試練
スズナカは机に脚を上げたままオクカワ・ユタカの話を聞いて
顔色一つも変えずに
「やりたくない」
と軽く言い放った。
オクカワ・ユタカは微笑んで
「ジンカン君は、恐らくは虚無王から差し向けられたターズによって殺されました。
ターズは僕が殺しましたが、いずれ悪魔たちの支援を得て
逆さの楽土から戻ってくるでしょう。それに……」
「それにぃ?」
顔をしかめたスズナカに
「オースタニアが次に狙うのはあなたですよ。
竜騎国で南へと向かったあなたの足跡を知ったものが居て
オースタニアへと情報提供しました」
スズナカは嫌そうな顔で黙り込んで
「……ジンカンの次は私なのか」
「でしょうね。死にたくなければワタナベ君たちと固まっていることです」
スズナカは顔をしかめて
「……話は分かったけれど、私の能力は防衛向きじゃないの。
砦に居たところで二人の足手まといにしかならないのでは?」
オクカワ・ユタカは軽く頷くと
「問題ありません。多少手間ですが、あなたのために軍団を造りましょう。
まずはエンヴィーヌさん。すでに話を聞いていると思いますが
逆さの楽土の王の一人です。
僕が能力を封印して人間程度にしていますが
その封印を一部を除いて解除します。脳内は既にあなたが操っているので
これでまずは軍団長のできあがりです」
スズナカは舌打ちをしてから
「……ジンカンなんて要らなかったんでしょ?」
オクカワ・ユタカは首を横に振り
「いえ、彼が生前考えていたことの一部でもあるんですよ」
スズナカに微笑んだ。そして
「それから軍団員ですが、ワタナベ君たちが竜騎国へと一歩でも入ると
ワタナベ君が銃弾で殺した竜騎国の兵士たちが
ゾンビの群れとして蘇って彼らを襲撃してきます。
これを僕が停止させるので、スズナカさんの能力で全て操ってください。
微かでも思考があれば可能でしょう?」
「……ねぇ、ユタカさん、いい作戦だとは思うけど
それって結局、悪魔どもの計画に乗ってない?」
オクカワ・ユタカは少し黙った後に
「僕はその間に、竜騎国の古代遺物を手に入れます。
そして天の扉を開くつもりです」
スズナカは顔を歪めて笑い
「そうか、神を殺すのね……」
机から脚を引き、ゆっくりと立ち上がった。
逆さの楽土、被虐界内の樹海内。
樹海の中を進み続けると黄金の泉が現れた。
近くには腐りきった亡者たちの遺体が転がっている。
泉に近づくと、パァァァアと光が空から差し込んできて
光輝く金髪の美しい女がそれぞれの手に金と銀のナイフを持って現れた。
そして、俺に微笑みながら
「あなたが欲しいのはこの金のナイフですか?
それとも銀のナイフですか?」
両掌に置かれたナイフをこちらへと差し出してくる。
黙って辺りで死んでいる亡者を見回す。
首や胸に傷が残っている遺体が多い。
つまり、受け取ろうとするとこの女から殺されたり
受け取れたとしても自殺したくなるようなトラップなのだろう。
だとしたら答えは一つだな。
微笑む女に向けて
「ちょっと待っとけ」
と言って俺は振り返ると、近くの木々の中から尖っていて
比較的太いものを探し始める。
十分くらいかけてじっくりと数本を選び抜き
そして泉に戻ると女は間抜けな笑みを湛えたままこちらを見ていた。
そしてもう一度
「あなたが欲しいのは金のナイフですか?
それともこの、銀のナイフですか?」
そう言ってくる。
次の瞬間には俺は女の脳天目掛けて全力で尖った木の枝をぶっ刺していた。
絶叫する女の胸と腹にさらに刺すと、絶命した女と血に染まった黄金の泉は消え
泉のあった場所には深く暗い縦穴が開いていた。
それを見下ろして、躊躇なく飛び降りる。
一つ目の試練はクリアしたらしい。
次に目を覚ますと、サンガルシアが俺の顔を爽やかに笑いながら見下ろしていた。
「早かったなぁ、ここは過食界や。じゃカットするで」
寝ている俺の腕を掴むと、いきなり空へと飛びあがった。
先ほどまでの景色が嘘のように
真っ青な空と、果実が溢れる森が広がっている
遠くには黄金の稲穂が揺れる田園地帯が広がっていて
穏やかな川が流れていき、そして丸々と太った鳥たちが幸せそうに飛んでいる。
「天国にしか見えんが」
眼下の素晴らしい景色にそう述べると
サンガルシアが笑いながら
「足ることを知るっちゅうのは大事なことや。
ほら、見てみい真の贅沢を知らん亡者どもが吐き倒れとる」
川辺には丸々太って倒れている紫色の肌の亡者たちが点在している。
「ターズたちの時代じゃ分からんやろうけど
飽食の豊かな国や場所ってのは、本当にあるんや。
けれど人の脆弱な身体と精神ってのはな、欲望を留めるということをせんし
それで身を亡ぼすわけや」
「……よくわからないが、この世界の誘惑に手を出すなということだな?」
「ふっ、呑み込みが早すぎるっちゅうのも詰まらんなぁ。
アルバトロスに会わせたいわ。
あいつも俺の弟子じゃなくなって、もう長いしなぁ」
爽やかな風と完璧な光景の中
俺はサンガルシアに掴まれて空を飛んでいく。
逆さの楽土、享楽界内、中心部、王城。
「くしゅんっ」
薄布しか纏っていない紫や青い肌の角を生やした
媚態の様々な体系をした女悪魔たち四名を玉座の周囲に侍らせた
痩せて無精ひげを生やした、薄緑の男物の着物姿の
長く艶やかな黒髪真ん中分けの男が
切れ長の目の透き通るような青い瞳を
くしゃみをして慌てているスーツ姿のアルバトロスに向けている。
「で、何の用だ。俺の仕事は終わった。
エンちゃんが地上でひどい目に遭ってるのは知ってる」
アルバトロスは平身低頭で
「……申し訳ありません。あれも虚無王様の作戦のうちでして。
あの、無許可で先ほど通り抜けたサンガルシア様の件での謝罪と……」
「あいつと名前が無いものが勝手に通っていくのはいつものことだ。
別に害はねぇし、気にもしてねぇよ。
それよりターズが死んだんだろ?
そのうち、享楽界通るから手を出すなと?」
アルバトロスは焦った顔で深く頷く。
「……エンちゃんを解放しろ。
そしたら考えてやってもいい。って俺が言うのも
クソブランアウニスは見越してるよなぁ?」
切れながの目で冷たく見つめられたアルバトロスは冷や汗を垂らしながら
「もっ、もうじき解放されるかと……それまではターズさんを
享楽界で足止めしていても構わないとのことです」
「……まあ、あのクソがそう言うってことも分かってたけどな。
どうだ?二、三人抱いてくか?
両性具有の将来有望な悪魔って教えたらみんな興味津々でなぁ」
「いっ、いえ……あのお役目は終わりましたので……」
「このまま帰ったら、サンガルシアとターズ殺すぞ?
ここは俺の世界だ。容易いよなぁ」
「えっ……それは……」
玉座の周りに侍っていた女悪魔たちが抱え上げるように
戸惑っているアルバトロスを取り囲み、そして玉座の間の外へと連れ去っていった。
男はそれを「くっくっく」と笑いながら見つめる。




