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この農業高校は何がしたい?  作者: 皐月
1章 春の息吹 大衆の声
3/55

第2話 楽しい実習そして退屈な座学 


 今日は高校生活初めての授業。

 予鈴まで後十五分。 私はこう見えて学校に行く時は遅刻なんて絶対に許さない性格。 むしろするぐらいなら休むのが私。


 言っても中学校の時卒業日まで登校拒否を繰り返して内申点が壊滅的になった時期があるけど、そんなことはもう遠い記憶の内。 さすがに高校生になったらそうなる原因の人はいないだろうし、むしろ俗にいう学校内の階級の序列は農業高校に存在するのかが疑わしい。 もしあっても先輩後輩の関係ならあるのかもしれないけど。


 教室の中はもうすでに登校していた同級生がちらほらおり、ゲームやら雑談なりと何かと自分の好きなことに励んでいる。 そんな私は友人というものにはあまり縁がなく、ずっと一人で過ごしていた。 そんな私の転換期は中三の時たまたま通りすがりの人に助言してもらい、今がある。 だから私はあの人に自慢できるぐらい友達を作ったり、好きなことで実績を残したい。


 昨日新歓で一番興味を持った部活の研究内容は自分で決めれるみたいなのと、二年生になれば部活でしていた研究をそのまま続けても良いみたいだからね。 その研究は何しようかはおいおい考えていこうと思う。

 私は挨拶がてらに会話しようと思い、隣の席で一人で勉強しているチヒロさんに話しかけた。


 「チヒロさんおはよー」

 「…あら、ウズメさんおはようございます」

 チヒロさんと簡単な挨拶を済ませ、席に座る。 そして鞄から授業の内容を板書するノートを出しその表紙に科目名を記入する。 掃除哲学っと。 


 そもそも掃除哲学とは何かを昨日携帯で調べたりしてみたけど、特に何の成果も得られなかった。 むしろ検索したらお使いの単語は差別的な意味合い、誹謗中傷に使われる恐れがあるため検索できませんと良く分からない文章が出てきた。 その時私は検索エンジンの問題と考え、別のに変えたのだが今度は性的で過激な内容のため閲覧できませんと謎の文章が出てきた。 これをみた段階で私はもう勉強する意欲を失われたが、これだけは言わしてほしい。 どこが性的で差別・誹謗中傷的な意味合いがあるんだろうか。


 さらにうちの高校は偏差値が低い割には何でこういう訳の分からない科目を入れてくるのかを聞きたい。

 隣のライバル校ではしているの? でもその代わり隣のライバル校は母から聞いた話だと勉強ばっかりで体育祭がないだけでなく文化祭もない。 挙句に部活は体育会系はサッカーのみで、文化系は卒業式などで演奏するための吹奏楽部しかない。 むしろこんなに魅力のない高校に行きたがるのかを私はその生徒に問いただしたい。 それとネットの写真で校舎を見てみたけど辺りには焼け焦げて真っ黒になった箇所が複数ある。 もしかしたらこれは昨日アナウンスの人が言ってた校長先生が花火をぶっ放したからなのかな? もし昼休みか放課後で校長先生にあったら聞いてみよう。


 そう思ってるとチヒロさんはこちらに体を寄せてきた。

 「あ、そうだウズメさん」

 「どうしたんですか?」

 珍しくチヒロさんはうきうきした感情を見せてくれたのかもしれない。 まぁ、言って会ってまだ一日だから知らないけど。

 「面白いかは分からないんだけどね、昨日貴女と駅で別れた後ちょっと掃除哲学について調べたくて書店に行ったのよ。 そして行くときちんと置いてあったのよ、掃除哲学入門って書いた本が。 そこまでは良かったんですよ」

 「うん」


 チヒロちゃんは一回息を呑んで、小さな声で言った。

 「何とその隣を見ると掃除心理学、掃除数学、掃除化学、掃除物理学、掃除地政学とか色々な専門書が置いてあってビックリしたんですよ……」

 その時のチヒロちゃんはどう面白い? と気になっている表情をしていた。 

 まじか…え、て言うか掃除哲学すら謎なのにその中から掃除数学とか何よ、ほうきで地面を掃いた時の角度かまたは掃除する際ゴミを効率よく履いたりする理想的なほうきの角度とかを求めるのかな?


 「あの、ごめんさい。 これほとんど使い道あるの?」

 「多分ないですね。 ちょっと見てみたけど何を言ってるのかがさっぱり分からないんですよ」

 まさかの即答。 

 確かに掃除哲学とかある段階でよく分からないのに、それ以外にも掃除系学問なんて分かるはずないよ。 

 けど掃除概論までは分かる。 掃除の素晴らしさを伝えたい気持ちということは嫌でも伝わる。 それ以外は本当に論外。 一体何をしたいのかを考えてしまう。


 話は長くは続かず、無言の間ができて数秒経った頃合いにチヒロさんはすぐに本に視線を戻した。 これをみて私は自身のコミュニケーション力の低さを痛感する。 他にも話したいことは山ほどあるけどチヒロさんが本当に好きなことは何も知らない。 もっと知りたいという意識はあるんだけど自分からは中々言い出せない。


 でもあまりしつこく話しかけると嫌われそうだからまた昼休みとかにして今は家から持ってきた小説を読もう。 私が読む小説はだいたいが童話もので、よく小学生と罵られていたがむしろ童話のどこが変のかを知りたい。 童話は多様性がない小説と違い、大人子供にも受け入れられる作品が豊富にあると同時に、今時のやつは原文である昔話を参照にしたお話もいっぱいある。 そして今回読む童話は大のお気に入りで買うのにも苦労した一冊。 その名も安雲血海伝説。


 内容は安雲の王様が妻と出会い、その後歌を交わし、最後は結婚する話。 けど有名なのはその後の話。 この本は書店の隅に置いてあるぐらいの本だけど、見かけた時はなぜか無性に読みたくなったから買ったのだけどよく分からない。 なのに知っている感じになる。 そんな複雑な気持ちを抱えながら本に目を移すと右側から視線を感じた。 最初はあまり意識していなかったけど予鈴がなっても視線を感じた為そこに振り向くとチヒロさんが興味深そうな視線で見ていた。


 「あの、チヒロさん…どうしたんですか?」

 「あ、ごめんなさい。 ちょっと面白そうだから覗いてしまいました」

 いや、ばりっばり覗いてたように感じたけど気にしないでおこう。

 「それはなんてお名前の書物なのですか?」

 「えっと——」


 彼女と少し本の話に盛り上がった。 彼女も私と同じく童話がそこそこ好きなようでとても話しが合ったからだ。 

 彼女が読んでいるものは私が持っているものもそこそこあり、時間を忘れて長々と話してしまい、気付いたら始業のチャイムが鳴った。 チャイムは校長先生ともう一人の女の人が校歌をアカペラで歌ってるだけだけど。

