うまいこと
もう何時間戦い続けただろうか。
返り血を浴び続けて、服も体も血まみれだが
傷一つついていない。
何百体の亡者を殺したか分からない。
折れた武器を何度捨てて、何度武器を奪いとったか分からない。
遠くで亡者を大量に吹き飛ばしている巨漢の人影が見えた。
俺は吸い寄せられるように亡者たちを殺しながら
そちらへと近づいていく。
目の前で対峙した血まみれの亡者を見て
俺は失っていた我を取り戻した。
露になった上半身の隅々にまで呪術のような刺青が描かれ
そしてモヒカンのいかめしい顔にまでそれらは及んでいる。
「クライバーン様……」
そうか、オクカワ・ミノリのブラックハンズで亡くなった後に
こんなところで、延々と戦い続けていたのか。
まったく俺に気づいていない様子で
二メートル近くあるその体格から振り下ろされた
その血まみれのこん棒を軽く避けて俺は彼の胸目掛けて
錆びた剣を突き立てた。
クライバーンはニヤリと笑い
「効かんぞ、ターズ」
と言いながら、俺の身体を蹴り飛ばした。
一瞬、取り戻した我を忘れたかのように
充血した両眼で獣のように吠えたクライバーンは
一気に踏み込んで
先ほどより正確で速い打撃を俺の脳天目掛けて打ち下ろしてきた。
寸でのところで避けると後ろから羽交い絞めにされる。
「ターズぅぅうう!足らん!足らんぞおおおお!」
首の骨を折られる前に俺は懐に隠し持ったナイフで
クライバーンの太い腕を思いっきり刺し
微かに力が緩んだところで、その縛りから脱出する。
そのまま足元に落ちていた折れた槍の柄を持ち
クライバーンの片目目掛けて
その柄を突きさした。
「ぐっ……足らん!足らんぞおおおお!」
クライバーンは柄を眼球ごと引き抜くと、振り回して
辺りの纏わりつく亡者を吹き飛ばした。
俺は、近くの亡者を蹴り倒して刃渡りの大きな斧を奪い取り
クライバーンの見上げながら構えた。
彼はまた一瞬、正気を取り戻した顔になり
「周囲が見えていないとは、まだまだ甘いわ」
と言って、背中を向けた。
同時に俺に目掛けて四方八方から亡者たちが襲い掛かり
瞬く間にぼろきれの様に切り裂かれていく。
別の世界で目覚める。
どこかの街の汚い裏路地の石畳の上だ。
サンガルシアが頭上から降りてきて
「おー早かったなぁ。四時間で死んだかぁ」
「クライバーン様が居られた……」
傷一つない上半身を起こしながら言うと
サンガルシアは綺麗な顔の方で微笑みながら
「強すぎるっちゅうのも、困りもんやな。
あのおっさん延々戦っとるからな」
「くそっ……殺してやれなかった」
「ターズ、分かっとるやろ?
人は人、や。他人の面倒見たければまずは自分をどうにかせえ」
俺は大きく息を吐いて
「そうだな。ここはどんな世界なんだ?」
サンガルシアは近くから聞こえてくる人々の喧騒の方を見つめながら
「嘘界や。金とあらゆる嘘を使って、真実を探せや。
ここはカットする必要はないわ。
足元を見るんや」
そう言って飛び去った。
同時刻、竜騎国南東の廃棄された砦跡
崩れ落ちた城門の上。
真っ暗な夜の闇の中辺りの山々に不気味に灯る
数万の炬火を、ワタナベ、ユウジそしてスズナカが見渡す。
月明かりに照らされた砦は
なだらかな山の地形を利用するように城壁が幾重にも張り巡らされているが
ワタナベたちが派手に暴れて破壊しているので
城壁にも城郭にも大穴が所々開いていて
城壁自体が崩れ落ちている所も多い。
「……ユタカさん、中々うまいこと考え付くもんだね。
僕たちがぶっ壊した城と殺した人々で
侵略した国を防衛しろだ何てねー……」
両肩にロケットランチャーを構えたワタナベが言う。
ユウジはパリパリと全身から稲妻を迸らせながら
「最高にクソみたいな条件だな。
いい死に場所だわ。感謝する」
スズナカは金髪をかきあげると
「私は、ぜーんぜん死ぬ気は無いからね。で、ナベワン
開幕でどのくらい削れるの?」
ワタナベはロケットランチャーのスコープを見ながら
「囲んでる悪魔たち一万三千匹ってとこかなぁ。
周囲の人間は避難させたって
ユタカさんは言ってるから、地元の人には悪いけど
ここらの地形を変えちゃうよ」
「ユタカさんによると、集結している悪魔は二万七千らしいわ。
他にも帝国から七勇士とかいう達人たちと
恐らくはモウスミル大公本人、それからオースタニアから
ターシアっていう天使が参戦するんだって」
「ああ、あいつか。谷で戦った。
かなり強いぞ。ヤマモトくらいはあるんじゃないか?」
「あのバカどもは何してるのよ……」
ワタナベが諦めた顔で
「こないでしょ……ユタカさんと仲良くしてるらしいし。
じゃ、そろそろ始めようか。
どうせ夜襲かけてくる気みたいだし、暗殺とか空から来るとか
そういう面倒なこともあるんだろうね」
スズナカはパチッと指を鳴らして
近くの闇から出てきた顔が溶けたように腐っているゾンビに
「各隊に防衛の連絡。エンヴィーヌには陸からくる人間の強敵を防ぐように言って」
ゾンビは黙って闇へと消えた。
ワタナベは深く息を吐いて、そして吸い込むと
殆ど反動もないまま二機のロケットランチャーから
空へと二発のミサイルを撃ちあげた。
ワタナベは上空まで上がったそれらが前方と後方の山々へと
着弾する前に足元に落として消すと
新たな、長さ一メートルほどの長方形の真っ白な箱のようなものを両脇に出現させた。
「硝石と色んな鉄くずとちょっと金を食べただけだから
もしかすると、上手くいくか分かんないけど」
ワタナベはそう言うと、箱から大量の光の空へ向けて撃ちあげた。
それらは砦を覆うように球形になり
それぞれの光が繋がって、バリアの様に砦の周囲を囲む。
「言っとくけど、一回きりだよ」
ワタナベがそう言った瞬間に、辺りが真っ白な閃光に包まれて
地響きが廃棄された砦内全てを包んだ。




