無効化
翌日、深夜
オースタニア王国首都近郊ネルン谷南部。
入り組んだ渓谷地帯の崖上
各地に監視の灯火が灯される谷南部全体が
見渡させる位置で灯火に照らされた
二人の兵士が監視任務らしきことをしている。
黒い雲が途切れて月の光が谷全体を映し出している。
「新入り!働けよ!」
痩せて背の高い
プレートメイルを着た新兵が、
背後で腕を組む、同じ装備の屈強な上官にどやされて
必死に全体を見回し
「異常ありません!」
「谷全体の哨戒兵が五百まで減らされたのに
我々は残された。この意味が分かるか?」
「分かりません!」
「……能力を信用されているということだ。
しっかりと励めよ」
「はい!あっ……」
上官は伸びてきた何かにからめとられて
瞬く間に闇に引き入れられて消えた。
逃げようとする若い兵士の背後に回り込んだ
漆黒の装束を着て、口元を隠し頭巾を巻いた大柄な男が
ナイフを若い兵士の首元に突きつけながら
「動いたら殺す。死にたくなければ目を閉じて横を向け」
「ひっ……ひぃ……」
崖の向こうの暗闇から
黒装束を着たグランディーヌと
同じ格好をして、シルバーソングを重そうに持っているタナベが
ゆっくりと出て着た。
頭巾を取ったヤマモトが、グランディーヌに手招きすると
グランディーヌは触手をスルスルと伸ばし
若い兵士の首を絞めて、あっさりと気絶させる。
「……ヤマモトさん、これで三十七人目。
あと、四百六十三人」
タナベはシルバーソングをヤマモトに渡すと
若い兵士の鎧と鞘に入った剣を取り外し脱がして
崖下に捨て、懐から取り出した太い蔦でグルグル巻きにしていく。
ヤマモトが深くため息を吐いて
「これ、朝までに終わるんだろうか……」
グランディーヌは地図を握った触手をヤマモトに伸ばしながら
灯火が照らす谷南部全体を見つめて
「大丈夫。やはり、中心地に百七十人ほどで纏まってるから。
最後はすぐに終わる。
そして、当然そこは罠の中心地。
なので、今は死角を利用して
地道に周辺の監視兵をつぶし続けるべき」
蔦を結び終わったタナベが立ち上がり、真面目な顔で
「……相手は、僕たちが花を取るために突っ込んできて
兵士たちを殺して周ると予測して布陣してるはずだから
あえて、一人も殺さずに静かに兵士たちを行動不能にする。
そういう風に、陣形自体を無効化しようって
話し合ったよね?」
ヤマモトは笑いしながら
頭巾を被り直し、シルバーソングを背負い
「ああ、覚えてる。次行こうか」
「次は十七人いるから、ヤマモトさんたちが後方で、私が気絶させる」
「グランディーヌさん、頼むね」
「夜目が効くって便利だよなー。色も見えんの?」
ヤマモトがグランディーヌに尋ねると
「うん。色までクリアに見える。私の感覚全般は虚無王様の特注だから」
「ムカつく敵ながら、今は感謝するわ」
三人は灯火が照らされた場所から出て
再び闇の中へと消えて行った。
ヤマモトたちが居た位置から北東に一キロ半ほど先の
ネルン谷北部の崖に囲まれ、青白く発光する花畑。
天使の羽根を羽ばたかせて、花畑に降りてきたターシアが
顔を歪めて、ニヤニヤしながら
静かに正座している腰に帯刀したドハーティーに
「……南の谷、初戦はヤマモトたちが優勢よ。
改心したって噂は本当らしいわね。
殺さずに、兵士を地道に寝かして周ってる」
ドハーティーは眉をピクリとも動かさずに
「……問題はジンカンじゃな」
まっすぐに谷の入り口を見つめながら言った。
「あれは、バラスィちゃんたちに任せましょう。
ここで二人とも死ぬようなら、その程度の器よ」
ターシアはそう言いながら
微かに顔を横に傾けて、入り口から飛んできた銃弾を避ける。
「しょっぱな、劣化ウラン弾か。若いわねぇ……」
「さあ、帝都で散った弟子たちの弔い合戦と行こうかの」
「……ふん。どうでもいい癖に」
ターシアがニヤニヤしながら後ろを向き
羽ばたいて宙へと高度を上げていく。
ドハーティーはゆっくりと立ち上がり
桃色に発光する刀身を恐ろしい速度で抜刀すると
宙で自らに向けて撃たれた銃弾を、真っ二つに切って落とした。
ブカブカの旅装を着たワタナベは
両手にそれぞれマシンガンとライフルを構えて、
ヘラヘラしながら谷の中へと入ってきた。
そして
「爺さん!!誰か知らないけど強いんだろうね!?
すぐ死ぬんじゃ僕も面白くないよ!?」
とドハーティーに両方の銃の照準を合わせて叫ぶ。
ドハーティーは微笑むと
次の瞬間には、ワタナベの背後に回り込んでいた。
ワタナベは背後を見もせずに
「起爆」
とだけ呟いた。
ワタナベの身体が猛烈な爆発に巻き込まれて
ドハーティーは後方へと吹っ飛んでいく。
猛烈な爆発の中で、
完全に無傷なワタナベは面白くもなさそうな顔で
「音声起爆の超小型爆弾があと、二百二十七発。
それとっ……」
右手と左手の銃を下に落として消し、そして
異様な形態の新たな銃を両手に出現させた。
谷の南側の崖の上ではユウジと
翼を羽ばたかせてホバリングしたターシアが向かい合っていた。
途切れた黒雲が夜空に月を出現させる。
「……悪魔の次は、天使か」
黒い旅装を身にまとったユウジが呆れた顔で言う。
ターシアはユウジを見下ろしながら
「石を喰ったから、手加減はできないわ。
あなたも、本気で来なさいな」
「……戦いで手を抜いたことなど、一度もないけどな」
ユウジはそう言って、体中をパチパチとスパークさせ始めた。