 でも女の人の声何か聞き覚えがある感じが…まぁいっか。


 そう思ってるとドアがガラガラと音を立てて開いて、ササ先生がとてもいい笑顔で「皆さんおはようございまーす。 昨日ぶりですねー!」と言って入ってきた————。


                         *


 この高校は治国駅に近いだけあって遅刻する人の数が恐ろしいほど存在している。

 現に授業開始初日でちらほら遅刻者がいるので。 それもわかっているのかササ先生は遅刻者が来るのを待っていたのだが————。

 「はーい皆さんおはようがざいます」

 「しゃーおら!! 間に合ったで!」

 風よりも早い速度で教室にドヤ顔で入ってくる小デブの男子生徒。

 「ダメです」

 無論間に合っていないため許されるはずがない。

 「ふっ、この僕の華麗なる足捌き。 そして先生にも最初っからいたと勘違いするほどの速度。 ふっ」

 さらに土足のまま北の国のスポーツのすけーと? だっけ。 それをする人がするポーズをして入ってくる顔はとても美形なのに何故か眉毛がない女子生徒。

 「まずは土足から上履きに履き替えましょう」

 とても当たり前な返答。

 

 この個性豊かな生徒たちを相手取り、先生が笑顔で圧力をかける。 まぁ、遅刻した人が悪いんだけど。 そして後に続いて教室に入ってきた 銀髪赤眼でチカさんと同じ髪色の男性が入室し、ササ先生の隣に移動した。

 「はーいそれでは皆さんよろしいですか? えっと欠席は無しっと。 ではSHRを開始しまーす」

 ササ先生の声とともにちゃらけた男女がウェーイと叫ぶ。 それは見た先生たちは苦笑いどころかむしろ親みたいな顔になってる。


 「えっとですね。 今日はまず最初に副担任の紹介をします。 ではどうぞ」

 「えっと俺の名前は千歳(ちとせ)月谷(つきや)佐竹彦(さたけひこ)。 担当教科は研究基礎。 研究基礎の簡単な説明だが、その名の通り二年次から始まる課題研究のその予行練習みたいなもので一学期と二学期はまず研究や実際に記録や計測の仕方とポスターなどに貼る写真の撮り方についてを行う。 三学期は本当に個人で研究して発表してもらう。 以上こんな感じだ。 それでは一年間よろしく頼む」

 そう言うとツキヤ先生は後ろに戻る。

 その後はササ先生から簡単な今日の予定を伝えられ、SHRが終了した。 授業までの五分の間に私はノートの用意している時に前の男子が話しかけてきた。


 「ねぇ、ちょっと君いいかな?」

 「は、はい」

 前の男子は豪華な着物を着用し、顔はワラにも引けを取らない美形だが髪型は癖毛でとてもボサボサしてる。 

 「もし消しゴム二つあったら貸してくれないかな?」

 「え、消しゴムですか。 ちょっと待ってください」


 そう答えた私は筆箱をあさり、消しゴムを探した。

 文房具自体私はたくさん持ってるけどそのほとんどは使い切ってるのよね…。 あ、これは大丈夫かな。

 「あの、少しボロボロですが…もし良ければ……どうぞ」

 「おーありがとうございます! 授業が終わったら返しますね」

 「いえ、まだたくさんあるので返さなくても良いですよ」

 「え、あ本当にありがとうございます」

 よし、何とか喜んでもらえたみたいだ。

 

 それから程なくして授業の始まりを告げる校歌が流れた。 今度はメロディーだけ流れる。 昔ながらの伝統的な校歌を聴きながら先生が入室するのを待ち、終わると同時に昨日紹介していた一組担任の掃除のおばちゃん。 山田さんが入ってきた。

 山田さんは教卓の前に行くと手に持っていた資料を置き————。

 

 「はい。一時間目の掃除哲学始めさせてもらいますぅー」

 そして今日世界で一番つまらないであろう授業が開始された。

 私はこの教科の教員免許はどうなってるのかを問いたいとこの時以上に思ったことはないという自信がある。

 そんな私の気持ちでも


 「ではまず最初に掃除哲学ですが。 掃除哲学とはですね…。 校長先生が授業をまとめた時、余った分の時間を埋め合わせるのに導入しました。 その時掃除哲学専門に私が選ばれたのですが、そもそも学んだことすらないので何のことかがさっぱりですぅー」

 いや校長先生何してくれてんの?

 聞いた限りではおばちゃん一番の被害者やん。


 それにおばちゃんよく笑ってられるなと称えたい。 私だったら多分異動届的なものを提出してここから立ち去ってるよ。

 それにクラスを見てみるとみんな寝てるし。 起きてるのはまさかの真面目そうな人たちだけ…。 誰だって寝るよねこんな授業。


 「ですが頑張っていきましょう。 では早速掃除哲学とはいつ生まれたのか? 掃除哲学は神代の時代すなわち神話の時代にですね稲穂神と呼ばれる神が掃除をサボる従者にとあることを言ったことが始まりとされます」


 まさかのうちの国が発祥の地だった。

 先生は話を続けた。

 「その時言ったものの中で有名なのは給料減らすぞです」

  いや普通。 これ絶対普通。 編纂した人絶対ふざけたでしょ……。 そもそもこの伝承が伝わってるって事はどんなに掃除してなかったのよ…。


 「また次に有名なものは…えっと出席番号20番のウズメさん。 答えてください適当でも良いですよ」

 「は、はい」

 えーどう答えれば良いのよ。 て言うかみんな(真面目そうな人たちだけ)こっちをじっと見てるのなんか怖い。 

 注目されるのはちょっと…。

 いや、本当にどうしよう。 てかまだ始まって数分で答えるのはちょっとおかしくない!? 私まだ掃除哲学なんて知らないよ!?

 …もう適当でいいか。


 「えっとホウキの使い方知ってる? ですか?」

 「凄い!! 大正解です!!」

 おばちゃんが手を叩きながら言うと同時に周りがすげーと拍手してくれる。 いや正解だったのそれ。 もしかしたら掃除哲学って従者がやらかした事をまとめたものじゃないよね?


