うちの孫
同時刻。元ブラウニーの屋敷、ターズの寝室。
物音がして起きる。
両眼を開けると、金髪おかっぱ頭の少女に
ナイフを首に突きつけられていた。
完全に忘れていたが、帝都の深部から出てきて
わざわざここまで追跡して来ていたらしい。
「オースタニア王国将軍ターズ!
ビラティ・ドハーティー卿の代理執行者として
帝都不法侵入の罪で、刑を執行します!」
あ、死んだな……と思った瞬間に
「ぽへっ……」
少女はうめき声と共に俺の身体の上に気絶した。
その軽い体を押しのけて上半身を起こすと
扉を開けて、ガウン姿のアーシィーが立っていた。
「責任者に引き渡しましょうか。
ちょうどこの王都に居るわけだし」
ウンザリした顔で言ってくる。
「ああ、そうだな。城内に居るはずだ」
俺もベッドから立ち上がる。
アーシィーは縄を持ってきて、少女の身体を縛り付けだした。
二人で着替えて、布にグルグル巻きにした少女を抱えて
衛兵たちに馬車を呼んでもらい
ジャンバラード城内へと行く。
門内の停車場で馬車から降りるとすぐに、ニコニコしたドハーティーが待っていた。
「魔力の変動で、気づいたわけですね?」
アーシィーがドハーティーに尋ねると
ドハーティーは俺からグルグル巻きにされた少女を受け取り
手早く布と縄をほどきながら
「ステルス系の魔法の気配がお二人の屋敷近くでしたんでな。
すぐに捕えられて連れてこられる思って、ここで待っていた。
いや、お二人には実に失礼でしたな」
わざわざ立ち上がって頭を下げてきたので、俺が
「もういいんだ。それよりこの子に
我々はもう敵ではないと教えてくれ」
「重々伝えておくよ。あとで謝罪を兼ねて
この子と屋敷に伺ってもいいかね?
オクカワ・ユタカも今は居らんようだが」
アーシィーが頷いて
「多分、昼には帰ってくると思いますよ。
妹の顔が見たいとか言ってました」
「……起きてたのか?」
驚いて尋ねると、アーシィーは苦笑いして
「寝られるわけないでしょ……」
「そうか……」
寝たふりをしていただけだったとは……。
ドハーティーは難しい顔をして
「……恐らくは、竜騎国の平定を始めたな。
ファルナ王女の後ろ盾に、煉獄から来た子供たちがついたのかもしれぬ。
重症だったオクカワ・ミノリも復帰したか……」
「それは本当か……?」
ドハーティーは真面目な顔で俺に
「今は動かぬ方が良い。
それに下手に手を出してオースタニアと竜騎国で戦争でもなったら
それこそ、人類同士の殺し合いになり
煉獄の子供たちの討伐どころではなくなる」
アーシィーが俺の背中をポンッと叩いて
「まずは容疑を晴らさないとね。ちゃんと結婚までこぎつけつつ」
「……ああ、そうだな」
俺は頷いた。
同時刻。竜騎国北部区域
竜騎国北部竜騎国北部ギグンダ城塞都市郊外の草原。
青空の下
大柄な茶色の馬にまたがった銀の鎧を着込んだバルモウが
開いた口が閉じないまま、両目を見開いていた。
目の前では彼が草原に揃えた数万人の歩兵と数千の騎兵が
たった数人の襲撃で数十人、数百人単位で宙を舞い続けている。
しかも騎兵の場合は乗馬している人のみを狙い
馬には一切傷をつけていない。
「しょ、将軍!退避を!」
近くの騎兵が必死に声をかけてくるが
バルモウは兜を投げ捨てて
「終わりだ……あれは、煉獄から来た子供たちだ。
しかも三人も……」
呆然とした顔で呟く。
「将軍……」
辺りの騎兵たちは雲の子を散らすように逃げ始めた。
数分後には、歩兵や騎兵たちは悲鳴を上げながら四方へと逃走していき
馬に乗ったまま、顔面蒼白になっているバルモウを
顔を黒いマスクで半分隠したヤマモト、
そして同じように顔を隠したオクカワ兄弟が取り囲んでいた。
オクカワ・ミノリが右腕を上げて上空へと火花を上げると
ゆっくりと巨大で黄色の鱗に包まれたイエレンが
はるか空の上から降下してくる。
イエレンはバルモウのすぐ近くに着地すると
静かに頭をそちらに向けて伏せた。
その頭上には、小柄なファルナ王女が乗っていて
「バルモウ、ファルナじゃ。覚えておるか?」
静かに馬上で固まっているバルモウに語り掛ける。
「……王女様、生きていたとは……」
「私は、還ってきた。新たな力を得てな。
そなたは臣下に戻るか、反逆を続けるか、今ここで選べ」
バルモウは黙って、大柄な馬から降り
そして鎧を脱ぎ捨てて、上半身裸になると
巨竜の頭の上に乗るファルナへと土下座する。
「……よろしい。貴様の罪を許す!!
