51話 最後の記念祭に向けて
ミコミさんとヒトミツさんが私の研究で勝負をしようとしていることをその日の部活帰りに私はワラに伝えた。
それを聞いたワラは駅のベンチに座りながらしばらく黙っていると申し訳なさそうな感じで俯く。
「ミコミは意外とわがままだから。迷惑をかけた」
「まぁ、良いんだけど。ただ創作で勝負はやめて欲しいかなって」
「ミコミはもう高校生だけど心はまだ子供。しっかり躾けないと」
「——ちなみにワラはミコミさんに対してどんな躾をしていたの?」
「躾?」
ワラは少し考える。
「一般的なことは言ったと思う。人のおかずは食べてはいけないとか、人が嫌がることをしていないとか諸々」
「ふーん。まぁ、ワラの妹って考えたらあの饒舌な感じは遺伝かな……」
「ウズメ。後で言っておくから怒らない」
ワラは私の顎を優しい手つきで触る。
ワラは私のことを子犬と思っている節があるのか疑いたくなる。その場合ワラは子犬に興奮する度変態になるわけなんだけどどっちなんだろう?
「あの、犬扱いやめて欲しいんだけど。いくら狼が犬かとは言ってもこれは恥ずかしいからダメ」
「ごめん。じゃ、どこまでなら許せる?」
ワラはそう口にしながら流作業のように私の手を指を絡ませて握る。
「もう、ワラは……」
うん、ミコミさん達のことも見届けないといけないけどこういう男女の催しはしてもいいよ——。
そう心の中で考えた次の瞬間今最も近くから聞きたくないお母さんの声が聞こえた。
「あらウズメ——何を?」
ぎこちなく振り返ると買い物袋を肘にかけたお母さんが目の光を消してこちらを見ていた。心なしか眉間が震えている。
うん、そういえば私が付き合っているの家族ではぬおお姉ちゃんしか知らなかった。
ここでこそ報告・連絡・相談の三つの重要性が分かるのはやめて欲しかった。
さて、ここはなんと言えば良いのだろうか?
ただ単に「ワラは私の彼氏!」というのも良いけどお母さんは私が中学の時に同級生に襲われそうになって男性恐怖症になっているのを知っているから脅されてなってあげているように写りかねない。
では次は「えっと、違うの! ただのお友達!」というのは普通にワラが殺されるかもしれないから却下。
では最後はお母さんに私とワラが相思相愛なのを見せつける——いや、これしか思いつかない!
私はお母さんから目を逸らすと我が身をワラに預けるように抱きついた。
「ウズメ?」とワラはほんの少し驚いた声を出す。
だってこれしかないもん。
それからほんの少ししてお母さんのため息が聞こえた。
「とりあえず二人とも離れよっか?」
「「あ、はい」」
私はお母さんに言われるがままワラから離れた。
————。
それから電車が入ってきたため乗車に、気まずく重い空気が肩に乗る。
お母さんは少し私とワラを交互に見た後口を開いた。
「とりあえずヒビワラくん? うちのウズメと付き合ったのはいつ?」
「四ヶ月前ぐらい」
「ウズメのどこが好きなの?」
お母さんはサラッと恥ずかしいことを聞こうとしてきたため文句を言おうとするもお母さんに口を防がれる。
「まずウズメの全てが好き。話していて飽きない。感情も顔だけじゃなく尻尾は仕草で現れるのが可愛いそれから——」
ワラは自分が降りる駅が通りすぎても私の好きな箇所を恥ずかしがる素振りを見せることなくスラスラと口にする。
お母さんも聞いていて恥ずかしくなったのか頬を少し赤くして眉間に皺を作った。
「よーし分かった。分かった。で、ウズメはヒビワラくんのどこが好きなの?」
「えーと……」
「下半身のキノコ?」
お母さんの唐突な変態的な言動に先ほどまで重かった空気がどこかに行ってしまったかのように軽くなる。
「ごめん、正直お母さんの頭診察してもらったほうがいいんじゃないの?」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと二人が付き合っていた事実を信じられなくって。で、結局二人はどこまで進んでいるの?」
「——大人の階段登るとこまで」
私は目を逸らしながらワタの胸に顔を隠す。
自分で口にしたのはいいけど恥ずかしすぎるし、ワラの優しいく背中を撫でてくれるその手が私を変な気分にする。
けどなぜ最初お母さんは怒っていたんだろう?
