50話 なんだろう、既視感がすごい。
キノコの研究が進み気づけば夏休みに入った。放線菌の研究はどん詰まりでありながらも三年間研究を続けてきたおかげで卒業発表でも大丈夫なほど資料がたんまりとある。
そのおかげか私は作業がひと段落したことだし、今日の休日は久々にチヒロさんとさゆさんとの三人で映画を見に行き、昼食に寿司屋に来ていた。
チヒロさんは予想通りというか回転寿司によく来ているのか手慣れた様子で次々と注文していた。
そしてしばらくワイワイと会話を弾ませながら寿司を食べていた時チヒロさんが思い出したかのように口を開いた。
「そう言えばウズメさん。ミコミさんってヒトミツさんと仲良しですよね?」
「うん。よく一緒にいるところ見ているけど」
「けどこの間喧嘩をしたのか二人ともあっさりとした会話だけだったのですけど……大丈夫なんでしょうか?」
——この間っていつだろう? ここしばらく私は放線菌の研究に顔を出していなかったからそんなことが起きていたなんて知らなかった。
私がそんなことを思っているとサユさんも頷くと口を開く。
「うん、確かに少々二人の間に壁があったよね。喧嘩したのかも聞けそうになかったんだけど、ヒビワラさんがなんとかしてくれているよね?」
私はマグロを食べながら考える。
ワラのことだから大丈夫な気はしないこともないけどどうだろう?
明日、ワラの家に行ってみよう。
私は口に含んだ寿司を飲み込んだ——。
——————。
————。
翌日、夏のジメジメした暑さと、セミ達の大合唱に耳を痛めながらワラの家に向かう。
そして相変わらず立派な佇まいの屋敷の門の前に立つ。
えっと、一応昨日電話して良いよーみたいな返事はしてきたんだけど入るのを躊躇ってしまう。
いや、入ろう。私は彼女なんだし常識の内なら堂々と入っても許されるだろう。うん。
私は門をゆっくり入って敷地内に入り扉の前に来る。
「あの、ワラ〜」
私が声を出すとすぐに扉が開くとワラが顔を出した。
「——結構早かった」
ワラはそう口にした。
中に案内された私は今に案内されてお茶とお菓子を出してもらう。
そしてワラが座布団に座ったあたりで話を振った。
「ねぇ、ワラ。ヒトミツさんとミコミさん喧嘩してる?」
「うん。してる」
ワラは思ったよりあっさりと答えた。嘘であって欲しかったけど人間なら誰しも喧嘩をする。中でも心配なのがミコミさん。
あの子私と似ている部分があるから変に虐められるとかしないよね?
「で、その喧嘩の原因は?」
「ミコミが言うには隠し事をしすぎたことが原因。ミコミは幼い頃から本音を言わない癖がある。本音しか言わないヒトミツからすれば嫌だったのかもしれない」
「そうなんだ……」
そう言えば私も一年生の最初本音を言わな過ぎてチヒロさんと喧嘩してしまったことを思い出した。
あの時は……うん。いまだによく分からないけど色々あってお互い隠し事なしで仲良くしようと約束してその結果親友になれた。
なれたんだけどあれは道を踏み外したら一生和解もできずに後悔の日々を過ごすかもしれなかったからササ先生とワラには感謝している。
「ウズメ?」
「あ、ごめん」
私はお茶を飲む。
「で、あの二人はどのぐらい揉めているのか教えてくれる?」
「お互い悪口の言い合いとかはなくて仲直りしたいけどうだうだしてできない状況」
「ヒトミツさんはすぐ謝りに行きそうだけど」
「それは確認した。どうやら後になって言い過ぎたことに気づいたみたいで、気まずいみたい」
ワラはいい終えるとお饅頭を口に含むと飲み込む。
「ワラは何かしてたの?」
「うん、仲介してなんとか二人から謝りに行かせるところまで行けたけどそこから膠着状態」
「——前から思ってたけどワラって自分の大切な人の為に動くのは早いよね」
「ウズメのためにもすぐに動く」
「もう、今日はそう言うことしに……。いや、この話が終わったら後になら良いけど。そんなことより二人をどう仲直りさせようかな……」
「ウズメは二人に任せない?」
私は体を伸ばして天井を見る。
「私も、大丈夫だとは思うけど……」
私はチヒロさんとの喧嘩を思い出す。
あの喧嘩、ツボミちゃんも気にするほど周りから見れば険悪に見えていたみたいで空気も悪くなる可能性もあった。だから何かしら助言とかしないと拗れてしまう。
「うん、大丈夫だと思うけど。ここまで拗れたら何かしら助言とかしないとね」
私はワラに近づくと頭をワラの肩に乗せる。
「で、今日ミコミさんはどうしたの?」
「中学の友人と遊びに。多分、相談事をしに行ったのかも」
「——そっか。思えばミコミさん、私と違って中学の友達いたんだった」
