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この農業高校は何がしたい?  作者: 皐月
1章 春の息吹 大衆の声

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第9話 狼少女は進みたい!!

  青い空と白い雲に響く朝の小鳥の歌声。

しかし、その歌声が聞こえないほどの音速で走る狼少女こと私は絶賛寝坊し、必死に学校に向かっている。

 それから信号に引っ掛かり、その隙に携帯で時間を確認する。

 今この調子で行けば本鈴二分前には音楽教室に着く。

 平日の授業なら教室だから全然間に合ったけど、高校の土曜授業の場合はHRが無く、本鈴は授業開始の九時なため音楽室に向かわないといけない。


 はぁ、本当に不幸よ……。


 信号が変わり、また全速力で走る。


 そんな時後ろから男女の声が凄い速度で近づいて来た。

 少し気になって目を横に向けると男は黄色の着物を身にまとい、女は小豆色の着物を着ている。

で、その男女はお互い抱き合いながら顔を前にイチャイチャしながら二人三脚で走っている。

 「ねぇ……コジロウ君足速いー。もっとゆっくりして♡」

 「何言っているんだよ、これでも半分も出していないんだせ?」


 「ふふふ、こーじろ♡」

 「はーなこ♡」

 この二人は何しているんだろう……!

 見ていて吐き気がする。

 てか、私あれと同レベルの速度しか出せてないの?

 それかあの二人組が化け物なだけ?


 すると男女は私に気づいたのか視線を向け――――。

 「「何見てんだよ」」

 と、真顔で言ってきた。

 いや、それ私が一番言いたいんだけど。


 ――――――――――――。

 ――――――。

 ――――。


 あの後無事に学校に間に合った。

 正直言って足が痛い。これは日頃から運動していないせいでもあるのだけど。

 遅刻した私にはもちろん休憩という大層なものはなく、そのまま音楽の授業を受けたけど、お腹が空いていた影響でほぼ意識がもうろうとし、気づけば授業が終わっていた。

 「お腹すいた……」

 授業の終了を告げる鐘が鳴ると同時に空腹が襲ってきた。

 何か食べたい……けど。この後ワラに農場に来てって言われているんだよね。

 その時隣で帰り支度をして居るチヒロさんが私のそばに寄ってきた。

 「ウズメさん、机に俯せしてどうかしたのですか?」

 「あぁ……チヒロさん……お腹すいちゃって」

 私はお腹を擦りながらチヒロさんに物乞いする。

 「あ、そうだったんですか。今日は珍しく気分が悪そうに見えて心配だったので」

 「あはは……」

 「でも、今日は昼まで何で、昼は何も持ってきていないんですよね」

 「ふふふ……やっぱり。あー朝ごはんが食べれる時間に起きれば良かった~」

 「そういえば今日はギリギリでしたものねー。あ、そういえば昨日救急車に運ばれたって聞いたのですが大丈夫でしたか?」

 「まぁ……今は大丈夫かな」


 言えない。チヒロさんに邪神のことや動物の声のことなんて説明できない。

 「それなら安心しました」

 そういうとチヒロさんは昨日の病院での看護師さんやお医者さんみたいに頬を赤くした。

 「……ちょっと気になるんだけど。そういえば何で教室に私が入ってきたとき、音楽の先生や組のみんなは眼を逸らしたりして顔を赤くするの?」

 「え、えーとそれは……。国家機密というものですか?」

  チヒロさんはあたふたしながらとんでもないことを口走る。


  いや、顔を赤くする理由が国家機密ぐらいなにか私に何かあったの……?

