天命
「ターズさん、ターズさん起きて」
アーシィの声が聞こえる。
温かい、これは人間の女のぬくもりだ。
この感触はいつ以来だろうか……。
好きな女も若い頃は居た。何度か付き合いもしたがいつも俺の仕事が忙しく皆、離れて行った。
女と付き合っているときは不思議だった。
鍛冶場での厳しい仕事の世界とは違う。
自分にのみ、温かい好意を向けられているという、こんな、夢のような時間があるのかと何時も新鮮に思ったものだ。
……そして何時も、長くは続かなかった。
きっと、相手がくれた分の優しさや好意を
不器用な俺が、相手に同じだけ返せなかったからだろうな……。
後悔はないが、もし、少しでも俺が違えば
今頃、子供たちが居てもっと、沢山の愛に触れ続けることができたかもしれないな。
両眼を瞑って、そんなことを考えていると
頬に口づけをされる。
ゆっくり両眼を開けるとシーツに俺と共に入っている生身のアーシィが俺の身体に覆いかぶさるようにこちらを見つめていた。
驚くより先に
「何をしている?」
「……思ったより、生身のあなたが素敵だったので陰の秘術によるサービスを」
この女が言っていることは分からないが今の状況は少しずつ分かりつつある。
「……皮膚があるな、筋肉も」
驚いた俺が起き上がろうとすると
「ちょっと待ってね」
アーシィは、サッと近くのタオルケットを体に巻くと、ベッドから降りて行った。
上半身を起こし、久しぶりの自らの肉のある身体を触って見て確認していると二人分の服を持ったアーシィが戻ってきて
「ここは、竜騎国首都の城下町よ。黒魔導士たちの秘密結社所有の民家なの」
若干恥じらいを含んだ表情で少し、頬を紅潮させて言ってくる。
カーテンが閉め切られた窓の隙間からは外の強い日差しが見える。
「俺は死んだはずでは?」
ヤマモトの剣の光で黒い骨の身体を崩されたはずだ。
アーシィは俺の横に滑り込んできて柔かい身体をくっつけながら
「ターズさんは生まれ変わったの。強靭なレインボースケルトンの骨格を持つ強化された人間として。"女神の血"によってね」
「……帝都でブラウニーからかけられた、変色していた汚い液体のことか?」
「多分それよ。今の状況を説明するわ。そろそろ、ワタナベたちがブラウニー様の新たな罠にかかるはずよ、それから……」
アーシィの話を黙って聞いていると、どうやらブラウニーが、オクカワ兄弟と生死不明のスズナカ以外の残った五人の煉獄の子供たちをジャンバラード近郊の谷へと纏めて誘い出す罠を仕掛けていたということが分かった。
「……アーシィ行こう。ジェシカとゴーマの仇を討たないと……いや、お前もワタナベに撃たれて、死んでいたはずだが……」
アーシィは嬉しそうに微笑むと
「私、陰術で自分が死んだときに残った死骸が蘇るために最適な行動をとるように魔法をかけているの。それで、ワタナベの爆弾で虹色の砂になってそこらに散ったあなたを集めて少し、自分の身体にかけたみたいね」
「……それで蘇ることができたのか?」
驚いて尋ねると
「女神の血の効果は凄まじいものよ。微かに触れただけで、万病も治る。数滴もかければ、死者も蘇る。蘇った私は、砂粒を魔法で探知しながら残さず集め、この部屋までもってきて、私の血を再びかけた。すると……素敵な男が現れた」
アーシィはペタペタと俺の身体を触ってくる。
それを苦笑いしながら眺める。
若い女だ。何も、血に汚れた男を好むことは無い。
「アーシィ、皆の仇を討とう。俺たちも谷に行かないと」
アーシィはニヤニヤしながら
「ブラウニー様は、ここまでは私にご指示をくれているけどその後は無いの。きっと自分で選べと言うことね」
