良い若者たち
「お母さんっ!怪しい人たちじゃないって!」
キャベルが必死に母親にそう告げると
「いま、お医者様が来ている所であの、それでよければどうぞ……」
キャベルの痩せた母親は、ようやく二人を中へと入れた。
ヤマモトとタナベが、母子と共に家の奥の寝室へと行くと中では、ベッドで上半身を起こしている体格の良い男、恐らく父親を診察していた。
白衣の黒ひげを口周りに生やした温厚そうな老人の医師がこちらを向くと
「あらあら、お客人ですかな」
と立ち上がろうとするのをいきなりヤマモトが
「ちょーっと待ったあああ!先生!俺たち、あんたに訊きたいことがある!」
両手を前に出した大げさな仕草で医師を止める。
彼は怪訝な顔もせずに優し気に首を傾け
「一体何ですかな?私に訊きたいこととは?」
ヤマモトにそう聞き返した。ヤマモトはタナベの困った顔をチラッと見て
「先生!俺たち!キャベルちゃんにお父さんの病を治すって約束しちゃったんだ!どんなに金や労力が必要でもいいから一発で治す方法を教えてください!」
医師に向かって、両手を合わせた後、深く頭を下げた。
医師は興味深そうな顔をして
「ふむー頼み方が東方の国の儀礼に似ておるなぁ。まあ、それは良いとして。この人を、一発で治す方法かぁ……」
いきなりの珍奇な客人に戸惑っている病身のキャベルの父親をチラッと見ると
「あるにはあるが……」
顎を触りながら、難し気な顔をした。
ヤマモトが素早く医師に近づくとしゃがみ込み、顔を近づけ
「なっ、なんでもいいんだ!教えてくれ!キャベルちゃんのために俺たちは治したいんだ!人助けがしたい!」
医師は極僅かに、誰にも気づかれない刹那、怪しい笑みを浮かべると元の温厚な顔に戻り
「……ここから、ずっと南に行った先の大サルガ砂漠に"万薬のビムス"と言われるレインボードラゴンが居る。彼の唾液を、小さな瓶詰めにして持ってきてもらい飲ませれば……一発で治せるが……」
ヤマモトが何か言う前にスッと横から、タナベが入ってきて
「先生、そのビムスの唾液を貰うためには何か、必要なものはありますか?」
先ほどまでの気弱な態度とは正反対の意志の強い瞳で医師に向けた。
彼は深く頷いて
「ビムスに唾液を貰うためには、彼に気に入られなければならぬ。……そして、ビムスは、賢いものを好むということは知っているが……。それ以上は、現地で竜と出会って、問答をするしかない」
「リュウ、今すぐに行こう。僕のスマホなら、検索すれば情報がでる」
「そ、そうだな!先生ありがとう!あ、キャベルちゃんのお母さん!荷車の食料は、全部差し上げます!食べてください!さっき言った前金とか、そう言うのは気にしないで!」
ヤマモトは、タナベを背負うと猛烈な速度で、家から出ていった。
キャベルの母親が医師に
「大丈夫でしょうか……?」
と告げると、医師は意味ありげな笑みで
「必ず、成し遂げますよ。本当にいい若者たちだ……」
微かに怪しげな笑みを足元に向け、父親の診察の続きを始めた。
その頃、ジャンバラード城ではターズが
オクカワ・ミノリの居室の扉を開け室内へと侵入していた。
人生で何番目かと言うほどに緊張して扉を開けたが室内には誰も居なかった。
ホッとした俺は、その必要最小限のものしか置かれていない殺風景な石造りの広い室内を見回す。
きっと、王妃様が処刑される前は豪華なカーペットや、ベッド調度品で彩られていただろうに……全て、オクカワが捨てるか売ってしまったようだ。
俺の首を落とすことを命令した仇ながら、一切の装飾は必要ないと室内が全力で告げているようなその潔さには敬意を表するが……お前には、この後に必ず死んでもらう。
俺は窓際の机を探索する。引き出しには鍵がかかっていたがブラウニーから地下通路で渡された鍵であっさりと開いた。
あの地下通路の扉と共用だと聞かされていたのだ。
中には、緑のカバーの分厚い手帳が入っており、パラパラとめくるが、よく分からない文字が大量に書かれているだけで俺には内容を読めない。
すぐに懐にしまい込んで、引き出しを閉め
念のために鍵をかけて、背後を振り返ると部屋の入口に真っ赤に揺らめく人影が立ってこちらを見ていた。
「ふぅ……」
俺は大きく息を吐く。ブラウニーから聞かされていた通りだ。
やはり、炎魔法と闇魔法の混成魔法の"レッドガーディアン"を侵入者への番人としてこの室内に配置していたようだ。
俺は、ブラウニーから受け取った銀の短剣の鞘から静かに刀身を抜き出す。
同時に、俺の身体全体を薄く光る膜が覆った。
このシルバーナイフに魔術で付与された
闇属性を防御する"アンテダーク"という高位光魔法が俺の身体を予定通り包んでホッとする。
ブラウニーによると、闇のみならば軽減率八割だがレッドガーディアンは炎と闇の混成魔法なので、打撃を受けた場合は炎部分には効果が無く、実質四割程度の防御効果らしい。
そして、目の前で揺らめくレッドガーディアンはこの室内に限定して出現するように魔法をかけられているとブラウニーは言っていた。
ということは……。
俺は大きく息を吸い込むと、目の前に揺らめく真っ赤な人影にまっすぐ突進した。
人影は大きく右腕を振りかぶってこちらへと殴り掛かってくる。
俺はそれを避けなかった。
俺の左肩の肉をを文字通り抉った、鋭いパンチを受けながら廊下へとスライディングして脱出し、使用人用階段の入口まで全速力で逃げていく。
何とか、螺旋階段へと駆けこみ、ナイフを鞘へと戻し、防御魔法の光を消す。
左肩を触ると、綺麗に拳大に抉れていた。
骨も肉もむき出しだが痛みも血が流れる気配もない。
左腕は、多少感覚が薄れてはいるが問題なく動くな。よし、行こう。
急がなければ、クライバーンとアヤノが殺されるのに間に合わない。
それでは、二人が無駄死にしていまう。
服の中の手帳を右手で触って確かに持ってきたのを何度も確認しながら俺は螺旋階段を、全力で駆け下りていく。