「けど、ウズメの言った通りそろそろ助言ぐらいはした方がいい。ありがとう」
「ううん。気にしないで」
ワラは私を膝の上に乗せる。
ワラの顔を見ると不思議と胸がドキドキした。
私は口を抑えると目を逸らす。
「——スケベ」
——————。
「ん……」
私はゆっくり目を開けて起き上がり、辺りを見て状況を思い出す。
あの後私はワラの部屋に行ってお楽しみをした——あ、なんか顔が熱くなってきた。
そして私の隣で眠っているワラに布団を被せるとはだけた着物を正す。
障子を見ると部屋に夕日が差し込んでいる。
「——トイレお借りしよう」
私は立ち上がって襖を開けると見知ったワラに似た感じの女の子——ミコミさんが部屋の前で正座をしていた。
一瞬だけ頭が真っ白になる。
ミコミさんも同じ状況なのか顔面蒼白で固まっている。
とりあえずワラの部屋から出て襖を閉め、ミコミさんの腕を掴むと今に行くと事情を説明した。
しかしミコミさんもお年頃で私に一杯——下世話なことを聞いてきた。この辺りワラの妹なのを自覚してしまった。
ワラ——ミコミさんが変な男に捕まらないように見ないとダメだよ……。もちろん私も見るけど。
ミコミさんは落ち着いたのかお茶をいっぱい飲み「ウズメさんって意外と安産型……」と変なことを口走ったけど気にしないでおこう。
とりあえず喧嘩のことを聞かないと。
「ねぇ、ミコミさん。今ヒトミツさんと喧嘩しているの?」
「——兄さんから聞きました?」
「うん。ごめん」
ミコミさんは少し気まずい顔を浮かべながらも観念したのかのようにゆっくり教えてくれた。
話を聞く限り原因はワラが教えてくれたことと同じだ。
異なる部分はミコミさんもかなり罵声を浴びせてしまったところだった。
ミコミさんはヒトミツさんの本音を言う部分が好きだったようだけどたまにあるきつい言葉に嫌気がさして、喧嘩の時に爆発したようだ。
なんというか予想以上に激しい言い争いでそのせいで気まずくて話すことができないようだ。
なるほど、内気なミコミさんと強気なヒトミツさんとの間になら起きるとしか言えないことか。
だけど二人は仲直りをしたがっている。どうしたものか。
「ミコミさんはヒトミツさんと仲直りしたい?」
「——はい。仲直りしたいです」
「じゃ、今度の部活に二人で話そう。先生に話して二人で話せるよう教室開けとくから」
「わ、悪いですよ」
「ううん。大丈夫。私としても二人には仲直りして欲しいんだしさ」
「ありがとう、ございます……」
ミコミさんは小さな声で私にお礼を言った。
その時襖が開く音がしたのかと思えば寝ぼけて上半身裸のワラが今に来る。
そして私とミコミさんに気づくとその場で着崩れを正す。
「ミコミ、帰ってきてたんだ」
「うん。ご飯兄さんが作る?」
「ミコミは何が良い?」
「今日ササ姉さんも来るから龍田揚げ。ウズメさんは食べて帰ります?」
「えっと、じゃお言葉に甘えて……」
——————。
三日後、今日は部活の日。
夏休みにも関わらず研究するのかと言われればする。
研究は面倒でもなく、目標に一歩一歩進むためのもので楽しいからだ。
早速部室に入ると今日の顧問のササ先生。そしてチヒロさんとカマタくん。そしてワラ。サユさんは軽音部の活動後に来るから良いとしてミコミさんとヒトミツさんの姿がない。
「あれ?」
私の声に反応したのか資料を作っていたチヒロさんが顔をあげる。
「あぁ、あの二人でしたら赤直りして欲しかったので私とウズメさんの時みたいに教室を用意しましたよ?」
「——まじか」
どうやらチヒロさんも私と考えることが一緒だったみたいだ。
ワラはクリーンベンチで培養液の希釈が済んだのか試験管を手に椅子から立ち上がるとクリーンベンチを片付けた。
私はチヒロさんに視線を戻す。
「ねぇ、私二人を一回見てこよっか?」
「あ、良いんですか?」
「うん。チヒロさんも心配でしょ?」
「えぇ、とても」
「じゃ、今どの教室にいるの?」
「そうですね……。あぁ、隣の生物工学第二実験室です。ササ先生がそこの方が近いからって」
「うん。じゃ、こっそり聞いてくる」
私はチヒロさんにそう告げると準備室に行き、そこから第二実験室につながる扉に耳を澄ませた。
すると後ろからササ先生もやってくると私と同じように耳を澄ませた。
「あの、ササ先生。何やってるんですか」
「良いじゃないですか。ほら、そろそろお話始まりますよ」
ササ先生の言葉に私は咄嗟に耳を澄ませた。
————。
第二実験室の中、ミコミとヒトミツの二人は無言で何も会話が無かった。
ミコミは首までの黒い髪を風に靡かせ少し下を向いて考える。