 チヒロさんは笑顔で頭を傾げる。

 「それはそれです」

 「良いんだ、それで……」

するとチヒロさんは少し間を開けて「あ、最後に」と口に出す。


 「今日この後用事ありますか?」

 「うん。ごめんね。これからワラと農場に」


 「本当にまじめですね……。あ、ですが今昼なので水やりはいけませんよ。野菜が傷んでしまいます」

 「うん、気を付ける。ありがとうね」

 「――――――」

 その時チヒロさんは私に近づくと私の口角を持ち上げた。

 「何か隠していませんか?」

 「チ、チヒロさん!?」

 「――――もう。ウズメさんはもっと私に言いたいこと合ったらいっぱい話しても良いんですよ?」


 「ふぇ? ……いや、本当に何でもないよ?」

 チヒロさんは少し疑うような視線を送る。

 「……本当に何か悩んでいたら一人で抱え込まないでくださいね。貴女は私の大切な友人ですから信頼してくれても良いのですよ」

 チヒロさんはそういうと私の口角から手を離し、「それでは先に帰りますね」と言い、教室から出た。その時のチヒロさんの眼は少し寂しそうに見えた。

 あ、私も教室から出ないといけないよね。


 それにしても友人か。

 確かに私とチヒロさんは話すようになって半月ほど経っている。

 でも、やっぱりまだ友人というものが分からない。なんせまともに同い年とも会話したことないものだから、どう接していけば分からないもの。

このことを他人に相談したくてもまともな回答がなさそうだから出来ないしね。


 今更ながらワラは昨日私に『農場で話をしたい』って手紙でお願いしたのにどうして待ってくれないのかが不思議。

 

空腹を我慢しながら渋々教室から出ると後ろからワラの声が聞こえた。

 後ろを振り向くとワラはたくさん唐揚げが詰まっているパックが入った袋を持ってこちらに手渡してきた。

 「えっと……」

 ワラは手に持っていた袋を私に持たせた。

 「ねぇ……これは……」

 「唐揚げ」

 「――――」


 そうか。

 ワラはあの時私とチヒロさんが喋っている隙に、買いに食堂に行っていたんだ。

 でも……どうして空腹なのが分かったんだろう?


 「あ、あの……ワラ」

 「―――授業中ウズメの腹の虫が鳴いていたから」

 「……ふぇ?」

 「……それでは農場に」

 「ち、ちょっと待って!?」

 ワラは私の静止の声を無視して農場に向かう。

 えっと、ということは私授業中すっと腹の虫が鳴いていたの!?

 ……あ、はははは…‥色々と死んだ。そんな気がする。


 それから私とワラは農場まで行き、ベンチのところに来るとワラは私に座るように施す。

 少し急いで唐揚げを平らげないと。

 ワラはそれを確認すると話し始めた。

 「少し見せたいものがある」

 そういうとワラは懐から丸い石を取り出す。

 なにこれ?

 「これは昨日、ウズメの下駄箱に入っていた。これは相手の心を覗くことが出来る術を発動させる鍵となる石」

 「鍵って言われてもどのように使うの?」


 「単純。この石の何処かに相手の名前を書けばいい。そうすることで疑似的に相手を錯乱状態にし、直接見せるか他の術式と一緒に使えば発動できる」

 「え……だとしたら私大丈夫? それ私に対しての物でしょう?」

 「問題ない。この術は一回しか使えない」

ワラは躊躇なく丸石を握り潰す。


 「今日話したかったことはそれだけ」

ワラはそういうと帰ろうとする。

 「あ、待って。……言いたいことがあるの」

私はワラの着物の裾を掴み足止めする

 「その、昨日助けてくれてありがとう。本当はその日に言いたかったんだけどね」

 「俺はただ使命を全うしただけ」


 ワラは相変わらずの虚ろな目を向ける。

 「それと……質問なんだけどワラの本当の名前は……? その、昨日二つの名前が出てきたから疑問に思ってて……」

 「昨日見たままの通り。本名が源尊で今の名前は戸籍上での名前。名前は好きなように呼べばいい」

 

 「そうなんだ……」

 「――――――」

 するとワラは突然首に掛けていた勾玉を外す。すると髪の毛がみるみる銀色に変化していき、眼は赤色に染まった。

 その姿はまさに昨日のワラそのものだった。

 「それって……」

 ワラは私が答える前に勾玉をまた首に掛け、髪の毛と眼は元の黒色に戻った。

もしかして今の昨日どうやって黒髪から銀髪に変わったのかを教えてくれているつもりなのかな?


 「……首が痒い」

どうやら違ったみたい。

 「あ、そうだあと一つ聞きたいことあるの……良い?」

 「―――特別」

 ワラは首を縦に動かす。これは肯定ととらえてもいいだろう。

 「その――――まず私の隣に座ってくれる?」

 「分かった?」

 ワラは意外にも素直に座ってくれた。


 よし……。


 その時私は無意識でワラの頭を強制的に自分の膝に乗せた。

 「――――――?」

 え、私何しているの?

