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援護

南の谷中心部の渓谷深くの陣の中心地。



北から地響きと共に大きな爆発音が響く。

灯火に照らされたローブ姿のバラスィが

青白く光る花の瓶を抱え、ガクガク震えながら

「くっ、クリスナー……」

隣で辺りを見回している冷静な顔の武装したクリスナーが

「何ですか?」

「みっ、みんなここで死ぬんだろうか……」

クリスナーはニカッと笑って

「俺は死ぬかもしれませんけど。司令官代理は生きてますよ」

バラスィは必死に首を横に振り

「いっ、いやいやいやいや、王国的には

 スベン家の跡継ぎの方が大事だ!

 もしもの時は、私なんか放っていけ!」

クリスナーは黙って頭を下げて

辺りを見回す。

灯火に照らされた渓谷下には

水量の少ない川が砂利に左右を囲まれて

静かに南へと流れている。

灯火に照らされた辺りには、クリスナーとバラスィの二人しかいない。

クリスナーは北側を見て

静かに腰の鞘から、白銀に輝く剣を抜く。

バラスィが長身を激しく震えさせだして

「きっ、きききき来たのか!?」

「……気配が弱い。ジンカンです。下がっていてください」

クリスナーは川が流れてくる方向の暗闇を見つめる。

「いっ、いや、待て待て待て私がやる!」

バラスィは焦った顔で、花の入った瓶を持つ右腕を高く掲げ

「ジンカン・アキノリ!

 目的のものはここだ!他は全て焼いた!

 近隣の民家が飾っていたものも、代金を払って

 全て集め焼き払った!

 この花は、ここか、北の谷の花畑にしかない!」

北の暗闇から、素手のジンカンが不敵な笑みを浮かべながら

静かに出てきた。

そして、ゆっくりと、剣を構えるクリスナーの

三メートルほど手前まで歩いてくると


「……知ってる。お前からがこの森に敷いた陣も知ってる。

 光陰陣だろう?」


バラスィはクリスナーの後ろで右腕を掲げたまま

ガクガク震えながら

「そっそうだ!」

必死に胸を張って答える。

ジンカンは二人を目を細めて見つめながら

「……殺すなかれ、殺すと陰の気が瞬く間に

 侵入者たちを喰い殺すであろう。

 バート・バールセン将軍。帝国の三百年前の名将だなぁ……」

そう静かに呟く。

「あっ、諦めろ!お前の血の気の多い仲間たちはとっくに罠にはまってる!」

ジンカンは満足げな顔で谷の上の黒雲を見上げながら

爽やかに笑い。

「どっちから死にたい?

