交代時期
数時間後。ハーツたちの北部の拠点
テント内でお茶を出されたターシアがそれを啜りながら
ジッと目の前に並んで座っている四人の中からハーツを見つめる。
「……あんただけが、よくわかんないわ」
「……!」
涙目のハーツはグランディーヌの背中に隠れた。
「……ブランアウニスが何で配置したのかを、よ」
グランディーヌが冷静な顔で
「ハーツちゃんが最も重要かもしれない」
とポツリと言うと
「えっ……えぇぇぇえええ……」
ハーツはオドオドし始める。
「無用の要ってやつ?まぁ、いいか。
とにかく、道中話したでしょ?
悪魔たちが第一波、今の人間たちが第二波
そして、最後は逆さの楽土の数十万の精鋭たちによる第三波があるって」
タナベが深刻な表情で
「……そんなに僕たちが憎いのですか?
その、女神ファルナバルは」
ターシアはニヤニヤしながら頷くと
「その通りよ。この大陸を、いや惑星全体を更地にしてでも
あんたらを……いや、オクカワ・ユタカを排除したい理由があるの。
女神さまには」
グランディーヌはポツリと
「支配者の交代時期なのか……」
と呟いた。ターシアは満足げに
「そういうこと。この星のシステムね。
一番上は最も優秀な者が治める。
なので、女神さまは自分に迫る可能性が唯一ある
オクカワ・ユタカを何としてでも消滅させたい」
ヤマモトが首を傾げながら
「ユタカさんには支配欲なんてなさそうだけどな……」
ターシアはニヤニヤしながら
「ジジイ…いやドハーティーとオースタニアで
情報交換して私たちはある結論に達したわ。
オクカワ・ユタカとジンカンは"天の扉"を開こうとしているってね」
「なんだそりゃ?」
タナベは即座に金属の塊をいじり始める。
グランディーヌは表情を変えずに
「天へ伸びる塔は崩壊したのでは?その天の扉とは?」
ターシアは嬉しそうに
「塔は崩壊したんじゃなくて、"させた"のよ。
女神様へと物理的にたどり着けないようにね。
天界へと、善良な霊魂と天使でないものが行くには
"天の扉"を発動させるしかない」
四人は黙ってターシアの次の言葉を待つ。
「そして天の扉を発動させるには特定の
古代遺物を集める必要があるわけ。
なのでジンカンとオクカワ・ユタカは世界中周って
集めまわってたのよ」
グランディーヌが難しい顔で
「二人は、地上の大破壊の前に遺物を集め終わるつもりなの?」
ターシアはわざとらしく首を傾げ、両手を広げ肩をすくめると
「さあ?」
タナベが顔をしかめて
「……そうか、わざと破壊させる可能性すらもあるのか」
ターシアは軽く拍手すると
「更地の方が後々治めやすいかもよ?
あーちなみに……」
右手を伸ばしてテント後方で寝袋で寝ている少女を指さすと
「それ、竜騎国にある古代遺物へのカギだから。
遺伝子と声紋が必要なのよ」
全員が驚いた顔で寝ている少女を見つめる。
「つ、つまり、本物なのか!?」
ヤマモトが思わず尋ねると、ターシアは茶を啜りながら
「見たら分かるでしょ。紋章はブランアウニスが魔法で削ったのね」
グランディーヌは深刻な表情になり
「……つまり、ジンカンは分かってて
ワタナベたちのために偽の花を持って行った」
「うん。あれ、ブランアウニスが予め用意していた罠よ。
どーんな性格の悪い作用があるかは
見てのお楽しみだけど」
ターシアは顔を歪めて、実に楽しそうに笑う。
さらに数時間後
竜騎国南部の山中にある廃墟の一室。
ジンカンがニコニコしながら
「いやーごめんね。魔法船で近くまで連れてきてたのに
わざわざここまで来てもらって」
ワタナベがソワソワしながら
目の前のベッドで寝かされているファルナによく似た少女を見つめる。
ユウジは包帯の巻かれた身体で椅子に座りながら
「早くやってくれ。どんな結果になるか見たい」
ジンカンは瓶から青く光る花を一束取り出して
寝ている少女の顔にバサバサとかける。
そして、両手で印を結ぶと
「……封印された御霊を、呼び覚ましたまえ。
逆さ化の楽土より来る災厄の暗き穴から連れ戻したまえ!