 ワラの頭の重みが袴越しでもしっかり太ももに伝わる。

 どうしよう、恥ずかしい。

 「……ウズメ?」

 「その……ワラ。目をつぶって」

 ワラは私の瞳をじっと見つめる。正直言って恥ずかしい。

 私はワラに目隠しする。


 私の馬鹿! どうしてこんなことやるのよ!!

 「――――――」

 「ウズメ?」

 もう……。話の話題を変えよう。

 「そういえば縫お姉ちゃんやササ先生とはどこで出会ったの?」

 「……先に会ったのがササ先生。縫さんとはその後」

 するとワラは私の頬に手を当てる。


 ……まって。ワラと縫お姉ちゃんとササ先の三人が付き合いあるのなら動物の声をもう一度聞く方法を知っているはず……。

 聞いてみよう。

 「ごめん、突然だけどワラ。もしかしてだけど動物の声をもう一度聞く方法を知ってる?」

 「……?」

 あ、うんいきなり聞くのもあれだったよね。

 私はワラにササ先生との経緯を話した。


 「分かった。でもどうして?」

 ワラはゆっくりと首を傾げる。

 「そ、その。動物の声が聞きたくなって。だってせっかく農業高校で生き物に触れる機会があるのだ から……。もう一度聞ける方法を知りたいなって」

 「構わない」

 「あ、ありがとう」

 「けど、縫さんと二人でした方が良い」


 「それは……どうして?」

 ワラは私の疑問には何も答えず、ただ一点私を見続けていた。

 ……まぁ、けど今家に縫お姉ちゃんいるかな?

 私は少し疑問を抱えながらも縫お姉ちゃんに電話し、今家にいるのを確認した後、ワラの昼ご飯を追加でお願いし、家に招待した。


―――――――――。

――――――。

―――。


 自宅に着き、私はワラと一緒に縫お姉ちゃん特製の昼ご飯を食べ、縫お姉ちゃんは割烹着(かっぽうぎ)を身に着けて食器を洗っている。

 縫お姉ちゃんは食器を洗いながら何か悩んでいるそぶりを見せ、それから私とワラの前に座った。

 その縫お姉ちゃんの顔は普段の優しいまろやかな瞳でも普段の優しい微笑みさえも浮かべていない。

 普通だったら何か嫌なこと合ったのだろうと聞けるんだけど、こればかりは今までで初めて見るかなり不機嫌な顔はこんな堂々と見せる者なのかな?


 縫お姉ちゃんはお茶を一気に飲み干し、私をじっと見つめる。

 

「……確かウズメは動物の声をもう一度聞きたいんだね?」

「うん……ちょっとね」

 私は少し声を下げて言う。

 なんたって動物の声は縫お姉ちゃんも知っているけどそれでいじめられた過去がある。

 けど、縫お姉ちゃんはそれで私が拒絶したのを知っているはずだからこれは純粋に動物の声を聞きたくなったからってわかるよね――――。


 「まぁ……出来なくはないけど……。ミコト君説明お願い」

「……動物の声を聞くと言うのは動物の言霊を感知して読み取ること。その言霊を感知して読み取れるのは人狼族のみ。原理は―――――」

 「ごめんミコト君。方法だけで」


 「……方法は直接胸に触れて霊力を送ることで一時的に聞こえるようになる」

 「直接霊力を送る?」

何だろう……思いのほか単純というか。

てっきり修行して取り戻す系と考えていたんだけど……。


 ワラの説明が終わると縫お姉ちゃんは私の着物をサラッと脱がし、両腕を動かないように固定した。

 「え、え?」

 「で、ミコト君の言った後降り何だけど。まず確認だけどウズメはどうして動物の声を聞きたいの?」

 縫お姉ちゃんは鋭い声を私に投げた。


 「……だから何度も言うけど私はもう一度動物の声を聞きたくなって……」

 「何か隠していることあるんじゃないの?」

 「え、何のこと? 隠していることは無いけど……。も、もう恥ずかしいから胸隠させて……!」


 「なら聞くけどウズメ、悩みは全て動物に聞いてもらわないと解決しないもの?」

 「な、何を言っているの、縫お姉ちゃん? 悩みなんてないし私は何度でも言うけど動物の声を聞きたいだけ。そもそも私が一度聞くのを止めたのを知っているでしょ? だから一時的でも取り戻して聞いてみたいだけ」