俺は黙って、ベッド脇の服や下着を手を伸ばして取りベッドから出て着始めた。
「……行くの?ねぇ、次は無いかもよ?」
アーシィが少し悲しそうな声で言ってくる。
そうだな。女からの好意もこれが最後だろう。
「……けれど、やらないといけないんだ。王国民たちや、俺と共に戦って逝ってしまった人たちの決意を継いでいかなければ。……君は、付いて来なくてもいい。どこかに隠れ、幸せに暮らしてくれ」
アーシィはため息を吐いて
「今更、臆病風にでも吹かれてくれたら全部捨てて、海の向こうの国にでも二人で行って暮らすのもいいかなぁって……思ったけど」
シーツの中で着替え始めた。付いて来るようだ。
「……そうか」
若い女とはいえ大人の魔術師だ。
死地へ赴くならば尊重する。
神も悪魔もどうでもいいが、死ぬまでクソガキ共と戦うのが俺たちの天命ならばそれに従おう。
同時刻
ワイバーンの巣のある山々付近の雪原
「ぐぎゃぎゃ……お金……くれるなら喜んで従うぎゃ……」
濁声で力なく呟いて伏せている十メートルほどの体長の灰色の竜を金属の塊をいじっているタナベとビクビクしているハーツが見つめている。
「彼は拝金のボモーズか……金があるうちは、信用できると」
「つっ、次!」
ハーツはタナベの腕を引っ張る。
その隣に静かに伏せている半分ほど体皮が白いワイバーンの前でハーツとタナベは止まった。
体長は十五メートル近く、ボモーズより大きい。
「ど、どうしたら私たちに従ってくれますか!?」
ハーツの発した質問に白と灰色の混成のワイバーンは
「……気高さが欲しい。下品さは同類たちで飽きている」
と低い声で呟いた。
タナベは金属の塊を指でいじりながら
「……気品のモー。潔白でない相手は嫌いみたいだね」
「う、うーん……次っ!」
ハーツはタナベ背中を押し、その横に伏せている、十メートル弱の体中がひっかき傷だらけで片翼しかないワイバーンの前に来て
「ひぃいい……」
片目が空洞で、鼻先が欠けている
そのあまりにボロボロの形相にタナベの背中に隠れた。
タナベは冷静な顔で金属の塊を操作すると
「……不屈のラーヌィ。魔法でもぎとられた片翼を造り飛んでいくワイバーンか」
タナベの背中から恐々とハーツが
「どっ、どうしたら!!仲間になってくれますか!」
ボロボロの顔を持つワイバーンは片目をグリグリ回して二人を観察すると
「……安寧を」
とだけ言って、目を閉じた。
タナベは金属の塊を見つめながら
「……高齢なのか……いじめられ続けたのをワイバーンにしては珍しく、魔力を獲得して、はねのけてきたけど、もう疲れてるんだね……」
「おっ、お爺ちゃんなの?」
「いや、雌だよ」
「おばあちゃんなのかぁ……」
ハーツはタナベの背中から出てきてラーヌィの欠けた鼻先に手を伸ばし
「……私も、逆さの楽土では、ずっといじめられてました。でも、そこから出て、今はみんなとの場所があるんです。だから、心は前より安心なんです。でも……」
と口ごもった後
「まだ、この身体は戦わないといけないみたいで。だけど、みんなと居れば、きっといつか本当に安心できる場所にたどり着けると思います!……良かったら、一緒に来ますか?」
ラーヌィは急に二本足で立ち上がると片翼を広げ、そして折れたもう一方の翼に紫に光る透明な翼を出現させた。
「ようやく天命を知った!!従おう!!」
隣で伏せていた二匹のワイバーンは逃げるように山へと飛び去って行った。
タナベとハーツの背後に停まる雪進船から
グランディーヌが降りてきて
「決まったね」
尻もちをついて震えているハーツの隣に来て
ニコニコしながら肩をポンポン叩く。
微笑んだタナベはハーツに手を差し伸べて立ち上がらせた。




