49話 キノコの研究は進む。
ササ先生にガラス容器の中でキノコの栽培している資料を見せてもらって一週間後。
私は早速lクニイサ先生とササ先生とワラの三人で説明を受けた。
まず、キノコを容器の中で生えるまでは約一週間から二週間。今回はその練習。
私は渡された資料を見る。
書いてある感じ難しそうではなく、なんなら一人でも施設が整っていればできそうな感じだ。
そしてクニイサ先生は説明を始めた。
「えーとまずは菌床と木が重要で子実体が枯れても何度も生えます。今回は取り敢えず練習と行きますか」
そんな時ササ先生が無表情で手を挙げた。
クニイサ先生は面白そうに「おや、ササ先生どうしましたか?」と聞く。
するとゆっくり深呼吸を始めた。
「あの、クニイサ先生。私も参加する必要あります?」
「ん? 生徒を自宅に連れ込む。ダメですよね? 学科長から私宛に来たんだよ。流石にいくら従兄弟とその友人とは言え問題だとね」
「——従兄弟ですよ? 家族です。問題ないはずです!」
「——理事長命令と言えば?」
「よし、やりましょう」
ササ先生は即座に器具の準備に取り掛かる。
ワラとその光景を冷めた目で見ているとササ先生はこちらに気づく。
「二人も手伝ってください」
うん、先ほどの子供っぽい部分は見なかったことにしよう。
私とワラは練習の用意に取り掛かった。
————。
今回の練習もとい実験で使い器具はそこまで多くない。
まず一つは正方形のガラスの容器。
二つ目はキノコの種菌。
三つ目は飾り兼保湿剤の代わりの石、赤玉土、苔。
四つ目は霧吹き。
五つ目は、培地(大鋸屑、米糠含水率六割五分前後)を用意。
そして最後はピンセットだ。
作業自体はクニイサ先生が言うには実験室内でしても問題がないようで一応白衣に着替える。
準備が終わるとクニイサ先生は資料を見ながら話し始める。
「えーとまず、培地をおーロクレー部で殺菌しよう」
手順としては滅菌した培地をガラス容器に移し、その後クリーンベンチでキノコの元となる種菌を培地に植える。
次に培地表面に雑菌が繁殖しないように飾り兼保湿剤の代わりの石、赤玉土、苔を各々の好きなように敷いていけば完成。
その後は霧吹きで湿度を保てば生える。
私は汗を拭うとワラ達を見る。
ササ先生とワラのと見比べるとどれも似たような感じだ。
だけど、キノコも菌類。生え方もそれぞれ違うはずだ。
クニイサ先生は資料を読み終えたのか顔を上げる。
「よし、ではここから一週間水を適度にあげればいけるはずです。生えなくても博打で行けることを祈りましょう」
「——結局神頼み」
ワラのツッコミについ笑いそうになる。
だけどそれが菌類を使った創作だから致し方ない。ササ先生は満足したのか体を伸ばす。
その時何か閃いたのかハッとした顔をする。
「——あ、クニイサ先生。使うキノコって追加しても大丈夫ですか?」
「え、まぁ安全なものならなんでも大丈夫ですよ。エノキタケやナメコ、ヌメリスギタケ、白ヒラタケとかなら」
「——しいたけっていけます?」
「理論上はいけますね」
「マンネンタケは生物工学部の有名どころなんでいかがです?」
「うーん。やったことないからねぇ……」
色々とササ先生が提案する。
いっそキノコなら安全な範囲で試してみたい。
私はワラに近づくと耳打ちする。
「あの、ワラ。ワラが生やしてみたいキノコってある?」
「——猥談?」
「怒るよ?」
私の言葉にワラは少し考えると良いことを思い出したのかクニイサ先生に向かって「良い考えが」と口にした。
「ん、ヒビワラさんが提案って珍しいね。良いことだ。言ってごらん」
「ベニテングダケ、ツキヨタケ、クサウラベニタケ」
ワラはスラスラとキノコの名前を口にする。
私は全く知らないからただただ尊敬しかできない。
