52話 最後の記念祭
私はワラの腕に捕まり、二人で中にはに歩き園芸学科の人たちが作った花壇を順路に沿って歩く。
花々は見ているだけでうっとりするような色合いで見ていて飽きることはない。
ワラも私と同じなのだろうか、ずっと同じ表情だけど花をじっと見つめている。その花のいい香りに誘われるようについ笑に甘えちゃっているけど今思えば——。
私は周囲を見渡す。
周囲のおばさんたちは私とワラを見てニマニマと笑ってコソコソと小声で何かを話しており、他の組の人たちも私たちを見てニヤニヤと笑っているのがわかる。
私の高校はよく散歩しに来る人がいるがここまで人が来ることは滅多にない。
ではなぜこんなに人がいるのか?
それは今日は記念祭当日だから。
この日は他校の生徒より近所の噂が三度の飯より好きのおばさまたちが大きなカゴを持って安い野菜を買いにやって来る。
そして保護者たちも同じ目的でやってきてあとは受験を控えた中学生たちが立ち寄る。
私はそのことに気づくと顔が真っ赤になる。
けど、別に良いもん。だって今日が最後の記念祭だし、変な噂がたっても三月に卒業するわけだから良くて同窓会のネタになるだけ。それもいい青春のネタにされるだけだろう。
ワラは私の頬を突く。
「ウズメ。そろそろ組の出し物のところに戻らないと。昼休憩を終えた後次は部の出し物の手伝いがある。馴れ合いはその後でも出来る」
「——まぁ、そうだけどさ。ツボミちゃんに二人でのんびりしろって言われたんだし」
「けどウズメ」
「何?」
「もう大方出し物は見終えてる。けど生物工学部のところだけまるで避けているように見えるけどどうして?」
ワラは落ち着いた口調で聞く。
ワラの言った通り、ちょっと生物工学部に行くのを躊躇っていた。
別に嫌とかそう言うわけではないけど、私が行けばミコミさんとヒトミツさんの二人がせっかく二人で楽しむことに気付きそうなのに私が行けば変な意地を見せて競い合って逆にギスギスしそうになりそうで怖い。
本当にそうなることは少ないとは信じたいけど私はつい考えすぎてしまう。
ワラは私が考え込んでいることに心配してくれたのか目の前で手を振る。
意識をハッとさせて我に帰ると頭を一瞬だけ振ると深呼吸をする。
「ワラ、私があそこに行っても絶対にギスギスしたりしないよね?」
「うん。きっと大丈夫。あの二人は絶対に喧嘩することはない」
「だよね。ありがと」
私はワラの言葉に心の奥が温かくなり勇気を振り絞って二人で生物工学部が展示をしている倉庫に向かった。
————。
今年の生物工学部の展示場所は去年と違って大きめの倉庫ですることになった。
チトセ校長が話すには「農業高校連盟の議長が生物芸術が近頃はやっているから先んじて行った若命高校が中心となって生物芸術を広めてほしい。とか言っていたからね。それを他の先生に伝えたら環境緑化の先生も唸りながらもあきらめてくれたんだよ」と言うことらしい。
まぁ、多分環境緑化科は今定員割れしていないのもこの倉庫を使用していい理由にもなっていそうだけどね。
————。
そんなこんなワラと話しながら歩くと気づけば倉庫に到着した。
倉庫は生物工学物が占有しているわけではない。
流石のこんなに広い倉庫を独り占めできるほど飾れるものがあるわけではないからもう半分は生物部が展示や売り物を出している。
それから中に入るとカマタくんが一人だけで店番をしていた。
カマタくんの目の前にある机の上には化粧水とマンネンタケのお茶。さらにガラス容器の中に入っているキノコの芸術作品の実物。
そしてその後ろには記念祭までに作った作品たちの写真が並んでいる。
カマタくんは私に気づくと「おー二人ともイチャコラしてんなぁ〜」と弄るがワラは適当に「ミコミたちは?」と颯爽に話をすり替える。
カマタくんは「あぁ、それはやな」と口にすると話してくれた。
「どうやら二人とも研究発表を見に行ったみたいやわ。ツキヤ先生に勉強がてらに行ってこいって言われてな」
「そうなんだ。二人は喧嘩してなかった?」
私の言葉にカマタくんは一瞬だけ驚いた顔をすると一人で大笑いを始めた。
「あー別に喧嘩してへんで! むしろ仲良くなったぐらいやわ」
「よ、よかった〜」
つい安堵の息を漏らすとワラは私の背中を撫でてくれた。
そんな時後ろから聞き覚えのある声がしたのと同時に、カマタくんが顔を上げると「あ、キク先輩」と口にした。
振り返ると見覚えのあるまるでひまわりを連想させる黄色の着物。そしてひまわりの苗を表現したかのような色合いの袴を身につけている私より少し年上の女性。
まるで太陽のように明るい笑顔を私はよく知っている。
——私が一年生の時、心の支えのなってくれたキク先輩だ。
「あ、え、えっとキク先輩来ていたんですか!?」
「うん。来てたよ。久々にウズメちゃんと話したくてね。あとなんかよそよそしくなってない?」
「え、いえいえよそよそしくなんか……」
いやだって一年半ぶり!