 「と言う感じで皆さん。 掃除哲学とは当たり前のことしか書いておらず。 これを後世の伊木(いき)海上帝国の学者である、菊原純彦(きくはらのすみひこ)がこれっていわゆる勇人(ゆうひと)が言ってた哲学じゃね? と勘違いしたため生まれました。 ですがこれが今でも残っているのはこんぐらい基礎的なことやらんとダメよとしつけるために残ってるとされております」

 なるほど、よくわからない。 そもそも哲学て何よ。


 そこからはおばちゃんの眠くなるような講義が始まった。 普通なら授業は黒板に書かれたことをノートに板書しておしまい。 けどこの授業は板書するもメモ程度で残りは自分で考察していかないといけない。 考察は大体その人はこう言ったのかを考えよ的なもの。

 宿題はないみたいなんだけどちょくちょく考察する時間が面倒くさい。 けど逆にこの時間が一番天国なのかもしれないって思ってしまう。


 ————。

 ——。


 ある程度授業が進んだ後、私はボーとしてて気がつかなかったが何か問題が出されてるみたい。 えーと何だっけ? 全く聞いてなかったからさっぱり。

 …先生に当てられないように祈ろう。


 「哲学…。それは南希国(なんきごく)蔵羅天(ぞくらてん)が開いた学問…」

 隣でチヒロさんは何かぼそっと言った。

 その時先生がはっとこちらに振り向き。

 そして探偵が犯人を見つけ、そしてお前だっという感じに——。

 「今何か言った人は正直に手をあげてください」

と言った。


 え、今誰か言ってた!?

 確か私が聞こえた範囲ではチヒロちゃん……。 隣のチヒロちゃんを見ると頭を横に振って必死に違うと弁明する。 いやあんたでしょと内心思ったけどチヒロさんがこんな嘘を言うはずがないし。  なら本当に誰? 

 そう思ってると遠くで誰かが立ち上がった音が聞こえた。 音の方向を向くとワラが立っていた。 え、もしかしてワラが?


 「ん、えっと君は…ワラさんね。 もしかして君が正解を…」

 そう先生が期待の目で向いていた。 だが、ワラが言ったのは。

 「トイレ行って良いですか?」

 「全然いいですよー。 むしろ我慢して体調崩される方が危ないのでぇー。 皆さんも我慢せずいきたい時はいつでも行ってくださーい」」


 先生がまったりとした声でそういうとワラが教室から出てトイレに向かった。 いや、何だろうこの流れ。 教室の中はお通夜でもこんなには静かにならないだろうと言いたいぐらい静かでむしろ先生が困っている。 そんなこんなしていると先生がなら言った人っぽい人を当てると宣言、そうした途端教卓に一番近い子が手をあげて正直にすみません僕ですと言った。


 なら最初から話してほしい。

 あれは何が起きたかというとあの子は先生の間近にいるのに関わらず寝ていたみたいでその寝言が先生の耳に入ったみたいだ。 でもこれだけは言いたい。 なぜ気付かない。 そして何でそれが正解なんだろうと。

 そして先生は次に話に入りますと次の説明に移る。

 いや、この流れを後どのぐらいの時間するのだろうと思いながら時が過ぎた。


 ——。

 ——————。


 掃除哲学は考察の授業という割にはほぼほぼ先生の講義だけのとても退屈な授業。 それが何で二時間で大学生がする授業と同じぐらいの長さにしたのかがいまいち分からない。 

 私は暇だなーと思いながら時計を見るともう少しで一限目が終わる時間に差し迫っていた。

 その時先生は感づいてきたのか授業速度を早くした。


 先生は終わる頃合いになると先生は早口と高速で黒板に書いては消しての作業を止める。

 「そんなこんなでー…あ、ちょうど良い時間ですね。 一限目はいったんこれで終了です。 二限目はグループを組んで話し合いをして発表してもらいますのでで先に決めておいてくださいね? 一つの班ごと五人でお願いします。 」

 そういうと先生は教室を出た。


 え、マジかー。 私組んでくれそうなのチヒロさんしか…。 あ、これは組んでくれるのかな?

 なぜそう思ったかはチヒロさんのいる方向を向くとこちらに優しい笑顔を返してくれたからだ。 いや、でもそれは社交礼儀の可能性がある。 …いったん聞いてみよう。


 「あの、チヒロさ——」

 「もちろん良いわよ」

 そうチヒロさんは優しく答えた。 …本当に優しい人だなと感じたが先生が指定した一班ごとの人数は五人。 要するに私とチヒロちゃん入れてあと三名を見つけないといけない。


 私は組を見渡して誰かいないか探しているとワラがこちらに近づいてきた。 どうしたんだろう。 …もしかして誘いに来てくれたのかな!?


 「あの、すまないがこちらの班と合わさりませんか?」

 ワラは後ろでこちらに手を振っているツボミちゃんとニヤニヤしているマンジ君を指でさしながら言う。

 そしてワラは心なしか来て欲しいと思っている表情に感じた。 

 まただ、胸がドキドキしてきた。

 私は全然良いのだがチヒロさんはどうだろう。

 「ええ。 大丈夫ですよ。 ね、ウズメさん?」


 「う、うん。 大丈夫!!」

 チヒロさんの後ろ盾もあり私は彼らの班に入った。

 少し思ったけど何で無口そうなワラがこっちに来たんだろう。


 私は椅子を運び、ツボミちゃんの隣に座った。

 その時ツボミちゃんが耳元で小さな声で喋りかけてきた。

 「ねぇねぇウズメちゃん?」

 「…どうしたの?」

 ツボミちゃんの顔を見るとニヤニヤと良からぬことを考えている顔に見えた。 何だろう…少しばかり怖い。


 「何でワラが自分から率先してあなたの班を誘いに来たかわかる?」

 「ど、どうして?」

 「……あの子。 あなたに初恋してるからよ」

 ツボミちゃんは昨日と同じく。 絶対してはいけないような話題をいきなり振りかけてきた。 むしろ何でこのような話題を振ってきたのか分からないけど、私自身彼があの時私に対してムズムズしているような感じは何となく伝わってきた。


 「そんな事ないよ……」

 「なるほど、確かにこんな反応されちゃ同性の私も惚れてしまうわね」

 ん? 今ツボミちゃん何か言わなかった?