 すんなりと逝かせるつもりだ。怯えなくてもいい」

クリスナーが白銀の剣を上段で構えて

「……貴様は、全ての罪を背負ってここで死ぬ」

猛烈な殺気を放ち始めた。

ジンカンはニコニコ微笑みながら

「クリスナー・スベンか。名家も今夜で終わりだなぁ」

楽しげにそう言って、一歩前に足を踏み出す。


次の瞬間には、クリスナーの強烈な一太刀が

ジンカンを両断した。

……いや、両断したように見えた。

いつの間にか、クリスナーの背後に回り込んだジンカンが

「オースタニア流剣術か。直系だな。

 名家はこれだから駄目だ。傍流を大事にしないと」

そう言いながら軽く、振り向いて反撃しようとしてきた

クリスナーの右膝を横から蹴って

体勢を崩させると、スッと白銀の剣を奪い取り

クリスナーの喉に突きつけた。

「幅が足りない。遊びというのかな。

 この陣もつまらなかった。硬いんだよ。……お休み」

スッと剣を横に一閃して、クリスナーの喉を掻っ切ると

背後からナイフを持って自分に突っ込んできたバラスィの長身を

横に避けて、懐から瓶を奪い取り

背中に白銀の剣を突き立てた。

バラスィは、苦悶の表情のままその場に倒れる。

ジンカンは南側の闇を見つめると

「……そうか。思ったより早いな。

 ブランアウニス……侮れないな」

北へと向き直ると、花の入った瓶を抱え闇の中へと消えて行った。



今の現場から南に九百メートル南。



俺の操舵する魔道船で川の上を浮いて遡っていく。

アーシィの助言でネルン谷へは南側から迂回していくことにして

随分と時間がかかってしまった。

北側で巨大な爆発音がまた聞こえる。

とっくに煉獄の子供たちとの戦闘は始まっているらしい。

焦って、前方に微かに見える灯火を見つめていると

「愛する彼女の言うことは聞いておくべきなのよね」

後部で座っている漆黒のマントを纏ったアーシィが何か言ってくる。

「……何か言ったか?」

「お互いの血や欠片を分け合って

 蘇った上に一夜を共にしたんだから

 もう運命の相手でしょうよ!」

「……」

聞かなかったことにして遠くの灯火へと

魔道船を全速力で移動させていると

灯火の近くに、遺体を二体見つけた。

即座に船を止めて、アーシィと飛び降りる。

「こ、この人たちは、クリスナー・スベンと

 バラスィ司令官代理だ……何てことだ、遅かったのか……」

俺は二人の有能な若者の遺体を見下ろして、愕然とするしかない。

また人が死んだ……また、王国の輝ける未来が

煉獄から来た子供たちによって奪われてしまった……。

俺が絶望に打ちひしがれていると

「……まだ死んでから、一分ちょっとね。

 ふっふふふ……人間での被験者二号と三号が、重要人物かぁ」

アーシィは懐から小瓶を取り出して

パラパラとクリスナーの赤黒い血の噴き出ている首元にかけ

「ターズさん、バラスィちゃんのローブ

 邪魔だから脱がせて。剣は引き抜いたらダメよ」

「……分かった」

考えがあるようなので、遺体の上半身を起こし

痛々しく背中から胸まで貫いている剣をそのままにして

血まみれのローブを裂いて、素早く遺体から取り払った。

「サラシも」

胸に巻かれているサラシも全て引きちぎる。

「う、大きいわね。隠れ巨乳だったのか……」

アーシィは悔し気に剣に貫かれた胸を見つめると

「ターズさん、合図で背中からその剣を引き抜いて。

 いい?……今よっ!」

俺が一気に背中から剣を引き抜くと

アーシィは傷口の近くの胸と背中に瞬時に粉をかける。

「どういうことだ……?」

俺が首を傾げると

背後で男の若者の声がして

「あっ、あれ……?俺、ジンカンにやられて……」

振り向くと、クリスナー・スベンが上半身を起こして

先ほどまで血が噴き出ていた首を、不思議そうに触っている。

アーシィはニヤニヤしながら

「クリスナー!学校で同級生だったアーシィよ!

 ターズさんと私の愛の力で、あなたを蘇らせたわ!」

クリスナーは本気で顔をしかめて

「お前かよ……行方不明だって……あっ

 おい……まさか、アンデッド化させたんじゃないだろうな……」

アーシィは首を強く横に何度も振り

「愛の力よっ!信じなさい!」

クリスナーは助けを求めるように俺を見てくるが何も答えられない。

さらに背後で

「ああああああああああああ!!」

と言う若い女の声が上がる。

「なっ、何で服が無いんだ……まっ、まさかジンカンが……」

アーシィは「しまった」という顔をして

自らの旅装のマントを驚いて立ち上がっているバラスィに投げつけた。

そしてニカッと笑って

「バラスィちゃん!久しぶり!アーシィよ!

 こちらは身体を取り戻したターズ将軍!

 あなたとクリスナーは、我々の愛の力で助けに……もがもが……」

話しがややこしくなりそうだったので、

背後に回り込んだ俺がアーシィの口をふさぎ

「……ターズです。バラスィ司令官代理、クリスナー副官

 アーシィと遅れながらも援護に参りました」

二人へと深く頭を下げる。

クリスナーは首をさすりながら

「……ありがとうございます。将軍は、竜騎国からは撤退したのですか?」

冷静になった顔で尋ねてくる。

「……はい、恥ずかしながら力及ばず。

 詳しい事情はあとで説明します。

 我々は北の谷へと煉獄の子供たちを追撃します。

 お二人は、宜しければ安全な位置までお下がりください」

谷の周囲を見回したバラスィがガクガク震えながら

「だっ、ダメだ!ターズ将軍!行ったらダメだ!

 ここで我々の警護を命ずる!」

クリスナーが怪訝な顔で、バラスィを見て、すぐに気づいた顔をする。

「……そうか……ジンカンがここまで到達するまで

 南谷での爆発は無かった……ターズ将軍があっさりと

 南の警戒線を突破して、ここまでたどり着いたのも……」

震え続けるバラスィはマントを羽織った体を自分で抱きしめながら

「くっ、来る……光陰陣は破られた……もう、南谷担当の煉獄の子供たちが

 我々の近くに居る……」

左右の谷を見回し始めた。



谷の上。



ヤマモト、グランディーヌ、タナベが

谷の端に寝そべって顔を少し出して、十数メートル下の様子を窺っている。

「……体を取り戻したターズ、バラスィ、クリスナー

 それから、アーシィがいる。

 恐らくは、虚無王様に改造された高速魔道船が川原に一隻」

「どうしようか……」

タナベが金属の塊を指で弄りながら尋ねる。

ヤマモトが嫌そうな顔で

「ターズは相手したくねぇ。どっちも得しないだろ。

 大体何なんだよ、核爆弾で粉々になった後に

 奇跡的に身体を取り戻したって……どっかのイカレた動画とかかよ……」

「……今も検索したら、確かにそう出てきてる。

 ほら、復活特設サイトまであるよ。そこの画像見る?」

金属の塊の画面を、ヤマモトに見せる。

「後にしよう……」

「そうだね……」

二人が途方に暮れたため息を同時に吐く。

グランディーヌが眉を顰めて

「……多分、まだクリスナーか

 バラスィかのどっちかが本物の花を持ってる」


「ジンカン君にさっき取られたのは偽物だと?」


グランディーヌは難しい顔で

「……そうだった。私には何であれをジンカンが持って行ったのか

 まったく理解が出来なかった」

「アキノリ、強かったな。というか二人とも殺してなかったんだな。

 何だかんだ、優しいじゃねぇか」

グランディーヌはまた顔をしかめて

「いや、確かに殺してた。何の躊躇もなく。

 蘇っているのは、ターズの新たなる力なのか……」

黙り込んだ。タナベも困った顔で

「……ターズのムキピディアを検索してもまだ

 蘇ってからの新項目が追加されてない」

三人は黙り込んで、下の光景を見下ろす。

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