スベン
泣き疲れて、俺の冷たい身体に抱きしめられ
代理王は眠ってしまった。
ブラウニーは衛兵を数名呼び
「激務でお疲れだ。代理王様を寝室へとお連れしろ」
彼らに細い少女の身体と、王冠を預けると
玉座の間から、出ていくのを待つ。
そして、彼らが重い扉を静かに閉めるのを見届けると
玉座を指さし
「良い機会だ、一度、座ってみる気はないかな?」
継ぎはぎの顔で怪しい笑みを向けてきた。
俺は短く苦笑いしてから
「お断りだ」
とはっきり言う。
ブラウニーは、乾いた笑いを立てた後に
「私もだ。権力などというものは
冥界の魔物よりも、遥かにたちが悪い。
ああ、そうだ。ブラックハンズの犠牲になった
千二百五十四人の無垢なるオースタニア人と戦士たち
そして、我々の同胞に
祈りを捧げないか?」
大きくため息を吐いて、深く頷く。
確かに、アヤノとクライバーン、それに
城に攻め込んできた黒魔道師たち、そして
城下町で本気でオクカワを殺そうとしていた
オースタニア国民たちを追悼していない。
ブラウニーが俺の隣に降りてきたので
二人で、玉座の間に差し込むステンドグラスの光に
照らされながら、両手を合わせ
空へ向けて、両眼を閉じ
「どうか、同胞たちを楽土に……」
「勝利に命を差し出した彼らを、楽土に……」
と祈りをささげる。
少し、二人で黙って余韻に浸っていると
ブラウニーが真顔で
「……とはいえ、彼らは今頃、亡者に纏わりつかれて
冥界をさ迷っているはずだがね。
あの魔法の犠牲者は、君のよな
アンデッドよりも、質が悪い目に遭う」
「……そうか。戻ってはこれないんだな?」
ブラウニーはニヤリと笑って
「ああ、大抵は亡者の群れに加わる。
稀に、極稀にだが、悪魔へと生まれ変わり
術者へと復讐を遂げるものも居る」
「……アヤノ様かクライバーン様が
それか、お前の同胞の魔術師の誰かが
それを成し遂げると?」
ブラウニーは皮肉な笑みで、首を傾げ
両手を広げると
「……無理だ。冥界は過酷だよ」
俺に恐ろし気な顔で言ってくる。
そして、自分の雰囲気に気づいたように
柔和な顔になり
「……ふふふ、今までの話は全て
古文書での記述による推測だ。
当り前だが、体験談ではない」
「……本当のことは、誰にも分らないのか」
ブラウニーは黙って頷いて、玉座の間の扉を指さし
後ろ手を組みながら、ゆっくりと
そちらへと歩いていく。
俺も、その背中に付き従う。
ブラウニーは、城内を再占領したオースタニア衛兵たちに
敬礼をされ、そちらを見ず
軽く右手を上げてそれに答えながら
城内の大会議室へと入っていった。
長方形のテーブルの最奥の椅子は空いていて
奥の左の席には、白髪を短く刈りあげた
顔に斜めに刀傷のある老人が
傷だらけの鎧の上に、漆黒のマントを羽織り
腕を組み、一人待っていた。
ブラウニーは、俺を引き連れて
彼の反対側の椅子を引き、腰を落とすと
俺に隣の椅子に座れと、手で指示してくる。
言われた通りに座ると
目の前の老人が、しわがれた声で
「ブラウニー、今回のことは世話になった。
じゃが、わしはどうしても納得がいかん」
ブラウニーは継ぎはぎの顔に笑みを湛え
「……多数の犠牲者を出したブラックハンズを誘発させたことですか。
それとも、我が国初のアンデッド将軍のことですかな?」
「……そのどちらも何度も考えたが
あの化け物のような小娘を倒すために
さらには、今後のためには
戦略、そして戦術上、どうしても必要じゃった」
そこで老人は、深くため息を吐いて
首を横に振り
「それよりも、なぜ、中庭での囮にこの老兵を使わなんだ。
若いアヤノとクライバーンこそ、残すべきじゃったろうに……」
「いえ、スベン将軍、あなたに代わる人材は
残念ながら、オースタニアには居ません。
卑劣な帝国の侵攻を、寡兵で三十年も防ぎ切った
あなた並みに有能な将軍は、この大陸でも数人程度です」
そうか、この人が王国軍、元総司令のスベン将軍か
ずっと帝国との国境警備に徹していて
王都に一度も凱旋したことがなかったので
顔を知らなかった。
俺が今更、深く頭を下げると、スベンはニコリとして
「いや、良い。
ターズ新将軍よ、君の活躍と、今までの経歴は
既にブラウニーから聞いておる。それに、わしは君に頭を下げねばならぬくらいだ。
王都の好戦派のバカ貴族と将軍どもを
何十年も抑えきれんかった罪でな」
ブラウニーが真顔で
「……どちらにせよ。悪辣なオクカワたちによって
この国は一度滅んでいました。
今さら誰も、責任を感じる必要はありません」
俺も深く頭を下げて同意する。
スベンは顔つきを整えると
「……分かった。かわいらしい代理王様と勤勉な国民を
今度こそは守り通すために、未来に向けて
あえて今は、恥辱に塗れた過去は捨てるとしよう」
そして、いきなり、鋭い目つきで
ブラウニーを見つめると
「で、砂漠に居る二人の悪鬼と、北の竜騎国を
今にも陥落させかけている三人はどうするんじゃ?」
そう、真剣に尋ねてきた。