 「ねぇねぇワラ?」

 「どうした?」

 「……本当にウズメちゃん可愛いわね! 早くしないと性欲の権化の男たちにとられてしまうわよ?」

 「何で俺を見るのかを少しばかり問いただしても良いか?」

 マンジが餌だよって渡されたのが水だった時の仔犬のような悲しい目でツボミちゃんを見ていた。


 そしてこの会話を静かに聞いていたチヒロちゃんは楽しそうに————。

 「ふふふ面白い人たち」

 と笑顔でいった。

 その後はお互い自己紹介をし、楽しい時間を過ごした。


 

 

 ——————。

 ————。

 ———。

 

 「はい。 二限目始めますぅ〜」

 その後は先生から出されたお題のもとグループで話し合い、そして発表した。

 今回出されたお題は自由に決める形で、そこからはとても長かった。

 私たちのグループは気になることを探しながらも特に面白いものが決まらなかった。 そこで思いついたのがワラで何とナマコの目について考察することを提案したのだ。


 その遠因は私なんだけど多分常識人のチヒロさんはよく分からないって拒否するかもと思っていた。 でもチヒロさんはとても好奇心旺盛なようで、多分このメンバーでやりたいって言ってたのかもしれない。 結果これについて話し合うことになり最終的には先生から配られた紙に書いて発表。 そしてまさかの優秀賞。

 そしてその中で一つ疑問に思ったのは……。


 「——掃除哲学関係無いじゃん」


 そして全グループの発表が終了し、クラス中の雰囲気があまりの退屈さで覆っていた重い空気が取り払われた。 

 この時私はこの地獄から解放されたと思っていたけど一つ忘れていた。

 三限目は掃除文学であったことに。

 当初私は全く気づいてなかったけど、ていうか忘れていた。


 先生のあの言葉。

 「次の時間は掃除文学なのでもう考えなくても良いですよー」

 この言葉を聞い私の脳みそは蒸発または破裂した時以上の頭痛の痛みに襲われた。


 


                      *


 


 「はーい。 それではホームルームやりますよー」

 ようやく掃除関連の退屈な授業から解放された。

 「お疲れさま」 「大変だったなー」 「何故農業高校なのに掃除を学ぶのか」 「よっしゃ楽な授業!!」

 「皆さん先ほどの授業しんどかったのはわかりますが静かにしてくださーい」


 クラスから失われていた活気が蘇ってきた。

 その間ササ先生は嬉しさのあまり騒がしい生徒たちを止めるようとしているがなかなか静かにならなかった。 そして痺れを切らしたツキヤ先生が真顔で「うるさい」と言った途端ここは軍隊かと突っ込みたくなるレベルの速さで静かになった。

 まぁ、クラスがこんなにも騒がしくなったのも無理も無い。

 

 掃除文学は先生が話していたようにてかただの文学でも文芸に位置するのではと思った。

 私は文芸は大好きだけど苦手な人たちからすればとても退屈な授業だ。 けどこの授業はまさかの先生曰く欠点者をなくす為に作られた課題だけでも出しとけば自動的に単位が取得できる科目となってる。

 

 

 そして今から行いLHRは昨日先生が話していたように自己紹介。 その後は委員会についての説明や今後の予定を話して終わりみたい。

 五限目と六限目は農業実習で、先生からは実習服(各自動きやすい服)を着て昼休み終了十分前にクラスの教室に集合。


 そこでこの実習の授業で私はお父さんのを使おうと思ったけど一つ勘違いしていた。

 お父さんは人狼ではないことを忘れていた。 その為昨日近所に住んでいる従姉妹からもらったのだが一つ心配なことがある。 お母さんがまた変な改造をしていないかが気がかりだ。

 流石に大丈夫だと思うけど心からはまだ信用しきれない。


 「それでは今から自己紹介をおこなーまーす。 それでは順番はー…。 あ、今目を逸らしたウズメさんから前への順番で自己紹介していきましょう」

 あ、しまった。

 どうしよクラスから何してくれんだよとか思われて無いかな?


 でも流石に高校生だからしないはずだと思うけど……。 ううん。 大丈夫。 もうあの時の私じゃ無いから。

 「それではウズメさんお願いしまーす」

 「え、えと。 わ、私は——」


 ————。

 ——————。


 「はい、皆さん自己紹介お疲れ様でしたー」

 な、何とか大丈夫だった。 自己紹介の時自分の趣味とかでばかにされると悲観していたけど思ったよりばかにする人がいなかった。 むしろそれを一つの個性と判断してくれた。 みんなの自己紹介を聞いて結構同じ中学校とか知り合いの人たちが結構いたのは驚いた。 いや、確かに入学式とかあんなに盛り上がっていたら流石にその可能性の方が大きかったか。


 「えーと自己紹介は終わりましたねー。 実はこの後簡単な連絡をツキヤ先生がしてくれます。 そしてこれ以降は何しようか悩んで————」

 「えっと、簡単な連絡だが…」

 「ちょっとツキヤ先生!! まだ話の途中じゃ無いですか!?」

 「……話の途中って。 正直この授業暇だから時間稼ぎしようとしてただろ」

 

 ツキヤ先生は鋭い眼光をササ先生に向ける。

 いや、流石にそんなとは思ったがササ先生の表情を見るからに図星なのかな? でも結構予定の連絡とかしっかりしてるからそんなわけないと思うんだけど…。

 「く、やっぱりツキヤ先生には負けますね。 わかりました今回は私の負けにしましょう」

 

 本当に時間稼ぎだったんだ。

 あの後ツキヤ先生が簡単な連絡を行った。 主な連絡事項は。


 一・土曜の授業は不定期ながらも月一には必ず行う。 科目は音楽。

 二・進路については徹底して相談するように。 一年生のうちは希望調査しかしないが二年生にまでなると奨学金や面接練習を模擬的ながら行い三先生には立派な社会人として羽ばたけるように教育を行う。 なので各自で一年生のうちに進路を決めるように。

 三・校外実習は五月半ば。


 まぁまとめるとこんな感じだ。

 先生は言い終わるとササ先生に目でもう大丈夫と指示を出し、それを見たササ先生は無論気づくはずもなく。

 「あの……いくら私結婚していないからって…浮気はダメですよ?」

 「いやお前言霊術で心読めるだろ」

 「え!? あ、そう言えばそうだった…」

 「…はぁ。 ではこれから——」

 「あーダメです!! ここは私が言う時です!!」


 いやもう早くしてくれないかな?

 そしてツキヤ先生結婚してたんだ…。 確かにとてもカッコいいし……。 でも、それより……。

 ————早く授業終わらないかな?