だけとそれに反するかのようにササ先生とクニイサ先生の表情が固まると大きな声を上げた。
「「それは全部毒キノコ!」」
「やはりダメだったか」
——イヤイヤ、ワラ? 安全なやつだけって言ったんだけど。何をしているの全く。
ササ先生は呆れたのか「もうミコトくんは」と呟く。
クニイサ先生もワラの予想外な言葉に呆れもせず感慨深く頷く。
「——そういえばヒビワラさんはササ先生と同じところにいたんだよね? さぁ、次は本当にやりたいものを言ってごらん」
「——」
ワラは少し考える。
「シメジ。小さい頃から好きだったから」
「あぁ、あれね。多分いけるよ。じゃ、ウズメさんはなんのキノコが好きかい?」
「えーと、私は……」
私はワラを見る。
ワラはただ首を傾げてこちらを見るだけ。
——いや、私本当にキノコの名前わからないんだけど。
「エノキタケが私が好きです」
「うん。分かったよ。じゃ、来週か再来週を目処に試料を仕入れて来るから頑張ってやりましょうか。それとウズメさんとヒビワラさんは三年生だから受験と就職、卒論と実験発表を怠らないようにね」
「はい!」
なんかあっさりしていたけど十分楽しかった。
——————。
部活が終わり、ササ先生は残業のようでそのまま職員室に戻る。
私はワラと共に帰路を歩く。
ワラと手を繋ぎ春の若干暖かい夕方の風を浴びる。
「あの、ワラ。今日なんだかんだ楽しかったね」
「——ウズメが楽しそうでよかった」
「ワラも楽しかったでしょ。珍しく先生に意見して」
私の言葉が図星だったのか若干頬を赤く染める。
ワラはただ無表情なだけで根っこはかなりのおしゃべりなのは知っているんだけど、なんで無表情なのかは分からない。
——もう恋人なんだし聞いても良いかかな。
「あの、ワラはどうして無表情なの? ずっと気になってたんだけど?」
「——怖かった?」
「いや、仕草がわかりやすいから全くなんだけど、ただ気になって」
ワラは「なるほど」と口にすると空に浮かぶ月を見る。
今日の月は三日月で笑っているように見える。
「——恥ずかしいから言いにくいけど。昔、小学生の時に古墳の奥にササと迷い込んで途方もない旅をしてた。そこで自分が感情を表に出しすぎた余り、隙が生まれてササが怪我をした。その反省で感情を出さないようにしたらいつの間にか」
「——」
なるほど。よく分からない。
だけど、ワラの目には嘘は無い。私が知らないだけできっと何かあったに違いない。
私はワラの手をぎゅっと握り直すと体を密着させた。
「ワラは、そのこと後悔しているの? 感情とか見せれなくなったこととか」
「——別に気にしてない。それに完全に感情や表情を失ったわけじゃなくて、我慢しているのがほとんど」
「——え?」
ワラの言葉に固まる。
胸がなんとなくドキドキする。顔も熱い。
「え、えーとそうだよね。だって、私のことが好きなんだもんね。え、えへへへ」
ワラは照れ臭そうに眉間にシワを寄せると目を逸らした。私は袖を掴むと軽く引っ張る。
「うん。その、今週の休みしてもいいよ?」
今日は私までおかしいようだ。
————。
それから一ヶ月間前途多難で、なかなか上手く出来ずようやくできたのがしいたけとエリンギ、シメジの三つの品種。
気づけば協力者も私とワラだけでなくいつの間にかいたカマタくんとミコミさん。それから入学してすぐみたいな感じで出来たらしい友達——確か名前はヒトミツだったかな。髪を後ろに束ねた私ぐらいの小さな子。
そして時折チヒロさんも来てくれて、嬉しいことに今日も手伝いに来てくれたのだ。
チヒロさんは完成したのか地面げな足取りの私の前に容器を持ってきた。
「ウズメさん。自信作です」
チヒロさんの容器を見ると中に電柱の小さな模型が入っており、もしかしたら週末世界を表現したのかな?