 私は縫お姉ちゃんの手を振りほどく。

 「なら、動物の声を聞きたい理由は、ウズメの言葉を信用すればいいの?」


 「――――――」

「縫さん……」

 ワラは熱くなってくる縫お姉ちゃんの言葉を遮る。

 それを聞いて縫お姉ちゃんは少し冷めたのか一回ため息をつく。

 「――――ミコト君お願い」と言った。

 「ち、ちょっと――――」


 「我慢」

 「――――――!」

  私は縫お姉ちゃんに口を押えられた。

 ワラは胸に手を触れる。同時にワラの手のぬくもりが直接肌に伝わった。

 その瞬間胸が何かに締め付けられ、次第に胸が熱くなる。

 「う……くっ!」

 「耐えて、あと少し」

 ワラはそういうと私のおでこに手を当てる。

 それから数秒ほど経過して「出来た」と落ち着いた声で言うとワラは胸から手を離した。

 「は……はぁ……」

 正直言ってとてもきつくて死ぬかと思った。


 私は着物を着直す。

 ま、またワラに胸見られた……。

 その時縫お姉ちゃんは後ろから私の顎に触れる。

 「で、ウズメはこの後どうするの?」

 「どうするって……」


 「この力はミコト君が話したけどこの力が持つのは一時的。本当にこの力は少し動物の声を聞くだけって約束できる」

 「そんなの……決まって」

 「そう……」

 「うん……」

 「―――――――」


 縫お姉ちゃんの顔がどんどん険しくなる。

 「それじゃウズメ。どうしたい?」

 「えっと……どうしたいって……」

 「試したくないの?」

 「あ、そうだね。ならため――――」

 「それさ、何で私が先に言うの。本当ならこれはウズメの力。取り戻したいと言ったのはウズメなのに、どうしてそれを自分から言わないの」

 縫お姉ちゃんは拳を握りしめる。

 「だ、だって……迷惑に……」

 「迷惑って誰が?」

 「そ……それは」

 「……!」


 縫お姉ちゃんはちゃぶ台を思いっきり叩いた。

 「だから!! 誰が迷惑なの? ボクに相談するより動物の方が良い? 何? ボクとウズメの十三年は何だったの? ウズメはボクのこと信頼してくれないの? ボクのことより動物の方が信頼してるの? こんなの……心外だよ」