 そこからは二十分がすぎて授業はあっけなく終了した。

 あの後したことはあまりにもやることなさすぎて自由時間となり、組のみんなは中の良い人の近くに行って話したり、または先程の自己紹介を聞いて気になった人のところに行ってる。

 そしてもちろん私のところに来た人はおらず、残りの時間はチヒロさんと呑気に喋って過ごした。



                       *


 「ねぇウズメちゃんとチヒロちゃん着替えにいきましょ」

 

 四限目の授業が終了した後待ちに待った昼休み。 しかしその後は実習で十分前には着替えないといけない為、私は全力で食べて着替えを持って更衣室に向かった。 その時私はチヒロちゃんを誘って更衣室に向かっていたのだが後者が広すぎるあまり迷っていたのだが、たまたま出会ったツボミちゃんの案内のもと更衣室に向かい、着替えていた。


 「ツボミちゃん本当にありがとね」

 「ヘーキヘーキ! 友達が困ってたら助けるのが普通でしょ?」

 「……友達」

 何だろう、心が暖かくなる。

 「あ、ツボミさん少し良いですか?」

 「ん、どしたのチヒロちゃん?」

 「あの、獣人などは尻尾を出すところから中を見られたりしないんですか?」

 「う〜ん。 私はそんな経験はなかったね。 ウズメちゃんは?」


 ツボミちゃんは私に話を振ってきた。

 「わ、私は……中学生の時に母が水着に穴を開ける時わざと大きく切って、それを授業中気づかずにそれを着て受けて、体操の時に男子の目の前で千切れました……」

 「あーうん。 ごめん」

 「え、えー……」

 二人は同情の眼差しを向ける。

 私としてはあれは本当のトラウマで、あの日からプールが大っ嫌いになったのだ。


しまった! 空気が重くなった。

 私はこの重くなった空気を紛らわそうとした時——。

 「あ、やば! ねぇ、もう少しで十分前だから急いで!!」

 「え、嘘もうそんな時間!?」


 ツボミちゃんの言葉を聞いた私とチヒロちゃんは大急ぎで着替えて教室に向かった。

 教室に入ると大体の生徒は座っていたが先生はまだ来ていなかった。 何とか間に合ったと安心していた私たちはささっと自分の席に座って先生がやってくるのを待った。


 そこから少しして先生が教室に入ってきた。

 先生は二人で一人はおじいさんの先生、そしてもう一人は中年の先生だった。

 組のみんなは先生が入ってきた瞬間に喋るのをやめ、前を向いた。

 先生たちはみんなが静かになったのを見ておじいさんの先生が話し始めた。


 「えー初めましてかな。 私は生物工学科の農業実習とその座学を担当します童水戸貞丸(わらべみとさだまる)と言います。 皆さんとは一年だけですがよろしくお願いします」

 そういうと隣の先生を見た。

 「こちらの先生は私と同じく農業実習を担当し、ここに勤めて五年の国里(くにさとの)古賀広(こがひろ)先生です」

 「…よろしく」

 中年の先生——クニサト先生はとても低い声で挨拶をする。

 「そして最後にこの方はこの授業の補佐をしてくださいます技師の新谷真(にいやまの)貞常(さだつね)先生です」

 「よろしく!」

 職人みたいな顔つきをした先生——ニイヤマ先生はハキハキとした声で私たちに挨拶する。

 自己紹介が終わった先生は軽く農業基礎についての説明をし、その後この授業の講義室に案内された。

 講義室は私たちの教室があるHR棟の校舎から少し離れた木造の倉庫で、中にはくわや野菜の苗、そして野菜を栽培するのに必要な杭やそれを突き刺すためのかけやなどそれ以外にも色々揃っている。


 この光景を見た私はようやくここはやっと農業高校という実感が湧くことができた。

 ワラベ先生はここに案内した後少し待って欲しいと良い、黒板に紙を貼ったり、農具をいろいろ出したりしていた。

 その時クニサト先生がみんなに向かって————。

 「今回の授業は杭を埋めた後、萵苣(ちしゃ)の定植を行います。 五限六限の実習で疲れると思いますが頑張ってください。 それとこの授業はプリントを複数枚配りますので必ずこのファイルに挟んでください」

 そういうとクニサト先生は前の列の子の前にファイルを置き、後ろに配るように指示を出した。


 「また、ノートは来週木曜日までにレポートを書いて提出してください。 レポートの書き方についてはこちらのプリントに書いてあります。 そして先生が話してある事は必ずメモするように。 この授業は期末だけですが実習座学ともに出ますのでしっかりとメモを取るように」


 クニサト先生の長い説明が終わった後、準備ができたのかワラベ先生が戻ってきた。

 「はい皆さんクニサト先生からの大事な話を聞きましたか? これは本当に進級などに響くので注意してください。 それでは皆さん、農場に移動しましょう。 農具などを持って行ってくれる生徒さんがいればありがたいで————めっさ積極的やん」


 先生の説明の後みんなが我が先と言わんばかりに農具を持っていこうとする姿は甘い蜜にたかる虫のようだった。

 私? 私は人が多いところが苦手なのと、そもそも講義室でた瞬間にワラベ先生に台車持って行ってと言われ現在運んでるのだ。

 台車はとても古く常ガコンガコンと音を鳴らす。  本当に大丈夫?



 この学校の農場は国道を跨いでいる。 そのためこの学校で農場に行くには下のトンネルをくぐっていく必要がある。 

 距離としてはそこまで長くはなく、ただ階段が急斜なだけで、それなら隣の坂の方がよっぽど楽な為みんなはあえて階段を通らず坂を使った。



 

 「はい、ここが生物工学科が農業基礎で使う農場です」

 ワラベ先生に案内された農場はとても広い……とまではいわないが生徒全員が使えるほどの大きさがあった。

 「えーとそれでは皆さん。 自分の班の人と協力して杭、かけや、鉄管を持っていってください。 やり方については皆さんが用意でき次第行いますね」


 えっと自分の班? いつ説明したんだっけ?