この発想は面白い。
「——チヒロさんって本当に風景の配置が上手いよね」
「——む、それ以外も出来ますよ。最近ウズメさんの影響で絵を嗜んでいるので」
「——え、一年の時に下手だから見せたくないって言ってたのに」
「そもそも私は着物の模様を描くお仕事を目標にしていましたので、もともと幾何学的なのなら描けますよ」
——あ、そうだったか。なら申し訳ないことしてしまった。
チヒロさんは不貞腐れたのか容器を持つて顔を背けた。
「けど、私の芸術はウズメさんとは別系統です。ウズメさんは神秘的な芸術。私は——」
「中二病的な芸術」
「——流石に泣きますよ?」
「ごめん嘘だよ」
そんなこんなで私たちはキノコの実験に取り組んだ——。
それから早くも一ヶ月後。そもそも研究を始めたのが五月末なのもあって夏のような暑さが私を襲う。なんだかんだキノコの研究も軌道に乗りシイタケをガラス容器で栽培し作品に用いることが出来るようになった。
そして今私はなんとか作業がひと段落した安心感でチヒロさんとの放線菌研究に参加した私はどこかのんびりと測定していた。
——いや、していたんだけど慣れたせいかすぐに終わった。
私は記録をパソコンに打ち込もうと椅子に座ると畑で検体の生育の測定が完了したのかミコミさんとヒトミツさんが教室に戻ってきた。
二人はチヒロさんとワラに会釈すると私の隣に立つと急に頭を下げた。
しかも無言。一体何があったのだろうか。
「えっと、二人ともどうしたの?」
私の質問にミコミさんが口を開いた。
「あの、ウズメさ、ウズメ先輩。その、友達と遊びに行くのならどこが良いのでしょうか? 私、中学でも家でゲームとか勉強会ぐらいでしか交流していなかったもので……」
「いや、ミコミちゃん。映画でも良いんだよ? そこまで悩まなくてもやりたいことがあれば私もしたいよ」
——なるほど。ただ助言を貰いにか。
私は一年生の時チヒロさんと遊ぶ時どこが良いのか悩んだものだ。だけど結局が楽しめるだけでも良いんだよね。
「ミコミさん。ヒトミツさんの言う通り行きたい所がいいよ。私はチヒロさんに聞いて選んでもらってたけど」
「——」
私の言葉にミコミさんは少し考える。しかも私を見ながら。
「——犬喫茶?」
「あ、良いね。そこにしよ!」
ヒトミツさん的には良かったのかミコミさんは安堵の息を漏らす。
どうして私を見ながら言ったのか気になるけど別に良いだろう。
なんか敗北感を感じたけど。
————。
それから全ての測定が終了した後、チヒロさんが色々頭を悩ませながら照合している。
「あの、ヒビワラさん。数値が三年連続同じなんですけど。ただただこの間かれたハツカダイコンが長生きしすぎたのだけが判明しただけなのですが」
「——全体的にハツカダイコンだけが長生きしてる。あと他の検体も水だけのところと比べて寿命が長い」
「——ふぅ。抗菌活性試験を何度試しても同じで菌を培養させていない培養液だけでも効果出ちゃっているんですよね」
チヒロさんは体を伸ばすとパソコンを閉じる。カマタくんは何か閃いたのかワラを肘で軽く小突く。
「チヒロちゃん。一つ良い発想があるで」
「良い発想ですか?」
カマタくんは少し間を開けて話す。
「今度はいろんな培地をぶっかけよか」
「——そもよさそうですね。あ、けど混ざるので……」
「あ」
カマタくんの面白そうな発想は一瞬にして灰塵と化した。
けどチヒロさんとカマタくんは悲しむ所が笑みを浮かべる。
確かに無理だけど研究は馬鹿みたいなことを考えて考証するのが楽しい。
ミコミさんとヒトミツさんはまだ慣れないから戸惑っているけど、この二人もやがて気づくはす。
「ね、ミコミさんとヒトミツさんはこの農業高校は何がしたいと思う?」
私の急な質問に二人は固まるも唸らせながら考える。
ミコミさんが先に私を見る。
「えっと。ウズメ先輩はどうなんですか?」
「——私は、社会に出ても豊かな発想で楽しく過ごせる方法を探す所だと思ってる」
「そうなんですか……」
ヒトミツさんは感心しつつ頬を赤く染めると、何か思い出したかのようにジト目に変わった。
「——あの、私校長先生が若娘の体を弄りたいから作ったんだと思ってましたよ」
「——」
ワラを見るとワラはチヒロさんに視線を映し、チヒロさんはカマタくんに視線を移した。
そんなカマタくんは私に質問を返還する。
そんな時ちょうどさっきまで軽音部で活動していたであろうサユさんが慌ててやってくると扉を開けた。
「ごめん遅くなった……。何この空気」
ヒトミツは私たちが無言だったせいか今度はサユさんを見る。
「サユ先輩。この農業高校は何がしたいと思います?」
「え、農業の勉強と将来のためになる研究をする為でしょ?」
サユさんの思いもよらない発言にヒトミツさんは感激したのか目を潤わせて頭を下げた。
「サユ先輩。一生ついていきます!」
突然のことにサユさんは困惑した様子で、私に視線を送った。
「えっと……なに?」
「——サユさんって、そう言えば成績学年3位だったね」
うちの高校は世間一般ではとことん底辺だけど精神的な部分では上位に属する自信がある。
私、狼だけど今度こそ犬と思われないように努力しよう——。