そろそろ
サンガルシアに手を掴まれて沼地を眼下に見ながら飛んでいく。
黒い水が大地一面に巻かれたような沼地には
身体が欠損したり、肌が緑色のゾンビがポツポツと歩いているのが散見される。
「まだ序盤やな」
サンガルシアはそう言うとスピードをさらに上げた。
沼地を抜けると延々と廃墟が広がっていて
彷徨い歩くゾンビの量も増えて行った。
「ここの世界の王がこないだ死んでな。
亡者どもを制御する側の悪魔や鬼たちは戦争中や。
右みてみぃ」
言われたとおりに見ると
遥か遠くに聳え立つ黒い山脈の空が点滅している。
「弱い悪魔どもが魔法やら特殊能力を使い切って
殺し合いして頂点を決めとる。
要するに、試練を楽に通過するんわ、今がチャンスやな」
「……そうか」
黙って眼下を眺めていると廃墟を覆うように深い樹海が広がっていた。
サンガルシアはその入口へと着地すると
「じゃ、下の階層の入り口で待っとるわ。
これ、簡単な試練やからな、さっさと来いや」
とニカッと笑って飛んで去って行った。
要するに樹海の中を探索しろと言いたいらしい。
廃墟を呑み込むように生えている樹木を分け入って
樹海の中へと入って行く。
枝に当たり、身体をこすられながら
樹海の奥へとまっすぐに進む。
時折、木の幹に石で簡単な印をつけて迷わないようにしていく。
子供のころは山野で遊んだ時期もあったので
知らない状況ではない。
ひたすら、歩いていくといきなり
足元でしなってきた枝から身体を鞭のように打たれた。
「ぐっ……」
何とか堪えてさらに進むと
足元の土にぽっかりと穴が開いてギラギラした剣山が奥から姿を見せる。
「……獣を捕らえる罠か」
ということは俺は獣か。
ああ、そうか、分かった。全身の意識を集中して
罠を避けながら奥へと進んでいけばいいのか。
つい、ニヤリと笑いが漏れてしまう。
このくらい陰惨でないとやりがいが無い。
一時間後。
ワナン共和国、西端付近の草原の町宿屋内。
宿泊室の窓際のテーブルに広げられた干し肉や漬物を
ワタナベたちが囲んで食べている。
「あー旨いなぁ」
「……そうか」
ユウジがワタナベに首を傾げる。
ノウランはニコニコして
「美味しいですね」
「だよねっ。楽しいなぁ」
「……」
ユウジはめんどくさそうな顔をして立ち上がり
窓の外の長閑な朝の光景を眺めて
「つまんねぇ。全然襲撃がねぇし、あの女も近づいて来ない」
「……ほら、僕らにだけ効く武器だっけ?
怖いよねぇ……」
「ゴン、てめぇも、ふやけ過ぎだ。
竜騎国で見せた最高の狂気はどこ行ったんだよ」
「……ユウジ君、今を楽しもうよぉ」
ユウジはチッと舌打ちすると
次の瞬間には、白い瞬きと共にオクカワ・ユタカがワープしてきた。
「お久しぶり、二人とも」
二人は驚愕した顔をオクカワに向け、ノウランは怯えだした。
その肩をワタナベはサッと腕を回して抱くと
「……何しに来たの。今さら」
とオクカワを睨みつける。対照的にユウジは晴れやかな顔で
「……死に場所を提供しに来たんだろ?」
とオクカワに言った。
さらに一時間後。
大陸南端に近い、石造りの町。
町でもっとも大きな三階建ての石造り屋敷の
最上階の豪奢なカーペットが敷かれた書斎で
スズナカが空の酒瓶と食べかけの肉料理が並んだ机にに
靴を履いたまま脚を投げ出して
ダルそうに、皮で装丁された分厚い本を読んでいる。
「あーわかんないわ。エンヴィーヌ、もうちょっと面白そうな本持ってきてよ」
スズナカは近くで立ったまま控えていた
胸と腰に簡素な布だけを巻き付けた格好で
死んだ目をしてるエンヴィーヌに
重い本を投げつける。
エンヴィーヌはそれを受け取って
「はい、すいません。面白いものを持ってきます」
エンヴィーヌが書斎を出て行った瞬間に
白い光が瞬いてオクカワ・ユタカがスズナカの近くに立っていた。
スズナカはチラッとそちらを見て
「……そのうち来るだろうとは思ってたわ。
……調子乗ってたジンカンはそろそろ死んだんじゃないの?」
オクカワ・ユタカは微笑みながら
「その通りです。スズナカさん、やって貰いたいことがあります」
スズナカは顔をしかめて
「ついでにターズはちゃんと殺したの?
あいつ、あなたにとっても邪魔でしょ?
あと、この頬の傷治して欲しいんだけど」
オクカワ・ユタカ黙って手を翳して
スズナカの頬の傷をあっさり消した。
スズナカは頬を触りながら
「……いいわ、話を聞いてあげる」
とニヤリと笑う。