たまに電話とかしていたならまだしも何も連絡のやり取りをしていなかったからどう接していいのかが分からないよ!
あぁ、私のアホ! せっかく高校三年生にもなって大人になったと思ったのに何も変わってないよ!
私がうだうだしているとワラはキク先輩に近づくと私をチラチラ見ながら何かを話す。
「なるほど。久々に会ってどう接していたのかが分からなくなっているのね。分かった。ていうかよーく分かるよ。けど、今すごく久々に実家に帰ってきた弟分に再会した嬉しさで尻尾をブンブン振っているみたいになっている。だけど、人間らしい思考があるからそのまま言っていいのかと悩んでいる。そうなのよね!」
「あーうー。えーと……」
はいそうですご丁寧にどうもありがとうございます!
つい恥ずかしさで顔を隠すとワラは私の背中を撫でる。
そんな私を見てかキク先輩は私に近づくと優しく抱きしめてくれた。
「ウズメちゃんが私が卒業してからすっごく頑張ったのはスズカやオホウエとチトセから聞いていたよ。本当に頑張ったね」
「はい。ありがとうございます。最初は怖かったですけど今ではもう大丈夫です」
「——泣かなくなったのは偉いよ。それにいい彼氏さんができて私としてはすっごく嬉しいよ」
「それどこから聞きました?」
後ろを見るとカマタくんが目を逸らした。
後でワラに絞めてもらおう。
そして視線をキク先輩に戻す。
「キク先輩、私この農業高校で何がしたいのかを見つけました。と言うか今はっきりと答えを言うだけなんですけど」
「ほーう。言ってごらん」
「——ただ楽しみたい。貴重な三年間を無駄にせずに、やりたいことをとことんやって全力で楽しむ。それだけでもいい勉強にも経験にもなれますので」
「——答え言ってほしい?」
キク先輩は少しいたずらっ子みたいな顔をする。けどその顔は嫌いじゃない。
「答え、ないんですよね? なら私の回答の採点は私がします」
「それが良いよ。人生の採点は自分自身がするんだし、目標を持って行動することが一番なんだよ。もちろん犯罪はダメだよ」
キク先輩は言い終えた後、面白くなったのか笑い始め、私も釣られて笑った。
不思議と今日この日、私は全てが報われたような気がした。
————。
それから放課後。記念祭は終了し来場した人たちは帰っていった。
ワラは力持ちという理由で組の出し物の片付けによばれ、私は生物工学部の片付けをツキヤ先生とミコミさんとヒトミツ、それからカマタくんの五人ですることとなった。
片付けの途中、ミコミさんとヒトミツさんの二人は今回の記念祭で自分たちの作品が誉められたことが嬉しかったのか熱く語ってくれた。
最初はどうしようと思ったけど心から楽しんでいたことが伝わる。
うん、自分の気持ちの表現は競うためじゃなくて共有するためにあるというのを今回でかなり実感させてくれた。
あと私の残っている大きなことは十二月にある卒業研究発表会。
今は十月だから残り二ヶ月。
ここまで来たなら最後まで全力で楽しもう——。
——次回、最終回