ダークハンズ
先ほど上がってきた螺旋階段を駆け下り、メイドや執事、軽鎧を着た衛兵たちが右往左往している城内を中庭へ向けて駆け抜けて行く。
ブラウニーの作戦では、この段階ではもはや混乱の中、俺を遮るものは居ないとのことだったがその想定通り、中庭で二人がかなり善戦しているらしく帝国兵と帝国人の占領した城内に凄まじい恐怖と混乱が伝わっているようだ。
「……そろそろだな」
と俺が通路の硬そうな壁付近で立ち止まり、辺りを見回していると凄まじい爆音の振動が城内に響き渡った。
こちらの味方の黒魔術師たちが一斉に城内へと襲撃をかけた音だ。
これも作戦通りだ。
城内西門を魔法で破壊して、そこから今ごろ百人ほどの凄腕黒魔術師たちが攻め込んでいる所だろう。
悲鳴がそこら中で上がり、人々は一斉に出口へ向かって殺到し始める。
俺はそれを避けながら中庭へと急ぐ。
その頃、中庭では
鎧がひび割れているクライバーンと黒頭巾が破れ、血まみれのアヤノが上を向いて雄たけびを上げ、破壊された中庭の噴水上に浮かんだ無傷のオクカワが苦々しい表情でそれを見下ろしていた。
木々がなぎ倒され、燃やされ、凍らされた中庭は無数の帝国兵たちの手足をもがれた死骸が転がっていて2人の足元は血の海になっている。
三人の他、息をしているものは一人も居ない。アヤノは血まみれの右手でオクカワを指さして
「ほら!?使えよ!!アレを!貴様の得意なソウルサイスも、リーパーデスも即死用の防御呪文をかけられた我々には効かないんだよ!!早くしないと我々の同胞が、貴様を取り囲むことになるぞ!」
寡黙なクライバーンも鎧の兜を投げ捨て、血まみれで刺青に塗れた顔面を晒しながら宙に浮いたオクカワに
「貴様は本気を出していない!!楽に我々に勝てると思うな!オースタニアの武人を舐めるな!!」
地鳴りがするような恐ろしい怒号を放った。
さらにアヤノが顔をこれでもかと歪めながら
「ああ!我々は貴様のあらゆる呪文に耐えきった貴様の奥の手にもきっと耐えるだろう!全てを出し尽くした、哀れな貴様の首を掻っ切ってやる!」
オクカワは舌打ちしながらその光景を見下ろし次の瞬間に、いきなり耳元に現れた緑の人型の報告を聞く。
「……新たな襲撃者はレベル127が1人と、90レベル級が85人……あとは雑魚だけど、このままだとこの城を放棄することになるか……」
ブツブツと宙に浮いたまま呟くと大きくため息を吐き、両手を広げ
「ああ、分かったわ。そんなに死にたいなら、私の本気をちょっだけ見せてあげる。あんたたち、本当にいいの?文字通り、地獄の苦しみを味わうことになるけど」
二人は不敵な笑みを浮かべアヤノがニヤニヤ笑いながら
「どうせ、大した魔法じゃないんだろう?我々には貴様の魔法は効かない!貴様を完封して、完全屈服させたという新たな武勲が一つ増えるだけだ!」
オクカワは顔を大きく歪め
「……なんで、どの世界も皆、馬鹿ばかりなんだろう。大人なのに相手の強さも見極められない浅はかな馬鹿ばかり……ああ、もういいや……嫌な奴は、皆死ねばいい……」
宙に浮いたまま、両手を二人の方へと翳すと
「冥界の魔王よ……逆さの楽土の主よ……その門を開き給え、我の魔力と……われの求むる者たちの命をその煮え立った窯の中へと捧ぐ、その荒涼とした虚無に捧ぐ、一時の逆さの理を我に与えよ……」
ブツブツと詠唱すると
「ダークハンズ……」
そうポツリと呟いた。
次の瞬間、クライバーンとアヤノの足元に紫に輝く複雑な魔法陣が二つ現れ、そして、二人の足元に無数の真っ黒な手が縋りついて
魔法陣の中へと引きずり込みだした。
クライバーンとアヤノは
「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「なんだこれはああああああ!!」
大げさに喚き始める。
宙に浮いたオクカワはそれを冷徹な表情で見下ろす。
十数秒かけ、二人は体中に纏わりつく黑い手から逃れられぬまま、魔法陣の中へと引きずり込まれて行き、そして、地上から消え去る、ほんの一瞬、アヤノの両目は見下ろしているオクカワを見上げ、微かに嗤った。