 「え、えっと……話が……」


 おかしい。


 「ウズメはもう動物と話したほうが楽なんだよね?」


 違う。何かおかしい……。


 「ずっと、ずっとウズメの傍でウズメのことを見てきた私を信頼していないから。信頼していないから迷惑で! 相談しても無駄だから……! ――――もう知らない!!」

 縫お姉ちゃんはそう吐き捨てた後、家から飛び出そうとする。

 けど、これは幸運だったのかササ先生が玄関の扉を開けた。

 「あ、あの~……。し、師匠?」

 「ササ? 何?」

 「え、え~と……。何が?」

 ササ先生は冷や汗を流しながら質問する。


 けど、今の苛ついている縫お姉ちゃんには優しさは存在していないのか、ササ先生の胸倉を掴む。

 「どいて。今機嫌が悪いの」

 「で、でも~」

 するとササ先生とワラの目が合い、ササ先生は何かを察したのか胸倉を掴んでいる縫お姉ちゃんの手を握る。


 「……それはともかく。一応落ち着いて説明してください」

 「あ? 何様?」

 「教師です。無免許の」


 縫お姉ちゃんは眉間を震わせる。

 「教師? それがどうしたの? 教師だとしてもボクの方が年上、年上の言うことを――――――」

 「師匠。残念ですが私は高校教員です。が、無免許なんで範囲はありません。……ふふん」


 けど、縫お姉ちゃんはそれでよかったのかため息をついて―――――。

 「説明……だけね?」

 と、低い声で言った。

 でもまず。どうしてそれで納得するの……縫お姉ちゃん。


 それから私はこれまでの経緯をササ先生に話す。

 「なるほど……。なら、試しに行きましょう。私も動物の声とやらに興味あるので。ミコト君、師匠。それでどうですか?」

 「あ、あの~。私の意見―――」

 「あら? 何か不都合でも?」

 ササ先生が少し怖い感じの笑顔で圧力をかける。

 な、なるほど……。私は何も言わないほうが安全なのか。

 「あ、な、なんでもないです……」


 なんだろう……。いつも『キキーン』や『グルグル~』などの擬音語でしか授業しないササ先生が何故かカッコイイ。

 「で、私の意見ですが畑に行って動物の声を聞いてみましょう! どうですかウズメさん?」

 「――――!! は、はい!」


 「……ボクは行かないから」

 「……師匠、行きますよね?」

 「だから行かないって」

 ササ先生は縫お姉ちゃんに詰め寄る。


 「い、き、ま、す、よ、ね?」

 最初縫お姉ちゃんはしばらく悩み、ようやく諦めがついたのか少し舌打ちして頭を縦に振った。

 「では、行きますか! あ、ミコト君は妹さんの昼ご飯は……」

 「妹は友人の家で一日勉強会だから問題ないです」

 「なるほど、それなら安心です」


 それから私たち三人は外に出て破棄された畑に向かった。

 畑は前までは貸出するための土地だったけど、立地が悪いためか使う人が出てこなかったため、破棄することにした場所。

 その使われなくなった畑は雑草だらけで、一歩足を踏み入れると色々な虫が出てくるから虫嫌いの人にとってはかなりの地獄。


 それにしても縫お姉ちゃんはどうしたの?

 私はただ、動物の声をもう一度聞きたかっただけなのに。

 まず畑に着くとササ先生は袖と袴の裾を折り、帯に挟んだ。

 「では、師匠。虫探しに行きましょう」

 「はぁ? 何でボクが?」

 「――――では~行きますよ~」

 「こ、こら!」

 ササ先生は縫お姉ちゃんを半ば強制的に無視探しに連れて行った。

 で、残された私とワラはどうすればいいの?


 「ウズメ……」

 ワラが私の背中を擦る。

 「……どうしたの、ワラ?」

 「縫さんは何か勘違いしてる」

 「……どういうこと?」

 ワラは私の頬を触りながら続けて話す。


 「……縫さんとウズメの言っていること、嚙み合ってない」

 「噛み合ってない?」

 「縫さんの話していた内容に疑問。ウズメは動物の声を好奇心で聞きたくなった会話をしているはずなのに縫さんは隠し事を自分に話さないことに怒っている」

 ワラはそう言い終えると頬から手を離した。

 「確かに……。そこは私もおかしな気がした。だってその、私の中では縫お姉ちゃんは私のことを理解してくれているから大丈夫と思っていたのに……」

 「けど、ウズメにも非がある」

 「私に……非が?」


 ワラは私をただじっと見つめている。

「別に今理解しろとは言わない」

 ワラはそういうと視線を明後日の方角を向き、石柱のようにまた静かになった。

 どういうことよ……。全く理解できない。

 私に非? 一体どこが非に値するの……。

 あの時の会話を思い出しても私には非の発言はどこにもない。


 すると草が掠れる音が近づき、縫お姉ちゃんが戻ってきた。

 けど、その時の縫お姉ちゃんの顔は先ほどの無表情ではなく、頬を真っ赤に染めて眼は焦点が合っていなかった。

 縫お姉ちゃんは私に近づき、手に乗せている祈りカマキリを私の顔に近づける。

 「い、祈りカマキリ……」

 縫お姉ちゃんの手のひらには少し大きな祈りカマキリが乗っていた。


「祈りカマキリ?」

 縫お姉ちゃんは声を震わせて祈りカマキリを私とワラの近くに持ってきた。

何も言わないけど……。試せって事で良いよね。

でも、どうやるんだっけ?


動物の声を最後に聞いたのは幼稚園年少の時だから何も覚えていない。

確か動物の声は白い獣と同じ感覚でも大丈夫何だっけ?

「動物の声は動物の言霊を受け取る。ただそれだけ」

 「あ……」

 ワラはそう小さな声で私に耳打ちした。

 言霊を受け取る? どうやって?

 焦点を祈りカマキリに合わせればいいのかな? 確か白い獣の時もそうだったし……。 

 よし、やってみるか。

 私は試しに祈りカマキリをじっと見つめた。


 「――――(うむ? 其方はそれがしを見つめてどうなされたか)」

 すると頭の中に渋い声が響いた。

 これがカマキリの声か!

 

 「―――――(ここは見ての通り雑草だらけでありまして、今ここにいるのはイナゴのみで候)」

 あ、これは本当に祈りカマキリの声だ。確信できた!!

