目的変更
一時間後。
竜騎国南東部のボレンシアの街の廃墟。
廃墟群をねぐらにしていた盗賊団を軽く制圧して
その中心地の広場のど真ん中で縛られた頭目を前に
俺とターシア、そしてドハーティー、さらにはハモが腕を組んでいる。
「弱かったな」
「そうね。雑魚過ぎたわ」
「幸先よいのではないかね?」
「……」
髭面の頭目は俯いたまま冷や汗を垂らしている。
「それでどうするんだ?処刑するのか?」
俺が尋ねると、ターシアが首を横に振り
「このまま一時間ほど駐屯するのよ。
たぶん、魔法生物が接触を図ってくるわ」
ドハーティーが頷いて
「では、廃墟に布陣させるとしようかの」
「ジジイ、頼むわよ。
私は空を見てくるわ」
ターシアは天使の羽根を背中に出現させ大空へと舞い上がった。
盗賊団の頭目はその光景を唖然として見上げて
失禁しながらその場で気絶した。
ボレンシアの街の廃墟を一望できる近くの小高い山の頂上。
「どっ、どうかな?」
心配そうにハーツが隣で遠望しているグランディーヌに尋ねる。
「布陣をはじめた。兵士の数は千二百で魔法船は二百か」
「あのさっ……何で私を連れてきたの?」
グランディーヌはハーツを見つめると
「……私だけだと、ただの武力抗争になる。
なので、歯止めを利かすためにハーツちゃんを連れてきた。
たぶん、そろそろ……」
「見ぃつけたっ」
いきなり背後からターシアの声が響いて
ハーツは吐きそうな顔をする。
「こないだのてっ、天使……なっ、なんでここが」
ターシアはつまらなそうな顔で
「私たちを一望したいなら
ここしかないでしょ?で、何を話しに来たか言ってごらんなさいな」
グランディーヌは頷いて
「三つ提案がある」
「いいわよ。どうぞ」
「一つはオースタニアと正式に同盟を結びたい。
既にファルナ女王に許可を取ってある」
「……ふーん」
ターシアは目を細めて腕を組んで
グランディーヌの平然とした顔を見つめる。
ハーツはドキドキした顔でグランディーヌの背中に隠れた。
「それから、竜騎国南部から即時に撤退してくれるならば
オクカワ・ユタカさんをターズから引き離す。
本人から了承が取れている。捜査は継続するけれど
ターズの屋敷に張り付くのはやめると言っている」
「……」
ターシアは真面目に考え始めた。
さらにグランディーヌは
「これは私の個人的な提案だけど
スズナカ・サキの行方について情報を提供する準備がある」
「……やはり生きていたか……」
グランディーヌは黙って頷いた。
「ちょっと待ってて、ターズたちと話してくる」
ターシアは飛び去った。
「だっ、だいじょうぶかな?」
ハーツが心配そうに尋ねるとグランディーヌは平然と頷いた。
三十分後。
失禁して気絶したままの頭目の近くで
俺たち四人と、小柄な悪魔の角を生やしたハーツが向かい合っている。
「話は聞かせてもらった。
スズナカが生きているのは本当なんだな?」
俺が尋ねると、小柄な悪魔は頷いて
「ほっ、本当です。
この場には居ませんが、私の親友が場所を知ってます」
「……俺にとって最大の仇は、竜騎国に居るはずの
オクカワ・ミノリなんだが
それは分かってるのか?」
小悪魔を睨みつけると、怯えながらも
「もっ、もちろん知ってますけど……あの、でも」
言葉に詰まって涙目になった悪魔にため息を吐く。
ターシアがニヤニヤ笑いながら
「ここで揉めたら、あんたにとっての最高の条件が無くなるわよ。
あんたも大人なら、楽しみは最後にとっておいたら?」
「……チッ。まあいい。
守護天使ターシアとドハーティー卿はすでに同意した。
まずはスズナカの居場所を教えろ。
そうしたら、即時全軍撤退してやる」
小柄な女悪魔はホッとした顔をして
「じゃあ、聞いてきま……ああああああああ」
と言おうとした瞬間にターシアから抱えられ上空へと飛び去っていた。
ドハーティーがそれを見上げながら
「目的はスズナカ狩りに変更かの」
楽し気に言ってくる。
「……そうなるでしょうね。兵団は国に返してから、一度出直しましょうか」
「そうじゃな。ハモも同行するかね?」
ハモは真面目な顔で何度も頷いた。
大陸南方の大丘陵地帯。
高低差の激しい丘陵を小型の魔法船が快調に進んでいる。
その前部の甲板に横たわっているスズナカが
上半身を起こしてチラッと背後を振り返り
体中の穴に管を繋がれた女がビクッビクッと痙攣を繰り返して
縛られているのを見ると
「凄いなー。まだ生きてるのか。
どんな体なんだろ。あとで尋ねてみよう」
と言って、ポケットの中から出した布袋から
乾燥した豆を出してポリポリと齧る。
「豆も飽きたなぁ。
目的地にたどり着いたら、まず肉を食べよう。
それから町中の偉いやつらを操作して、金を巻き上げて
私の国を一から作り上げるか」
スズナカはそう言うと、帽子を目深に被ってまた寝転んだ。




