厄介なこと
同時刻。崖の下。
崖の前方を駿馬に乗り走り抜けていた
アラナバルは側近と共に九死に一生を得ていた。
「クソッ……オースタニアが網を張っていたのか。
まさか、モウスミル大公が……いや、そんなはずはない。
あのお方は真の愛国者だ……」
ブツブツと独り言をつぶやきながらアルナバルは東へと逃走していく。
そして北東へと逃げ続け、二時間ほどして
ようやく、オースタニアの領土を抜けたところで
彼と側近たちは一息を吐いた。
草原で側近たちと共に馬から降りて、休息を取っていると
遠くから黒い馬に乗った灰色のローブのフードを目深に被った男が駆けてくる。
すぐにアルナバルの近くで飛び降りて
駆け寄り、フードを脱いでスキンヘッドの頭を晒すと
「大公様が、御様子を確認して来いと。
そしてもし、将軍が破れるようなことがあれば
残兵を集め、安全地帯まで誘導せよと命じられてきました」
サッと跪いて頭を下げる。
アルナバル汗を拭いてニヤリと笑うと
「これで、貸し一つですなと大公閣下にお伝えください。
うちの兵士は優秀ですので、言わんでも
ここに集まってくると思いますから」
ローブの男は深く頭を下げると
再びフードを被って、黒馬に乗り去って行った。
アルナバルは煙草に火を点けて
「裏になんかあるな。厄介なことに巻き込まれつつあんのか」
面倒そうに呟いた。
同時刻、逆さの楽土、夜界。
俺はサンガルシアと
路地裏に膨大に投げ捨てられたゴミ溜めで
ゴミ漁りをすでに数時間している。
「くそっ、居らんやないか!」
「むしろ、なんでここに居ると思ったんだ?」
サンガルシアは綺麗な顔の方でイライラして
「あいつは、阿呆でボケやから、ゴミの中に住んどるのが似合いやろ!?」
いきなり、俺に怒ってきた。
苦笑いしながら
「夜界王について、まだ情報がすくないんだがな」
とそれとなく尋ねてみると
「とにかくとボケとる。そして寝るのが好きや。
姿かたちは気分によって変わるから
例えば、こういうのに化けとる可能性もある」
とサンガルシアは捨てられたボロボロの上着を
俺に見せてきた。
「人や悪魔の姿ですらない可能性があるのか」
「そういうことや。だから厄介なんや。
どうせネールも今頃……」
路地裏の入り口付近から
「おーいサンガルシアー!居ったぞー!
嬢ちゃんがあっさり見つけたわー!」
というネールの声が響いてきて
サンガルシアは愕然とした顔でそちらを向いた。
ネールたちに近づくと
ソーラの腕の中で真っ黒な猫が気持ちよさそうに丸くなっていた。
サンガルシアはそれを見た瞬間に舌打ちして
「クソが……間違いないわ……」
「猫なのか?あの黒猫が悪魔王の一人?」
まったく事態が呑み込めない俺の質問に
サンガルシアはそっぽを向いてもう答えない。
代わりにネールが派手な顔でニヤニヤしながら
「わしと嬢ちゃんで、大通りのど真ん中を堂々と歩いとったんじゃ。
そしたら、向こうから周囲の屋根の上を走って
チラチラと監視しにきてのう。
それを嬢ちゃんが見つけて、手招きしたらあっさり自分から来おったわ」
「クソが……自分の存在感で釣りあげたんか」
サンガルシアがそっぽを向いたまま悔し気に呟く。
「要するにお前は、小悪魔である嬢ちゃん以下じゃな。
かっかっか。嬢ちゃんもちゃんと認めんかい」
「知らんわ。さっさと俺の代わりに頼めや」
ネールはニコニコしながら頷いて
猫を抱いているソーラの前で跪くと
「夜界王マロタベラよ。わしとターズ、そしてソーラは
下の階層へと行きたい。
どうか、下への道を造ってはくれんかね」
黒猫はソーラの腕の中で両眼を開けると
緑色の目でジロジロ俺たちを見回して
「サンガルシアに連れて行ってもらえばいいにゃ」
と一言呟いて、また目を閉じた。
皮膚がある方の額に血管を浮きだたせたサンガルシアが
「おい、ボケ王!俺は特例で行き来できるだけなの知っとるやろ!
許可なきものは、抜け道を自ら通るか
試練を潜るか、王から直接許可を取るかしかないんや!
たまにはちゃんとせい!」
黒猫は面倒そうに両目を開けると
「んー……じゃ、サンガルシアの半分燃えている唇にディープキスして
一番愉しませたやつは、まずは下にいけるにゃ。
残りにも、なんか別の苛烈で淫靡な特別試練を考えてやるにゃ」
「おい!愚弄すんのもいい加減にせいや!
跡形もなくぶち殺して今すぐにこの世界乗っ取るぞボケ!」
凄み出したサンガルシアと涙目になっている黒猫を抱くソーラの間に
スッとネールが入って
「マロタベラ王よ。我ら三人が一緒にできる試練を
どうか考えてくれんかね?シモは無しで」
再び跪いて、黒猫に深く頭を下げる。
「んにゃー……じゃあにゃー……。
サンガルシアも含めて私をひたすら崇めろにゃ。
ちゃんと崇められたら下への道を造ってやるにゃ」
襲い掛かりそうな形相のサンガルシアを
ネールとさらに俺も間に入って宥める。
ソーラは怯えすぎて足がガクガクしている。