 「ウズメ?」

 「聞こえた。祈りカマキリの声……聞こえた」


 「……そう」

 縫お姉ちゃんは安堵の顔を浮かべる

 すると縫お姉ちゃんの後ろの草が騒がしくなり、そこから飛び出してきたのはとても楽しそうなササ先生だった。

 ササ先生は手で飛蝗(ばった)を包んでこちらに駆け足で向かってきた。

 「飛蝗(ばった)連れてきまし―――――」

 「(死ねぇぇぇ!!)」

 祈りカマキリ恐ろしいことを叫び、ササ先生目掛けて飛び上がた。

 ササ先生は一瞬驚いて飛蝗(ばった)から手を離してしまい、祈りカマキリは無慈悲にも飛蝗(ばった)の首を斬り落とした。


 「「「はい?」」」

 同時に発せられた。私とササ先生と縫お姉ちゃんのあっけない声が被る。

 ワラは虚ろな目を向けるだけで何も反応を示さない。

 何だろうこれ?

 いや、確かに祈りカマキリ飛蝗(ばった)を襲うよ? けどこんなこと叫んでたの?


 するとササ先生は「あ!」と声を上げると私の足元に指をさす。

 「……青虫です!」

 そういった途端祈りカマキリの目つきが変わる。

「(親の仇ぃぃぃ!)」

 予想していた通りに先ほどの祈りカマキリは青虫のもとに瞬間移動をし、青虫の体を真っ二つに切り捨てた。

 何だろう……。もう声なんかより、この病んでいるのかもしれないカマキリの療養の方が良いのでは?

 

 「……まぁ、祈りカマキリも生き物なので、何か思うところもあったのでしょう。それにあの祈りカマキリはハリガネムシに寄生されて苛ついていたのかもしれませんのでそっとしておきましょう」

 ササ先生は悟ったかのようなことを言いだす。

 ……まぁ、そうかもですね。

 確かにハリガネムシが腹から飛び出てくる動画を見るととても痛そうですし……。


 でも、ワラの言ってた『私の非』とは何なのだろう?

 ……それに縫お姉ちゃんの言っていた『隠し事』も何故だか考えていくと胸がムズムズする。

 もしかして……『でも、やっぱりまだ自分のことを正直に話すのは怖いかな。これは他人に相談しようにもどうせとろいとしか言われなさそうだしね』……これのことじゃないよね?


 ササ先生は何かを紙に書いた後、私の頬を鉛筆でつついた。

 「それではウズメさん。声聞いてみてどうでしたか?」

 「こ、声ですか? ……声はとても虫とは思えないほど多様性があって……。祈り虫は(カマキリ)は一見よく見る毎週日曜にテレビで放送している戦隊モノの戦士のように見えますが、行動がどう見ても色々と訳アリの漫画とかに出てくる人物みたいだったのと、飛蝗バッタが世紀末みたいな感じだったのが印象かな」


 あ、私どうしてこんなに早口で話しているの!?

 ササ先生の眼を見てみるとにやにやと笑っていて、ワラは相変わらずの石のように感情が出ていない顔。

 せめて貴方は何でもいいから反応して。


 ササ先生は親指を上げるととても懐かしそうに笑う。

 「心配しないでくださいウズメさん。理事長は未だに録画していますから」

 「あ、ははは」

 でも、チカさんのことでしょう? 多分中二ぐらいの感覚から抜けていないだけで、本当は別の趣味が……。

 「幼稚園の頃からですが」

 それは普通に尊敬してもいいと思う。


 

 「師匠」

 「―――――!」

 縫お姉ちゃんは何か言いたげそうにも見えたけど何故かササ先生に止められる。

 するとササ先生は私の方を向き、にっこりと女神のように笑う。

 「では、お次はどうしますか?」

 「え、えーと……」


 さて、どうしようかな?

 この畑はぶっちゃけ言うと虫のみ。

 ここ以外に動物がいるとなれば公園なんだけど……公園でも大丈夫かな?

 もしまた縫お姉ちゃんが公園でも家みたいに怒ってしまうと……すごく目立ちそう。

 「では、公園にしましょう」


 「ササ先生!?」

 「はい。公園は広く落ち着ける場所なのでのんびりする分にはもってこいだからです……。それに、猫、たくさんいるので問題ないですよね。」

 「は、はい」


 私たちはまたササ先生に流される形で公園に行くことになった。


 私たちはその後公園に到着した。

 待って、確かワラ私と縫お姉ちゃんの話は食い違っているって言ってたよね。

 そして私が動物の声を聞きたい理由を話している時に『私を信頼しないで』と言っていたけど私はずっと前から縫お姉ちゃんを信頼しているし、色々と相談をしたりした。


 で、その私が行った迷惑というのは一緒に試しに行くのはその人の時間を使っているわけだから迷惑と考えていた。

 そこを勘違いというのなら私の……私自身の非は?


