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ネール

山林を進んでいくと、雑木林に隠れるような古びた小屋があった。

中を確認してみようと、ソーラを背負ったまま扉を開けると

ボロボロの服を着た躯が小屋の端で横たわっている。

枯れはてた皮膚を着た骸骨といった感じのみすぼらしい死にざまだ。

「うわ、何だろ……」

ソーラが驚いて背中から飛び降りると躯へと駆け寄って行った。

「ただの死体に見えるが?」

躯を調べているソーラは俺を振り返って

大きく首を横に振る。

「亡者は死んだらすぐに腐って形が残らないし

 悪魔だったら滅多に死なないし、死んでもすぐに分かるから

 死体を回収されるんだよ」

「ああ、死体の形をして放置されてるのがおかしいのか」

「そういうことっ」

ソーラは躯のボロボロの服の中に手を入れて

何か無いか探し出した。そしてすぐに

動き出した躯からガッと腕を掴まれる。

「……なんだ下級悪魔か……」

しわがれた言葉を発した躯は

真っ黒な眼球の脱落した二つの窪みを俺に向けてきて

「……ちょっと兄さんや。こっち来てくれんか」

ソーラは素早く躯から離れると俺を押して

小屋の入り口近くまで距離を取らせた。

「おっさん!近づいちゃダメだ!

 なんか変だよ!」

躯は座り込んだまま、身体を微かに震わせて笑い

「……くっくく……変か。そりゃ変じゃろうな。

 この世界に死体なんてありゃせん」

「なっ、何者なの?」

躯は震えを止めて

「この世界の前の悪魔王じゃよ。

 綺羅綺羅界の王じゃった、グェイナル・ナーグという」

「きっ、キラキラ界!?」

ソーラが躯の言葉に喰いついた。

「おい、嘘かもしれんぞ」

躯はまた身体を震わせて笑うと

「嘘ではない。わしは、光物が好きでのう。

 宝石や金貨だらけの美しい世界を創っとった」

「お、おおお……方向性は違うけど

 私の創りたいお菓子界と似た感じがする!」

「小悪魔の嬢ちゃんはご同輩じゃったか。

 しかしな、嬢ちゃんや

 悪魔たちと亡者たちが幸せに暮らす世界は

 逆さの楽土のコンセプトに合わないと、女神さまの逆鱗に触れるようでな。

 遥か昔に今の酷薄な斜陽王を送り込まれ、極めつけには

 上空に白黒界などと言う新たな階層まで造られ

 追放されたわしは、この世界を逃れに逃れ

 ここに隠れて朽ちていっとるのよ。……木を隠すには森というじゃろ?

 斜陽王のおひざ元のこの地域にはさすがに追跡者もこんかった」

「躯の爺さん、あんたは

 地獄に天国を作ろうとしたのか?大悪魔なのに?」

「かっかかか……そういうことじゃ。

 わしはセオリーとかルールが大嫌いな質でな。

 あえて徹底的に逆張りしてみたくなるのよ。

 ところで、兄さん、あんたエネルギーが有り余っとるように見える」

躯は右手を力なくこちらへと縦に振ってくる。

「力を吸わせろと」

「……ああ、ほんのちょっとと言いたいところじゃが。

 暗闇しか殆ど見えぬ視界で見ていると

 その噴き出ている生命力を大量に欲しくなってきたのう……。

 まあ、捨て置いてくれても構わんわ……衰勢すらも存分に楽しんだ」

ソーラをチラッと見ると

「キラキラ界には興味あるかなぁ……」

俺は黙って躯に近づいて、右手を伸ばした。

躯は、思いっきりその手を枯れはてた手で握り返すと

俺は一瞬、意識を失いかけて膝をつくほど

体中から何かを吸い取られる。

 

頭がグラグラと揺れているので

一度両眼を瞑って、そして身体のバランスが戻り始めたので

両眼を開けて、まだ俺と手を繋いでいる躯を見つめると

頭に一本の真っ白な太い角を生やした

派手な顔をした真っ青な刈り上げられた短髪の男が見つめていた。

大きな存在感と対照的にかなり小柄である。

百六十センチ代半ばほどで、細いがかなり筋肉質だ。

「くっ、くくく……現役時代より若返ったわ。

 兄さん、感謝する」

男は立ち上がって、俺に手を伸ばしてくる。

その手に引っ張られて起き上がると、彼は俺を見上げ

「心機一転したことじゃし

 グェイナルという名前は今日から捨てるか。

 お嬢ちゃん、名前をつけてくれ」

いきなり振られたソーラは少し考えて

「キラキラが好きなんでしょ……?

