エスコート
同時刻。
竜騎国北方に広がる広大なサムリンガル王国中部。
王都、サムリンガル。
城下町の中央に聳え立つ巨大な王城の最上階の屋上近くに
纏わりつくように着地した巨竜のイエレンを
城下町の通りや、屋根の上、窓から顔を出して
国民たちが不安げに見つめている。
そんな王城に着地したイエレンの頭の上からは
正装したファルナ王女、タナベ、グランディーヌ
そして軍服を着たバルモウの四人が、屋上へと乗り移る。
怯えた顔のバルモウが
「王女様、これでよろしかったのでしょうか……。
これではまるで、我々が……」
グランディーヌが何ともなさそうな顔で
「強制的に同盟を結ばさせるなら
このくらいのインパクトは必要」
いきなり彼らの横に光が瞬いて
黒く髪を染めたスーツ姿のオクカワ・ユタカがワープしてきた
そして、屋上の入り口から飛んできた十数本の矢を
右手をサッと横に払って、全て屋上の石畳の上に落とす。
グランディーヌが顔色を変えずに
「ありがとう。でも、居なくても私が落としてた」
「……少し、強引ではないかな?」
タナベが真面目な顔で
「ユタカさん、急いだほうがいいと思います。
別れて行動しているリュウと委員長がもめる前に」
オクカワ・ユタカは苦笑いして
「確かにミノは、僕以外には強気だからね。困ったものだ」
と言いながら、さらに放たれてきた矢を見ずに
右手の指を少し動かして、全て撃ち落した。
泡を噴きそうなバルモウの横で毅然としたファルナ王女が
「行きましょう。バルモウを操ろうとした件も問い詰めねば」
グランディーヌが頷いて、コートの下から紫色の触手を何本も出し
先頭に立ち、入口へと向けて矢を払い落としながら進みだす。
十五分後。
全ての衛兵をオクカワ・ユタカとグランディーヌの力で
あっさりと気絶させ
五人は王の居る玉座の前に立っていた。
数段上の高い玉座に座る真っ白な髭を顔の半分に生やし
使い込まれた大きな王冠を被る、蒼い目の老王は
ひじ掛けに頬杖を突き、足を組みながら
逃げる様子もなく五人を興味深げに見下ろしていた。
そして
「揃いもそろって、よく来たのぅ」
まったく怯えの無い、低く威厳のある声で言ってくる。
ファルナ王女が怒った顔で
「バーンスゥエル王!!わが臣下のバルモウを唆して
反乱を起こさせるとは何事ですか!?」
老王は、ふふふと笑い
「では逆に訊くが、王女がわしの立場なら
手をこまねいていたかな?」
「くっ……そ、それとこれとは……」
悔し気なファルナ王女の代わりに
コートから何本も触手をうねらせたグランディーヌが
前に出てきて
「……正式に我ら竜騎国との同盟を申し込みたい」
玉座を見上げて呟くと
「ふむ。我が国の山中に居た魔法生物じゃろ?
それに、そこに居るのはタナベじゃな。
ギルドマスターのジャスミンから報告は受け取るよ。
ヤマモトと共に、彼女を助けて、わが国で狩猟ハンターになったと」
黙り込んだグランディーヌの横からタナベが出てきて
「王様。その通りです。
僕らはこの王国のお世話になっていました。
敵意が無いのは分かっているでしょう?」
老王は、瞳の中に何かを思いついた色を浮かべて
「しかし、このやり方は気に食わんな。
もう少し、親切に来てくれれば、こちらも歓待しようがあったものを」
タナベは首を横に振り
「申し訳ないのですが、我々には時間はないのです。
それに、面子を潰してしまったのならば
それに対して謝りますし、償いは致します」
老王はゆっくりと玉座から立ち上がると
「……一度、巨竜に乗ってみたいと思っていた。
悪いが、ファルナ王女と二人で乗せてもらって
城下町を見下ろしながら、ゆっくりと飛んでくれんかね。
楽しんでいるわしと、美しい王女の姿を見れば、国民も安心するじゃろう」
「王様……」
タナベが困った顔で仲間を見回すと
オクカワ・ユタカが微笑みながら
「……よろしいですよ。ただ、王女の安全を保障して頂きたい」
老王は階段を降りてきてゆっくりと五人へと歩み寄ると
「もちろんじゃ。オクカワ・ユタカじゃな?
お噂は兼ねがね」
オクカワ・ユタカに皺だらけの筋肉質な手を出してきた
彼はその手を握り返しながら
「……知っているなら話は早い。
僕の力なら王女に何かあれば、いつでもあなたを害せます。
ただ、僕は争いが好きではありません」
「そうじゃろうな。戦乱はスズナカとジンカンが主導していたのは
耳に入っとるよ」
「……二人も僕の大切な友達です」
「それは失礼した。無礼を詫びよう。
さ、ファルナ王女、エスコート致しますぞ」
長身の老王は小柄なファルナの手を優し気に取って、
オクカワ・ユタカに付き添われながら
三人で玉座の間を出ていく。
呆気にとられたバルモウと
そしてグランディーヌとタナベが
「……一筋縄ではいかない人だな……」
「あれは見た目は普通の人間だけど、中身は化け物の類。
バルモウさん、よくあんなのを後ろ盾にしたいと思ったね」
「……お、俺は老王様があそこまで肝が据わっていて
賢いとは思わなかった……」
そう言いながら、立ち尽くしていた。
時間は進み、深夜。
ワナン共和国、西へと繋がる山道。
体を埋められていたエンヴィーヌは
ようやく土の中から脱出することができた。
「くぅ……くぅーーーーー!!」
土の上に座り込み、泥まみれの唇を噛んで悔し気にそう呻くと
エンヴィーヌは怒りに満ち震えた顔で
「もっ、もはや許せぬ……逆さの楽土嫉妬界の王であるわらわを
二度も土に伏せさせて汚すとは……クマダ・ユウジ……。
貴様をニンゲンスレイヤーで殺……あれ……」
エンヴィーヌは真っ青な顔で辺りを見回して
ひとまとまりにされた布袋を発見すると、ホッとした顔で
それを解いて、唖然として固まる。
「なっ、なんということだ……奪われたのか……。
三本も、ニンゲンスレイヤーを……」
そして気づいた顔をして
一瞬固まった後に、獣のような殺気立った顔で
「ブランアウニスーーーーーーーーー!!」
恐ろしい声で夜空へと絶叫した。
そして口から血の混ざった痰を吐き捨てると
「くっ、くそ……このままだとマズい。
このまま、クマダを追うと奴の罠に嵌る。
しっ、仕方ない……オースタニアを目指そう」
エンヴィーヌは荷物の中から硬貨と着替えだけ抜き出して
その場で素早く、泥まみれの着物と下着を着替えてしまうと
フラフラと山道に出て、来た道を一人、引き返していく。