居城へと案内せよ!」
ファルナは威厳ある声を響かせた。
二時間後。
城塞都市内の中核城会議室内。
大柄な体を縮こまらせているバルモウとファルナ王女
そしてグランディーヌと、タナベの四人が会議室内に収まっている。
「まさか、煉獄から来た子供たちを
四人も味方につけているとは思いませんでした」
バルモウは恐縮した顔で上座に座るファルナに言う。
「……彼らの善意だ。そして彼らは悪辣なワタナベたちとは違う。
大いに信頼してよい」
「ははっ」
グランディーヌがいつもの冷静な顔で
「……平定を急ぎたい。
ヤマモトさんとミノリさんをラーヌィとハーツちゃんとセットで西部へと派遣したい。
そしてサムリンガル王国へと私とタナベさん
さらにバルモウ将軍、王女様で
イエレンに乗って、直接王と会って同盟を結びに行こう」
ファルナは難しい顔をして
「危険では?」
「用心棒にオクカワ・ユタカさんにも同行してもらう。
彼は我々に少し興味が出てきたみたい。
やるべきことを後回しにして、行ってくれるって」
「ならば安心ですね。バルモウ、分かっていますね?」
ファルナから見つめられたバルモウは恐縮しながら
「我々が居ない隙に
城内のものに、不埒な考えを起こさぬよう言っておきます。
それに、逃げ散った兵は現在探索させている最中です……」
ファルナは静かに頷いた。
正午過ぎ。
ジャンバラード城下町、元ブラウニーの屋敷。
ドハーティーが、少女を連れて詫びに来たので
アーシィーと二人で茶を淹れて出して、テーブルに並べる。
「どうぞ」
俺たち二人もテーブル越しに着席すると。
「申し訳ないね。ほら、ハモも謝りなさい」
「……すいませんでした」
少女は膨れた顔でうつむき気味に謝った。
「うちの孫なんじゃよ。
ハーモニー・エレナ・ドハーティーという。
職業は帝都の衛兵じゃった。
世間知らずのこの孫に世の中のことを教えるため
そして、情報収集のためにわしがねじ込んだのじゃ。
あっさり職場放棄して今頃、探されてるはずだがな」
ドハーティーは苦笑いしながら明かしてくる。
アーシィーが驚いた顔で
「お孫さんだっんですか!?」
「ああ、似ておらんじゃろ。うちの次男坊の一人娘でな。
やつは、放浪してどっかに行ったがこの子は見込みがあるので
わしが目をかけ鍛えておったのよ。
それにしても……ここまでやれとは言っておらん。
頃合いを見て追跡を止め、わしに報告してから
さりげなく軍務に戻りなさいと言ったはずじゃが?」
ドハーティーは膨れているハモと呼ばれた少女を見て
「帝国に戻ったら、逃亡罪で一年は禁固刑じゃな。
せっかくじゃし、わしが軍部に掛け合って無罪放免にするまで
預かっておいてくれんかね」
「いいですよ。喜んでお預かりします」
アーシィーが即答する。俺は意外な提案に戸惑っている。
「なっ……おじい様……!?」
ドハーティーは皺の多い顔をニヤーッと笑わせながら
「ターズ殿の結婚式が終わってから
さらに帝都に戻って、交渉に数か月というところじゃからな。
半年は見ておいてもらいたいもんじゃな」
「そっ……そんな……」
涙目になっている少女にアーシィーが微笑んで
「キチンとメイドとして鍛えてあげるわ」
「しっ、使用人として……!?」
半泣きのハモに、ドハーティーは苦笑いししながら
「ターズ殿、孫が武術と魔術に秀でておるのは知っておろう?
相手してやって欲しい。
オクカワ・ユタカの気を散らすことにもなるはずじゃ」
「……仕方ないな」
帝国の有力者であるドハーティーから頼みならば断われない。
ただし
「二度と、俺のことを殺そうとしないでくれ。
そうでなくとも、忙しいんだ」
「……すいません。使用人として言うこと聞きます……」
「よろしい。では、孫を頼みますぞ」
ドハーティーは素早く部屋から出て行った。
アーシィーが見送りでついて行った。
「……」
「……」
ハモと二人応接間に残されて、無言の時間が流れる。