 ろくに先生の話をきちんと聞けなかった自分に恨みつつ班のことをチヒロさんに聞こうとしたけどもうすでに他の子と組んでもうすでに移動していた。 

 え、どうしよ…。


 そう思ってる矢先にワラがこちらに近づいてきた。

 「あ、ウズメ」

 「え、あ、ワラ。 うん、もうみんなとっくに誰かと組んでたみたいで…もし良かったら私と————」

 「誰か…? もしや黒板に貼られた紙見てない?」

 「え?」

 「あれは誰が誰と組むかが書かれていたんだ。 そして僕はウズメとだったんだ」

 「ご、ごめん。 先生の話ちゃんと聞けてなかった」

 「いや、全然大丈夫。 道具を取りに行こう」

 「うん」



 ―――――。

 ――――。

 ――。

 

 私とワラは道具を持ってワラベ先生が待っているうねに向かった。

 「はい、皆さん道具ちゃんと持ちましたか? それではまず最初にやることはくい打ちです。 その前にですがやはり農業高校ですのでね、うねについて説明します。 うねはまぁとりあえずわかりやすく言うとご覧のように一直線上に土を盛り上げて作物を育てる為のところです。 そしてうねの上の部分は…多分台だったかな? ここに野菜を植えます。 そして側面ははだと言います。 この部分は絶対に崩さないように注意してください。 それでは本題の杭打ちの説明に入りましょう」


 

 杭打ちはは簡潔にまとめるとまず私たちの班が使用するうねは南側で30尺(約9m)。 そして北側の畑を使用する班と合わせると60尺(約18m)。

 杭を突き刺す場所は、北側の班はうねの北端とから南に15尺(約5m)のところ。

 南側の班はうねの真ん中から南に15尺(約5m)のところ。 そして杭を突き刺すときの角度は六十度。

 鉄管はそれぞれの杭の真ん中に突き刺すこと。

 うねの余りの部分にも野菜を植えるため、定期的に手入れすること。


 以上のことを五限目に行い、六限目に萵苣(ちしゃ)の定植を行う。

 今回の授業は思ったのより早く終わる感じなのかな?

 私たちはこの話を聞いて自分たちのうねに向かった。 


 私とワラが野菜を育てるうねは先生が先にしておいてくれたのかとても綺麗で、ここに野菜を植えるとなると美味しいものに仕上がると私は思った。

 「よし、早速作業に入るか」

 ワラはそういうと私からかけやを取り、杭をさす場所を定規を使って測り、そしてその地点でしっかり杭を抑えるように指示を出す。

 「ウズメ、すまないが杭を抑えてくれないか?」

 「わかった! えーと角度は……。 ねぇ、六十度はこのぐらい?」

 「ん? あーいや、もっとここを————」

 ワラは私にとても密着して指示を出す。 てか当たり前のように私に触れる。

 

 何だろう、恥ずかしい。

 「あ、あの————」

 「——よし、ここら辺だな。 ここを抑えてくれ」

 そう言ってワラは私から離れて、杭を打つために椅子を持ってくると言って、取りに行った。

 「はぁ…」

 「あら、とても熱かったわね?」

 「え、チ、チヒロちゃん!?」

 「あら、やっとちゃんで呼んでくれました」

 

 私はチヒロさんに先ほどの光景を見られたと思い、とても恥ずかしくなった。

 いや、えっともしかしてずっと見られてたの?

 「それにしてもウズメさんとても顔が嬉しそうだったわよ、ふふふ」

 えーそんな顔してたんだ。


 ……どうしよう、もう学校やめようかな?

 「よし、持ってきたぞ…チヒロさんどうした?」

 ワラは頭を傾げながらチヒロさんに質問した。

 「ふふふ、あなたたちが新婚の夫婦みたいな反応で可愛かったからね? ちょっとからかってただけです」

 「——全く、何をして」

 「ヒビさんはヒビさんで明らかわざと触れてたの遠目から見てて面白かったわよ」

 「そうか」 「チヒロサーンうね耕すから三角両刃桑持ってきてー!」

 「はーい。 じゃ、頑張ってね」

 チヒロさんはそう言って自分の班に戻って行った。

 「…」

 「…」

 私とワラはお互い見つめ合って無言の時間を少し過ごしたが、その後ワラからのとっととやろうかの言葉に従って杭を打つ作業に戻った。


 ————————。

 ——————。

 ————。


 「よし、一本目は出来たな。」

 「うん」

 何とか私たちのところは一本打った。 この作業は特段に疲れるわけでもないが、今日が春なのにとても暑いせいか汗をかく、まぁただ単に少し運動不足なだけかもしれないけど。

 周りの班を見渡してるとチヒロちゃんのところが早すぎるだけで他の班はまだしているところがちらほらいた。 それを見たワラは実は負けず嫌いなのか休憩なくさっさと打って休憩時間を増やそうと言ってきた。 しかし会話からかなり声が震えていたため多分一番最後が嫌なだけかもしれない。


 「そうだワラ」

 「どうした?」

 「二本目の杭私が打っても良い?」

 「あぁ、別に良いが……」

 ワラはそういうと私から杭を取り、かけやと交換した。 そして何故か自身の上着を羽織るように指示を出す。

 「えっとワラ? 何でこんなに暑いのに上着を?」

 「いやあの……いうか悩んだんだが…胸がその」

 「ごめん。 それ素直に気持ちわる……いや訂正。 私が悪かった」


 今気づいたけど……さらし巻き忘れてた。 えっともしかしてだけど……いろいろと見えてた感じ?

 「じゃ打とか」

 「え、待ってそごく不安なんだけど。 ねぇどうなってたの?」

 「ほらそれを着て椅子に乗って。 こっちは押さえとくから」

 「あ、あのー」

 「……言っても怒らない?」

 「別に怒らないわよ」

 「無意識か知らないけど暑いからってさらし巻かないで着崩れさせるのはまずいと思う」

 「え…あ、ありがと」


 私は彼の指摘を受けて着物を着直した。

 「よし、もう大丈夫でしょ?」

 「ああ」

 私は彼の上着を返し、椅子の上に立った。

 ワラを見るともう大丈夫だと合図を私に送る。 それを見て私はかけやを杭めがけて振り下ろしたが、力が足りず強く振り下ろすことができなかった。

 そして終わったと思ったら全然埋まってもいなかった。


 「あの、ごめん」

 「いや、大丈夫だ。 俺がやる」

 そう言って彼に代わってもらい、杭を打ち、そして作業が一旦終了した。 鉄管はただ真ん中にさすため割と簡単な作業だ。

 そう思ってると近くにいたワラベ先生に「鉄管はそのまま叩くとそこが痛めてしまうから先にネジを入れてその部分を叩いてねー」と言われた。


 それを聞いたワラはポケットからそれを取り出し、鉄管の先に入れた。

 何だろう、私何もしていない感じが……。

 「ねぇワラ」

 「どうした?」

 「あの…鉄管は地面で打つから……私がしても良いかな?」

 そういうとワラは悩んだ顔をしたが渋々かけやを私に渡し、椅子に乗って打つように指示を受ける。


 あ、そっか。 鉄管も椅子に乗るんだったと今更思い出したけどそんな事は今はどうでも良い。 

 椅子に乗り鉄管を打つ。

 「えい! えい!」

 「力を入れすぎだ。 緩く打っても挿さるからもっと力抜いて」

 ワラの指示通りに力を抜いて打つ。

 「あ、くっそ折角…」 「はぁー、作業に戻るか」 「つまんねー」

 近くから男女の声がしたが彼は集中と私に言う為気にせず打ち続けた。


 ————————。

 ————。

 