その反面、ミコミと違って髪を後ろにまとめかっきのある表情を持つヒトミツはただただ黙るミコミに苛立ちを覚える。
ヒトミツは本音を言う人間で、嫌いな人は本音を隠して知らないうちに友達じゃなくなる人。小学校からそんな人が周りにおり、性格がやや捻くれ若干冷淡となっている。
しかし、ミコミはヒトミツにとって驚きの人間だった。
内気で本音を隠すというヒトミツの嫌いな要素が充満しているのにも関わらず、離れるどころかまるで子猫のようにべったりとくっついてきたからだ。
それゆえヒトミツは嫌いな感じだけど嫌いとは言い切れない複雑な気持ちを入学以来ミコミと友人となってから思い悩んでいた。
それがたまたま爆発して起きた喧嘩なだけなのだ。
それはミコミも同じで、本音を隠すのもそもそも本音を言えば人を傷つけてしまうと思い込んでいるが故で喋らなかっただけ。
そのためミコミ自身も本当は喋りたいが抑え過ぎたあまりに怒りが爆発した。
朝の実験室の中にただ二人の女学生という一般的な光景であるがとても@入りついた空気が充満している。
そんな時珍しくミコミが先に声を出した。
「あの、ヒトミツちゃん。その、あの時は言い過ぎてごめん」
「——別に気にしてないから」
「ヒトミツちゃんは本音で話して欲しかったんだよね? なら、今から少しだけ本音をぶつけて?」
「はぁ? 何言ってんの。それして傷つくのあんただけど良いの?」
「うん。その分私も本音を言うから。好きなだけぶつけて」
ミコミはそう言うとゆっくりと落ち着いた足取りでヒトミツに近づく。
しかし、ヒトミツからすれば生意気な言葉に聞こえないはずが、不思議なことに彼女自身どこか嬉しさを感じていた。
「ま、まずあんたは内気すぎ。うだうだしてばっかじゃなくて堂々と胸を張って。そんなことしているとおばあさんみたいに猫背になるよ」
「私は別に好きで内気にしているわけじゃない。本音は時には人を傷つけるから表立って行動しないだけ」
「だからそれが私は嫌いなの。あんた中学でも堂々としてなかったの? 正直言ってあんたは努力家で本当は会話上手な癖にわざと口下手なふりをして。そのこと知ったら誰だって嫌いになるわよ。ま、私はそれを知った上であんたと友達になりたいと思ったわけだし」
ミコミはヒトミツのまさかな言葉に驚く。
つい嬉しさで口角が上がりそうになるがそれを抑え、頭を回転させて口を開く。
「そう、要するに私に憧れたんだ」
「別に、あんたのその図々しさが気に入ったの。本当はできるけどわざとできないフリして周りに庇護欲を沸かせるそんなところがね」
「私は別にそんな気は無かったんだけど。勝手に図々しいって言われて困るんだけど」
ミコミはため息をつく。
「ヒトミツちゃんこそ図々しいよ。人が良かれといえば上からさぞあたりまえかのように行ってきて。けど、なんだかんだ見せる義理堅さとか意外と可愛いところや本音を言いながらも傷つけないように気を遣っているところが好き。けど、これだけは言わせて」
ミコミはゆっくり息を吸う。
「なんか私を見下しているっぽいから勝負しよっか。格の違いを教えてあげる」
「はぁ、家の格の時点で圧勝でしょ?」
「そうじゃない」
ミコミはヒトミツの両肩の上に手を乗せると強く握った。
「ウズメ先輩が今研究しているキノコの造形品で勝負。芸術はその人の心を移すって言われているから」
「——ごめん、なんの勝負それ?」
ミコミは少し考えると笑みを浮かべた。
「どっちが優しい心を持っているのかを競う。ヒトミツちゃんは私のことを図々しくて滑稽とか言ったの向かったきたよ」
「——要するに優しい心が作品により出ていたら勝ちってことね。良いわよ。私あんたより聖術について詳しいし——」
ヒトミツはミコミのよくわからない勝負を気に入り笑みを浮かべた——。
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私はドアから耳を離す。
一言言うなれば人の研究で勝負はやめて欲しい。それに創作活動自体そう人と争うものじゃなくみんなが仲間で、共に楽しむ相手なのだから。
私は視線を隣にいるササ先生に移す。
あの会話の中ササ先生はかなり困り顔でなんなら私から目を逸らしている。
「あの、ササ先生」
「なんでしょう?」
「なんか、私の研究勝負の競技にされているんですけど」
「——研究ではそれは良くないですねぇ」
「ササ先生。ここは先輩として一言話した方がいいんですかね?」
「——従姉妹として言っておきます」
ササ先生はただ困った様子で頬をかいた。
それにしても饒舌になったミコミさん。やっぱりワラの妹なんだ。
私は彼氏の妹の意外な側面を知れて少し嬉しい。