 すると縫お姉ちゃんは公園のベンチに座っている黒猫を見つけたようで、その黒猫に向かって歩き、捕まえに行った。

 前からだけど縫お姉ちゃんは虫取り少女かと突っ込みたいぐらい動物の捕獲が上手い気がする。

 「あ、あのー……ウズメさん」

 するとササ先生は後ろから声を震わせて耳打ちする。

 「……ササ先生?」

 「その……ごめんなさい」

 「どうして頭下げるのですか?」

 横に振り向くとササ先生は涙目で私を見ていた。


 「実は、今日師匠が不機嫌なのは私のせいなんです……」

 ササ先生はゆっくり話し始めた。

 「今日は特に仕事もなく、暇だったのですが今日の朝たまたま百貨店を歩いている時に師匠に偶然会って、そのまま喫茶店で軽食を済ませているとウズメさんについて聞かれたので話していたんです」


 ここからササ先生は気まずそうに声を震わせながら話し始めた。

 「そ、その時師匠に、『ウズメさんは動物の声を聞きたがっているのですがやり方はご存知ですか?』って聞いたのですが……。そうしたらいきなりお箸を止めて……」

 「それは……どうしてですか?」


 これは別に怒る要素もない気がするのですが……。

 「じ、実は本筋はここにあるんです。その時師匠は『まぁ……方法はあるけどさ』っと意味深に言って。でも言いたそうに見えなかったので……話題を変えようとつい『そういえばウズメさんは組では話せる相手あまりいない印象ですね~』……そういったとたん一気に師匠から嫌な風が起きて……。こうなりました」


 「これ、ササ先生が地雷踏んでいるようにしか見えないのですが」

 私がそういうとササ先生の顔が真っ青になった。

 「―――そうなんですよ。最初ウズメさんのいでの経緯を聞いてあの件で誤解しただけだろうと気づいてはいたんです。でも、畑で師匠を無理やり奥に連れて行ってその誤解を解こうとすると……」


 「すると?」

 私は息をのむ。

 「ほぼ私が紛らわしいことを言ってせいで師匠が本気で勘違いしてウズメさんに酷いことをしてしまったと言うのが今回の流れです……。本当にすみません……」

な、なるほど……。

 まとめると 縫お姉ちゃんが怒っていた原因は喫茶店でササ先生から動物の声を聞く方法を聞いた後、ササ先生が話題を変えようとうっかりそういえばウズメさんは組では話せる相手あまりいない印象ですね~』と言ったところ縫お姉ちゃんの機嫌が悪くなった。