 じゃあ、ネールメグスタドで!

 人間だったころの貴族一族の家宝の宝石なんだけど!」

「良かろう。長いので呼ぶときはネールにしてくれ。

 兄さん、恩に着る。ついでに連れて行ってくれ。

 見たところ、下の界に行きたいんじゃろ?」

「ああ、目指してる途中だ」

ネールは派手な顔でニヤリと笑いながら

「ならば、わしが両者とも、"渦"まで連れて行ってやろう」

と言ってきた。




同時刻、竜騎国南東の廃砦。




数千人規模の帝国軍が悪魔やゾンビの横たわる死骸や

周囲にあったはずの山々が消え失せている光景に戦慄しながら

激しい戦いで崩れ落ちかけている廃砦跡の各所をを調べ周っている。

「アラナバル様、既にもぬけの殻です!」

北部の門の跡で北を一人睨んでいたアラナバルに

兵士が報告しに来た。

彼は右手をサッと上げて、それに応えると

兵士は敬礼して去って行った。

「……一人でも残ってたらこんなとこに来てねぇよ。

 こりゃ、帝国領まで撤退だな。

 こんな不吉な場所、占領したくもねぇ」

そうブツブツ呟いて、後ろを振り返ったアラナバルの視線の先に

ローブ姿のサキュエラが居て、そして近づいてくる。

「どうですか?何かわかりましたか?」

アラナバルは皮肉な笑みを浮かべて

「あなたが、神出鬼没なことだけは」

と返して、制服のポケットから煙草を取り出し

マッチで火を点けた。

サキュエラは妖しげな笑みを浮かべながら

「私の情報網によると、クマダ・ユウジは死んだそうですよ。

 さらには、"賢人"ドハーティー卿もお亡くなりになったと」

アラナバルは目を細めて

「信じますよ。議会にあげる報告書作らせましょうか?」

「いえ、そういう噂だけで良いのですよ。

 あやふやな方が、各国をかく乱できます」

アラナバルはたばこの煙を空へと吹き上げると

それらが薄れて消えていく様を見上げながら

「戦ってのは、意味がないもんですな。

 軍人の自分が言うのも何ですけど、殺し合うよりも

 もっと他にできることは沢山あると思うんですけどね」

サキュエラはニコリと微笑んで

「パワーゲームからは逃れられないんですよ。

 形あるものとして生まれたからにはね」

「ほんとに、そうなんでしょうかねぇ……。

 殺すより、話し合えば実は気が合ったりするはずなんですけどね」

「ふふふ、噂よりロマンチストだったんですね」

アラナバルは煙草を足元に落としもみ消して

「……まあ、皆から言われてる通り、金には汚いですよ。

 私は言ってみりゃたたき上げなんで、たかってくる親戚一同養っていくために

 金が沢山必要ですから」

「しかし、忠誠心は売らなかった」

「よくご存じで。帝都査問委員会行きですかね?」

顔を顰めて尋ねたアラナバルに、サキュエラは微笑んで

「このまま南下すれば、オースタニアの北東部を荒らせますよ。

 そしてそのまま東進すれば、長城の背後を突けます」

と言ってくる。アラナバルは表情を消して

「……ご命令ですか?大公閣下」

「いえ、助言です。あなたも、もっと出世したいでしょう?」

「仰せのままに」

アラナバルは黙ってウヤウヤしく頭を下げると

帝国兵たちが調査している北門の方へと歩いて去って行った。

サキュエラは妖しげな笑みを浮かべて

月夜を見上げる。

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