 「よし、これで完了だ。 じゃ、うねを耕すか」

 「ちょっと待って一つ良い?」

 「ん、どうした?」


 私とワラは鉄管を刺し終えた後、道具を一緒に直し、両刃桑を手にとって今うねに戻ったところだ。

 「あの、さっきのもしかしてまた私無意識に…」

 「いや、ただ力み過ぎてたからもっと重力に任せなって行った感じかな」

 「あ、そうなの!? あなたに言われた通りにした後後ろから男女の声が————」

 「男女? そのときみんな作業に集中してたから誰も見てなかったぞ」

 「え、嘘」

 少しだけ寒気がした。


 


 「いや待って明らか視線が…」

 「それはただ単にムッツリワラがウズメちゃんの胸を凝視してただけよ?」

 「おい、嘘つくな」

 「え、そうなの?」

 ————皆さん今から両刃桑の使い方について説明しますので一旦こちらに来てくださーい!!

 「……詳しくは後でじっくり聞くから」

 「…はぁ」

 私たちは一旦先生の方に向かった。


 ————————。

 ——————。


 「えっと次は萵苣の定食だったね」

 「あぁ、一応聞くがやり方はちゃんと聞いたな?」

 「も、もちろんよ!」

 私たちはうねを耕した後先生の説明を聞き、その後十分休憩し六限目の始まりのチャイムと同時に萵苣の説明を受けて今から始める感じだ。


 「はぁ、では最初に聞くが杭からどのぐらい開けるんだった?」

 「えっとこの両刃鍬の持ち手の印を参考にして0.5尺だから……ここね。 そして苗と苗の間は一尺。 植え方は千鳥植えだからワラの方は私のところの二つ目と一つ目の間からね」

 「あぁ、正解だ」

 「一応聞くけどワラ。 聞いてなかったのはあなたじゃなくて?」

 「ははは。 さすがにバレるか」


 そんなくだらない会話をしながらも作業自体は黙々と行う。

 うねに萵苣を定植する部分に指の第一関節までの深さの印をつけ、授業の始めに先生から渡された苗の本数は誰とも平等に分けることが出来る黄金の値偶数値。 四。


 「じゃそろそろ植えよっか」 

 「あぁ」

 そう言って私とワラは早速作業に入る。

 言っても私とワラは性格が似ているのか作業中はとてもじゃないけど喋るのは好きじゃない。 特にこの実習は野菜を刈らせないように大きく育てないといけず雑草とかも生えていたら取らないといけない。


 「おい、水鉢作り忘れてるぞ」

 「あ、ごめんありがと」

 ここだからこそ話すけど水鉢とはその名の通りで作る理由は作った方が水やりをしたときたくさんの水を野菜に与えられるが、ない場合はそれとは比べ物にならないぐらいの与える水に差が出る。 そして植えるのも重要で苗をポットから出したとき土が野菜にかからないように慎重に掘り、苗の生えめとうねの表面が綺麗に合わさるのがとても良い。


 念のために話しておくけどポットから出すときは丁寧に根っこを切らないようにするのと、土を崩さないようにすること。

 しかし私は専業農家じゃない為少しどころかとても汚いけど、本業農家のワラが言うには全然良いらしい。

 そしてワラの家が農家だなんて初めて知った。


 「よし、水やりだ。 確か小さな片手鍋に水入れてするんだったな」

 「あ、良いよ。 私が取りにに行って来る」

 「すまんありがとう。 ——いや、二人でやった方が効率いいからやっぱり行くわ」

 「え、あ、うん」


 そう言って私と二人で倉庫に向かい片手鍋を取り出して水を汲み、自分たちのうねに向かった。

 まぁ、そこからは単純に野菜に水をあげただけで特に見栄えはなく、あると言っても大きく美味しく育ってねと念じただけ。

 その後は先生の指示に従い一旦講義室に戻り、少しだけ講義を受け今回の授業は終了した。

 言うなればノートは今回の記録をしっかりと記入して今週の金曜に提出すること————。

    

                        *


 先生の授業終了の指示を聞き、解散と言われた私とワラは長靴から上履きに履き替え、更衣室に一緒に向かった。

 あ、もちろん着替えるのはさすがに女性用・男性用別々のの部屋。

 その後着替え終わった後はチヒロさんが着替え終えるのを待ち一緒に教室に向かい、終礼を迎えたと帰宅しようとしたときにツキヤ先生に呼び止められた。


 「ウズメさんとチヒロさん。 すみませんが少しお時間よろしいですか?」

 「え、えーと私は大丈夫です」

 「私も大丈夫です」

 そう答えた後先生は少しついてきて欲しいと生物工学科が実験などを行う教室が結集している生物工学科棟の中の一つの教室である、微生物研究第一教室に向かった。


 微生物研究第一教室は私とチヒロちゃんが先日新歓で説明を聞いてとても興味がある部活、生物工学部の部室。

 内装は一見普通の理科室に見えてしまうけど中には普通の高校にはない実験器具などが置いてあり、そして入って左側には初めて見る大きな箱がある。

 「すまないがこの子たちにあの説明をしてくれないか? 俺は先生を呼んでくるから」

 「はーい」


 そう言ってツキヤ先生は私たちを置いて顧問の先生を探しに行った。

 いや、最後まで面倒みてよ……。 それにこの先輩とは昨日あったけど一度も話してないからなー。 

 まぁ、すべての会話はチヒロさんがしてくれたけど。

 その時先輩がこちらに向いて私に話しかけた。


 「ねぇねぇ君昨日来てたよね!?」

 「は、はい」

 「あーやっぱり! こんなに可愛い子まさかうちに来てくれるなんて嬉しいよ!!」

 「は、ははは」


 先輩はいかにも理系……ではなくどちらかと言うととても筋肉質で昔世界大会に出場してましたと言っても騙せる具合。 そして顔はとても美人で近年の運動しないで痩せこけて美しいと勘違いしている女性たちが羨ましがるほどの美人だ。 むしろ私は骨と皮。そして肌を白くしても私は可愛いと思わないし支度もない。 どちらかと言うとこの先輩見たいとは言わないけどきちんと健康的な肌をした方が美しいと私は思う。


