妄執
芳醇な香りで満たされた果樹園の近くに俺は降ろされる。
「蛇を探すんや」
とだけ言ってサンガルシアは飛び去った。
次の階層で待っているつもりらしい。
果樹園の中を歩き始める。
辺りには、口から吐しゃ物をまき散らして倒れている亡者たちが散見される。
木々に実る果実は、赤や緑の色で丸々と大きくなり
確かに知らなければ、食べてしまうだろう。
歩いていると、亡者の死骸から布をはぎ取り
土の中へと埋めているツナギ姿の農夫が居た。
良く焼けて、麦わら帽字を被り、顔の下半分を白髭で覆った老人に
「……蛇を知らないか?」
と尋ねると、怪訝な顔をされて
「……あんた、下に行くのかい?」
尋ねられたので、黙って頷くと
「……そうかい、他の亡者のように
好きなだけ食って死んで、この世界の土となった方が楽だと思うけどねぇ。
ここで諦めれば、別の形でいつか地上で蘇ることもできる」
「……虚無界にまで降りたいんだ。
知っているなら教えてくれ」
老人はまたかといった顔をして
「ブランアウニスか……あんたも奴と付き合ってるとはもの好きなことだ。
蛇なら、もっとも大きくそして美しく実った真っ赤な実の成る木のウロに居る。
探してみな」
「ありがとう」
老人に礼を言って俺は果樹園の中を歩き始めた。
まるで楽園のような豊かで平和な雰囲気で
ここが逆さの楽土だということを気を抜くと忘れてしまいそうだ。
色鮮やかな実や葉の成る大小の樹木の間を進んでいくと
ねじ曲がった十メートルほどの高さの広葉樹に
一際大きな真っ赤な実が十個ほど垂れていた。
この木かと思いながら、裏に回りウロを探すと
三メートルほどの高さの場所に大きな穴が開いていた。
躊躇なくよじ登っていく。
そしてそのウロを覗き込むと
真っ白な太い蛇がその中で蜷局を巻いていた。
「下に行きたいんだ。何か知っているならば教えてくれ」
そう尋ねると、蛇はチロチロと真っ赤な舌を出してきて
俺の顔を爬虫類の目で見つめてくる。
しばらく見つめ合っていると、背後から先ほどの老人の声で
「……その蛇は、ただの蛇じゃよ」
と声をかけられた。振り向いて木から降り
老人の近くへと駆け寄ると
「……下へ本当に行きたいのかな?」
真剣な顔で老人から尋ねられる。
深く頷くと
「復讐か、妄執か知らんが、開かん方が良い扉も多い。
あんたはそれを開けようとしとる。
何度も止められているのに」
「いや、俺にはもうそれしかないんだ」
「……本当に他を全て失ったのかね?
得ていることに気づかないだけではないのか?」
「……分からない。だが、やり遂げないと俺でなくなる」
老人は深くため息を吐いて
「それこそ妄執じゃよ。業深き者たちは皆妄執に囚われておる。
必然があると思い込んで、不要な罪を重ねていくわけじゃわ。
まぁ、行くがよい」
俺の足元を指さすと、穴が開いてその中へと落ちて行った。
老人の咳払いが微かに聞こえた気がする。
竜騎国南東の廃棄された砦内。
その最も高い塔の最上階。
「うー結局こうなるのかなぁ」
ワタナベが凹んで、古びた椅子へと座り込む。
近くに立って、遠くを眺めていたユウジは嬉しそうに
「いよいよ、本物の死地だな」
「僕は帰っていい?」
「ユタカさんから殺されるぞ。本気の目をしてたからな」
「……だよねぇ。あの人、時々怖いよね」
「委員長の兄だからな。生真面目なんだろうよ」
「そうかなぁ……」
二人の近くの空間に真っ白な光が瞬き
エンヴィーヌとスズナカと両手を繋いだオクカワ・ユタカがワープしてきた。
「では、これであとはこちらへと向かっているゾンビ軍を
スズナカさんと共に一体ずつ洗脳してきますね」
「ということらしいわよ」
とやる気なくいったスズナカと共に二人は消えた。
ぽーっと突っ立ったままの薄着のエンヴィーヌを
ワタナベとユウジは呆気にとられた顔で眺める。
「スズナカの操る軍団長ってこいつのことだったのか……」
「もともと逆さの楽土の王の一人なんだって」
「……大丈夫か?雑魚だったぞ?」
ユウジが首を傾げる。
「ユタカさんが能力封印してたって言ったでしょ。
もしかして聞いてなかったの?」
ユウジは悪びれずに
「ああ、聞いてなかった」
ワタナベはがっくりと頭を落として
「ノウランちゃんにまた会えるかなぁ……」
そう小さく呟いた。