はっ!」
少女の花だらけの顔へと両手を押し付けた。
「う、うーん……」
「お、おおおおお……ファルナちゃんが起きた!」
「こ、ここは……あ、ああ……ワタナベ様……」
花を払いながら上半身を起こした少女に
頬を紅潮させて見つめられてワタナベは
「……?」
戸惑った顔をする。
「僕のこと、殺さないのよ?」
「殺すなど思いもしません……私、竜騎国南部のボルタラーンに住む
ノウラと言う者です……」
「あれ……?」
ワタナベは固まった顔でジンカンを見つめる。
「ナベちゃん、話を聞いてやってよ」
「う、うん?……ま、まあいいか」
ワタナベがジンカンから薦められた椅子に座ると
ノウランは嬉しそうな顔で
「私、ワタナベ様に助けられました。
覚えておられませんか?
まわされそうになっている私以外
部屋に居る兵士たちをみんな撃ち殺してくれたことを」
「そんなことあったっけ?」
ワタナベは首を傾げる。ユウジがニヤニヤしながら
「兵士しか殺してないからな。まあ、あったかもな」
「それで私は、ワタナベ様に想いを募らせてしまい
そんなところに、ブラウニー様が現れました。
そして、ワタナベ様の好みの
ファルナ王女そっくりの姿に変えて頂きました」
ユウジが思わず立ち上がり、口を抑えながら
「ゴン、良かったな……すまん。もう無理だ」
退出していった。
遠くで笑い声が響き渡る。
にこやかに二人を見つめていたジンカンが
「ナベちゃん、君のことを本当に好きな子が居たんだよ。
大切にできるよね?」
「う、うん?あれ……?ファルナちゃんは?」
「行方不明だよ。俺は全て分かってて
ノウランさんを起こした。
ナベちゃんは少し疲れすぎてる。
しばらく二人で遠くの島国に行って
休息して、愛を育んで欲しいな。地図は用意してる」
ジンカンはサッと折り畳まれた地図をワタナベに渡した。
「……?ちょっと待ってよ。
どういうこと?」
ジンカンはニコリと笑って
「彼女としばらく休むべきだよ。
ファルナ王女のことは俺に任せてくれ」
ワタナベはしばらく黙り込むと
「きっと、探し出してよね?」
「……ああ、任せろ。心の友のナベちゃんを裏切ることは無い。
それに能力を封印されていたユタカさんもそろそろ復帰する」
ワタナベは頷いて立ち上がり
「ユウジ君も連れて行くよ?いいね?」
ジンカンはにこやかに頷いた。
翌朝早く、オースタニアジャンバラード城内。
不機嫌そうなメズマ、マルハナーン
そして焦燥した様子のバラスィ、特に変わりのないクリスナー
満足げなドハーティーが、代理王マーリーンの座る玉座の下に
正装して一列に並んでいた。
ドハーティーが進み出て
「上々の結果です。ブラウニー公の罠にワタナベたちをはめることができて
こちらの損害はゼロでした。
お若い司令官代理殿と副官のクリスナー殿にも良い経験となったでしょう」
マルハナーンがムッとした顔で何か言おうとする前に
マーリーンがホッとした様子で
「煉獄から来た子供たちを仕留めそこなったのは残念だが
罠が発動したこと、そして人死にの無かったことをまずは讃えたいと思う。
皆の者、下がってよい!よく休むがよい!」
五人は深く頭を下げて退出していった。
「次の者たち!ここへ!」
代理王は扉の近くで待機している二名に声をかけた。
将官服を着たの俺と、晴れやかな色のローブ姿のアーシィが
並んで、玉座の近くまで進んでいく。
若い代理王が玉座の上から、上機嫌に
「ターズ遊撃将軍!この度の働き、誠に素晴らしきものであった!
二人の天才を蘇らせた功は王国史に刻まれるであろう!
褒美として、城下町に屋敷を与える。
遠慮なく受け取って欲しい。
副官のアーシィと共に、今後も王国を支えてくれ!」
俺とアーシィは跪いて深々と頭を下げる。
退出を許可されたので二人で並んで出ていく。
廊下へと出て、扉が閉められるとアーシィが
「ちゃんと事情を把握している顔だったわ。
悪くないわね。あの子」
「……副官にした覚えはないぞ」
かってに誰かが手続きをしたようだ。
「いいじゃないの!さー黒魔術協会に顔を出さないと。
ターズさんは何かしたいことはないの?」
「頂いた屋敷の場所を聞いた後に、教会に行ってくる。
せめて、女神ファルナバル様に
ジェシカとゴーマの冥福を祈りたい」
「あっ、ごめんねー二人の遺体も爆発で吹き飛んでたし
蘇りは無理だった」
軽い調子のアーシィにため息を吐きながら
「良いんだ。二人も覚悟していたと思う」
「あとで屋敷に行きますよ!」
俺たちは廊下を左右に別れて歩いていく。