 「いや、確か昨日聞いた時入部したいですって答えてたっけ?」

 「えっと、あぁはい。 言いましたね」

 「はい」

 「へぇー! 本当にありがとう!! ここにいるのはみんなバカ真面目の人たちで引き継ぎ研究しかしない人がいて退屈だったんだよ」

 「おい、その自分の趣味の研究をしたいがあまり無理やり入部された僕はなんだい?」

 「なに、あんたはあたしがただ補佐を聞いた時とても張り切ってたじゃない」

 「…それ言われたらなにも言えん」


 そう言って知らない間に後ろから現れたもう一人の先輩は私たちを見る。

 もう一人の先輩は前髪が長く、顔はよくわからないけど良い人なのは雰囲気だけでわかる。 その時後ろから見知った人がきた。

 「あれ、ウズメか?」

 「あワラ」


 偶然かは知らないが前髪先輩の後ろからワラがひょこっと現れた。

 「なんだ知り合いか?」

 「はい、同じ組の友人です」

 「ほーう。 ようやく友人が三人以上に」

 「先輩それは内緒です」


 二人は知り合いなのか会話が弾んでる。

 前髪先輩は口元で笑顔になってることから嬉しいのがわかるけどワラは完全に真顔。 むしろナマコの方が表情筋があるのかと言いたいぐらい硬いが、見た感じ本人も楽しそうに会話してる。

 「まぁ、先生が戻って来るまで暇だし自己紹介しちゃうか! 私は生物工学科二年の伊高宇野(いたかうの)鈴華(すずか)! よろしくね!!」

 「……俺は同じく生物工学科二年の明石沙汰(あかしゃざた)御法衣(おほうえ)。 よろしく」

 「あ、えっと私は天河————」


 先輩たちとの自己紹介を済ませ、先生が戻って来るまでの間教室の案内に入った。

 まず最初に案内されたのは白くて大きな箱。 先輩曰くこれはクリーンベンチというもの。

 「えっとまず最初にこれはクリーンベンチ。 簡単に説明すると主に微生物を培地に移したり培養する為のものかな」

 「まぁ、俺たちの研究は特にこいつを使うから扱いにはすぐ慣れるはずだ」

 「そうそう!」

 あれ? 何か少しだけ違和感が。

 「あの、スズカ先輩少し良いですか?」

 「ん? どうしたのチヒロちゃん?」

 「あの、そのえっと……」

 「あれ? 先生からなにも聞いてなかった?」

 「先生から?」


 私とウズメちゃんは同時に同じ単語を発する。

 ワラは先輩から聞いていたのか特に疑問を顔に浮かべておらず、それを見たスズカ先輩はあーとため息混じりの言葉を発した後説明してくれた。

 「えっとワラ君はもうオホウエから説明受けてると思うけど、実は私たちの研究班は人数が少なくて色々と研究が渋ってたの。 そこで昨日新歓で行きたいって言ってた君たちを見て、ツキヤ先生と後から来るけどもう一人の先生がまだ体験入部の期間じゃないけど早いとここの部活の良さに気づいて入部してもらいたいって事でこうなったの」


 んーなんだろう。 いまいち理解が。

 そう思ってると今度はオホウエ先輩がさらに説明してくれた。

 「君たちは知ってると思うけどこの部活に新歓に来てくれた人はあまりいなくてね、それに近年部員不足で入ってくる一年生が少なくて本格的な研究は二年からになってしまってるから人数が少ない研究班はかなり苦労するんだ。 そこできちんと行きたいって言ってくれた君たちに先生たちが感激してこうなったんだ。 あ、ワラに関しては俺が強制的に入れた」


 なるほど……そんな裏が……。

 それとワラ、あなたはそれでよかったの?

 「まぁなんていうかこれは任意のつもりだったけど、多分これ先生が半強制的に来させた感じね」

 スズカ先輩はそう言って呆れ顔になる。


 多分先輩になり気遣ってくれてるのかな?

 私自身としてはまだ入学して一日目なのにクラブに参加させられるのはとても驚きだけど別に良い。

 むしろこんな早くから先輩たちの研究に参加さえてもらえるなんて嬉しい。

 「ねぇ、ウズメちゃんはどうする?」

 「ん」

 後ろからチヒロさんが小声で話しかけてきた。


 「いやほら、ほぼいきなり参加みたいなものだし…私が行けてもウズメさんが行けなかったら何か嫌でしょう?」

 なんだろう、チヒロさん。 こんなに気遣ってくれなくても良いのに。 ん、いやまって確かワラはここに入部させられてる。 ということは一緒に所属!?

 

 いやダメ! こんな気持ちで参加なんてしたら申し訳ない気持ちで爆発しちゃう。

 あ……でも今ここで参加しないと後味悪いのと先輩たちから貴重な話が聞けないよー…。

 ————よし、決心がついた。

 「大丈夫よ」

 「そう、良かった」

 チヒロちゃんは安堵の表情になった。


 「おいお前たち揃ってるか?」

 そう言ってるとドアをガララと開けてツキヤ先生がおじいちゃんの先生を連れて入ってきた。

 「あ、先生こんにちは!」

 「こんにちは」


 「いやー君たち本当に勤勉だねー」

 おじいちゃんの先生はそういうと私たちに近づく。

 「えっと君たちが…新歓の時に入部したいって言った子だね。 それでは早速自己紹介しよう。 私の名前は国丹貞麻呂(くにいさだまろ)。 一年生の授業は持っていないが二年三年になったら私と一緒に授業になるのかな。 それではこれからよろしく頼む」


 クニイサ先生は自己紹介が終わると先ほど先輩たちが話していた私たちの入部の件について説明した。

 先生としては無理やったら大丈夫みたいだけど、私とチヒロちゃんはいけると答えた。 すると先生が驚きのあまりやったぞーと叫んでいたのかここだけの話。

 活動日は基本的にこの研究班は常色々と動き回ったりする為毎日みたいで、それを聞いたチヒロちゃんはえっと言った表情を浮かべメモ帳を見ると顔面蒼白。 なんと習うごとやで色々と詰まっていたみたいだった。 チヒロちゃんは参加できる日が少なくなったと私に謝ったけど大丈夫。 だってワラがいるから————。


 あ、好きとかじゃなくてただ単に同じクラスの友達がいないと落ち着かないだけだから深い意味はない。

 あの後は先生から入部届を受け取り、家に帰って両親の同意のもとそれに署名。

 それと部活の情報はスズカ先輩がメールで送ってくれるみたいだから一安心。

 さて、今日はもう寝よう。

 それと一つ——。

 「後お母さん布団に潜らない……で。 うん何も見ていない、私はなにも見てない」

 ————寒気をした私はそそくさに布団をかぶって寝た。

 




 

 




 



次回の投稿はTwitterまたは活動報告にてお知らせします。

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