの股の辺りの毛に触手を近づけて
必死にクーナンが翼をおり畳んだ両腕でそれを止めだした。
ハーツがオロオロとそれをどうしようか見ていると
オクカワ・ユタカが立ち上がり
「もう、起きてるんでしょう?
観察するのは、それくらいで良いのでは?」
目の前の氷河で横たわったままの巨大なクジラに声をかける。
次の瞬間には、巨大なクジラは消えて
筋骨隆々としたスキンヘッドで長身の老人がそこには立っていた。
老人は厳めしい顔でオクカワ・ユタカを見下ろし
「……まぁ、認めてやるわ。
貴様は本気で格下のものを支配する気は無いようじゃ。
そこの三匹の小娘どもを見てれば分かる。
小うるさい者どもを気にもしておらん」
オクカワ・ユタカは老人を見上げて
「僕は、人々が安心して暮らせる礎になりたいだけです。
そして、この世界は間違いなく人々が安心して暮らせる構造ではない」
老人はニヤリと笑うと
「賛同はできん。女神の虜囚の身なのでな。
ただし、共感はするよ」
そう言ってスウッと消えた。同時に辺りの景色が崩れ出した。
完全にオーロラも氷原も夜空も消え失せると
オクカワ・ユタカたちは、扉の無い天井の低い
狭いレンガ造りの小部屋の中に居た。
「どっ、どういうことなの!?」
ハーツがパニック気味にグランディーヌに抱き着くと
「閉鎖空間が解除されて、本来の場所に戻っただけ」
クーナンも震えながら頷いた。
オクカワ・ユタカは辺りを見回して
「こっちだな」
一枚の壁の中心部分を右手を開いて押す。
すると、そちらの壁がそのまますべて倒れ
まるで命があるように血管が走り脈打つ高い壁に囲まれた空間が広がっていた。
全体が薄く発光していてよく全貌が見える。
「……いよいよ、到達しましたね。
あとは、大悪魔王の心臓へと向かうだけです」
オクカワ・ユタカはそう言って
小部屋を出ていく。
クーナンが深刻そうな顔で
「お前ら、恐ろしいな。普通到達しないぞ……。
ここに至る前に逃げ帰るか、死んでるんだが……」
と言いながら触手に繋がれたまま
それを伸ばしたグランディーヌとその体に抱き着いたハーツと共に
小部屋を出て行く。
「あ、あの……大悪魔王の心臓って……?」
尋ねられたグランディーヌは
「元逆さの楽土十四層の支配者の身体が
竜騎国の遥か地下に封印されているっていう噂は聞いたことある。
この迷宮がそこに繋がっていたのは知らなかった」
「……虚無界よりも、下の階層の元支配者……?」
「まあ、行けば分かる」
ハーツは恐る恐る頷いた。
ところ変わって、嫉妬界首都中心地にそびえる壮麗な宮殿内。
薄暗い倉庫内をサンガルシアが探し回っている。
「くそっ、無いなぁ。
虚無王様から、あれだけは持ってこいて言われとるのに」
サンガルシアは棚に並べられた宝石箱の中から、
美しい宝石を燃えていない腕で掴みだしては確認して
元の場所に戻しということを繰りかえし続け
宝石を掴んだまま固まった。
「ふん。これのことであろう?」
真っ青に燃え上がった炎のような髪を腰まで下ろし
スリットの入った複雑な模様の入ったスリムドレスを着た
長身の女性が背後から声をかける。
その美しい右手の指先には、
割れた大粒の宝石が飾られたネックレスがぶら下げられていた。
「チッ。もう戻ったんか……」
「……わざわざタナベに誓いをしてきたわ。
個人的にやつらに、復讐はせんとな。
まあ、わらわが復讐したいのは虚無王と女神じゃから問題はなかろう?
なぁ?虚無王の側近サンガルシアよ。
それで、わらわの棲み家に不法に侵入した対価は用意しているのであろうな」
女性は真っ青な両目を燃えるように輝かせて
サンガルシアの二つに別れた背中を見つめる。
彼は両手を上げて、ゆっくりと振り返り女性を見つめると
「……対価は地上の血を吸いに吸った天磨極石や。
ついでにネックレスくれたら、お前の大事な世界で暴れるのは止めたるわ」
ゆっくりと、真っ赤に輝く石を懐から取り出した。
「ふんっ、盗人猛々しいわ」
女性は燃えるように輝く真っ青な両目で
しばらくネックレスとサンガルシアを見比べると
「貴様もエンヴィーヌ杯に出場せい。
わらわの凱旋祝いに皆を存分に愉しませたら、このネックレスはくれてやっても良い。
その厄介な石はしまうがよい。わらわはまだ消滅する気はない」
と繊細な造りの唇をニヤリと歪ませて笑い
静かにその場から立ち去った。
サンガルシアはまた舌打ちをして、腕を組み考え込みだした。