私はワラから少し離れて顔を上げるとお母さんを見る。
「ねぇ、お母さん。ならどうして最初少し怒っていたの?」
「——そうね。ちょっとヒビワラくんに気づかなかっただけよ本当に。けど、よくよく思えばヒビワラくんは妹さんのこと大切にしているからそんなひどいことをする子じゃないって考えたら安心したのよ」
——あ、そうか。ミコミさんの件でゴタゴタしている時にワラとお母さん会ってたんだった。
うっかり忘れていたけど思い出したら納得だ。
お母さんは普段のように優しい笑みを浮かべると私の頭を撫でてワラを見る。
「じゃ、もし結婚することになったらヒビワラくんにはきっちりとウズメ以外好きになれないように教育しなくちゃね? ウズメの体が忘れられないようにじっくり——」
「お母さん。ちょっと落ち着いて」
私の言葉にお母さんは深呼吸をする。
「まぁウズメ。とりあえず仲良くするのよ。こんなに優しい彼氏なんてお目にかかれないんだし」
「——言われなくても分かってるもん」
私はお母さんに言われるがまま表面的には抵抗して、内心では認めてくれたことに感謝した
。
——時はあっという間に過ぎて九月。
夏休みの間ミコミさんとヒトミツさんの二人は側から見れば仲良く見えるものの、ことあるごとにお互いの作品を見せびらかし合い討論を繰り広げていた。
まぁ、その空気は別にギスギスした感じはしなかったからいいものの、一歩間違えれば空気は最悪なものになっていたであろう。
そして始業式の後、早速部活動だとチヒロさんと一緒に歩いているとチヒロさんは少し疲れた顔をしている。
「チヒロさんどこかしんどいの?」
「——えぇ、まぁ。なかなか放線菌の研究も新しいこともやれずに今までの記録を収集しているのですがやっぱり書くことがないのですよね」
「あー」
確かに放線菌の研究は今年に入ってからかなり大きな壁に当たり、手当たり次第に進めようとしたものの進めずにいる。
チヒロさんだけじゃなく私はワラ、それからカマタくんも頑張って考えたけど現状できるのは今の研究を継続することだけ精一杯。
「けどチヒロさん。アブラナ科には効能が見つかっただけでも良かったでしょ? 夏休み中での研究発表会でも金賞が取れた理由がそこだったんだし」
チヒロさんは私の言葉に少し笑みを浮かべると脇腹を小突いてきた。
「ですね。ずっと意味がないと思っていてもほんの少しは意味があったということにしましょう」
「うん。それに今チヒロさんは大学入試中でしょ? キク先輩と同じようなことしてるんでしょ?」
「はい。結構大変ですけど残す選考も後一回。張り切って行きますね」
「応援してる」
「ありがとうございます」
二人でそんな会話をしながら部室の中に入るとミコミさんやヒトミツさんはおらず、いたのはワラとカマタくんの二人で、そんな二人は机の上に置かれた瓶の中に入った二本のキノコをじっと見ていた。
瓶の中は私が以前あの二人に教えたキノコを瓶の中で栽培して装飾する作品と同じだけどまるでキノコの森のような華やかさを感じる。
言葉にするとよくわからないけど中に光源が置かれており、その光がキノコの内側をぼんやりと光らせている。
「ねぇ、ワラ。これは?」
私の言葉にワラは気づくとをこちらを見る。
「——二人が作ったみたい」
「え?」
つい言葉が出てしまったけど少し信じられない。
そんな私の気持ちを察したのかカマタくんが「まぁ、これはほんとやで。結局二人が一緒に作っておもろいのができたみたいや」と言った。
——二人がそういうならそうなんだろう。
私が胸を撫で下ろすとチヒロさんはそんな私を満足そうに見て荷物を机の上に置くと手を打ちならした。
「じゃ、今日は放線菌のデータをまとめましょう。十二月の最終発表まで時間はありますけどの質問でも答えられるようにしておきたいので」
そしてチヒロさんはミコミさんとヒトミツさんが作った作品を見ると微笑んだ。
「まるで、一年生の頃のウズメさんと私みたいですね。より親睦が深まった後が楽しいって気づいたんでしょうね」
「そうだといいんだけど」
私は残りわずかの高校生活最後の一大イベントを前に穏やかな気持ちになった。