 ……あれ? 何か既視感が。


 動物の声に話せる相手がいない、隠し事……。

 これ……あの幼稚園でのいじめの状況とは違うけどほとんど似ている。

 あの時も私はいじめのことをずっと縫お姉ちゃんに隠し続け、今までの明かしたのはより激しくなった中学二年生の春休み。

 もしかしたら縫お姉ちゃんが言っていたことは『どうして高校でもいじめられていることを動物ではなく私に言わないの』と言ったところ。


 なーんだ。

 ……私の方が酷いじゃない。

 気づけば目が潤っていた。

 「それと、ウズメさん良いですか?」

 「はい」

 「ちなみに私がこの話縫さんにしたかった理由は、確かにウズメさんの為であると同時に、ある女子生徒の頼みだからですよ」

 「ある……女子生徒のですか?」


 「はい。分かりやすく言うとウズメさんの知っている人ですね。でも、まずは師匠と仲直りです」

すると遠くから引っ掻き傷だらけの縫お姉ちゃんがトボトボと帰ってきた。 

 「あ、師匠」

 「――――――」

 「もう、ほら二人はあそこのベンチに座ってください。私はミコト君と行かないといけないところがあるので」

 いや、見る気満々な感じが……。


 「ま、まず聞きたいのですがどこに?」

「決まっています、トイレ探しです。ミコト君、手伝ってくれます?」

 ワラはそういうと首を縦に振る。

 いや―――――。


 「と、トイレはここ周辺にありそうな―――――」

 「では行ってきまーす!!」

 ササ先生はワラの腕を引っ張って、私の言葉を聞かずトイレへと走って向かった。

 はぁ……。

 私は縫お姉ちゃんを見る。

 縫お姉ちゃんも私の同じなのか気まずそうにそわそわしている。うん、そうだよね、家でお互い言いたい放題だったからそれはもう気まずいよね。

 その縫お姉ちゃんは現在進行形で少しどう話そうか迷っているようだから私から話した方が良さそうか。

 「その……まず、あそこのベンチに座りましょ?」

 「う、うん……」

 気まずい空気の中私は縫お姉ちゃんと隣り合わせでベンチに座る。

 これ、どうなんだろう……。


 「ウズメ……。勝手に勘違いして怒っちゃってごめんね」

 縫お姉ちゃんが一足先に喋り始めた。

「その、今回は全てボクが悪い。自分でウズメに信頼してと言っておきながら自分はササとウズメの言葉の真意を信じてあげられず。気づいた時にはウズメとササにさんざん言ってしまった後。こんな人間がお姉ちゃんって呼んでもらうには厚かましいよね」


 そういうと縫お姉ちゃんは立ち上がり、頭を下げた。

 「ぬ、縫お姉ちゃん? あ、頭を上げて! ここ公園だから!!」

 やばい、凄く見てる。色々な人が……野次馬たちが凄く見てる!

 「ウズメ……。ボクは――――――」


 どうしよう、周りの人が凄く見てる……!

 もう縫お姉ちゃんの話が耳に入ってこない……!!

 「でも、これから――――――」

 「分かった、分かったから一旦座って!!」


 それから私が強制的に縫お姉ちゃんを座らせると野次馬は帰っていった。

 本当に真昼間の公園、しかも子供や大人がたくさんいる時間帯でこんなことしないで欲しい。

 縫お姉ちゃんは相変わらず申し訳ない顔で私を見ていた。

 「その、周り見てなくてごめんね」

 「だ、大丈夫……」

 「――――――」


 これ自分の流れに変えちゃっていいよね。

 「もう謝らないでよ縫お姉ちゃん。だって縫お姉ちゃんは私が高校でいじめられているのに、その相談先を動物にしようとしたと思って怒ったんだよね。最初は確かに理由が分からず怖かった。けど、ササ先生の話を聞いて……。怖かったと言うよりとても嬉しかった」

 「そ、そう?」

 「うん。だって小さい時に会った嫌なことを今度こそはと止めに来てくれてるのを知って……勘違いだとしてもそうしてくれると、もし本当にそうなったら同じように対応してくれると希望があるって安心できるもん」


 私は縫お姉ちゃんの胸に手を当てた。

 「だ、だからその。私の中での縫お姉ちゃんはずっと前から私を守って、助けてくれた縫お姉ちゃんのままなの。だから、もう謝らないで……」



 「でも、それを聞いて本当に嬉しかった。だって縫お姉ちゃんはずっと私の大好きな縫お姉ちゃんでいてくれているんだって分かったもん」

私がそういったとたん縫お姉ちゃんは照れて顔が真っ赤になる。

 「そ、それはありがとう。なら……これからもずっとあなたのお姉ちゃんでも良いの?」

 「うん……。ずっとそばにいて欲しい。ずっと、私の傍にいてね……」

 「――――もちろんだよ。ボクの可愛い。ウズメ」

 そして縫お姉ちゃんはそっと私の耳に口を近づける。


 「それからね、ちょっといい情報」

 「――――その情報って?」

 縫お姉ちゃんは少し微笑む。

 「ちょっとササから聞かされたあなたと同じ高校の女子生徒のお願いと合わせて、今から友人とどうやったら関係を深めれるか……話をするね」

 私は縫お姉ちゃんの話をじっくり聞いた……。


――――――――――――。

――――――――。

――――。


 あれから二日が過ぎた月曜日。今日私は少し、ほんの少し前に進んで、心から信頼できる、友人を遊びに誘う……。

 手に握っているワラと縫お姉ちゃん、そしてササ先生と一緒にプリクラで撮った写真を手に握る。

にしても私には、最初からその人を信頼しきっていたんだ。けど、心の奥底には恐怖があった。もし裏切られたら、もし心の奥底では私を嫌っているのではないかと。

 けど、もしそうだったら途中から縁を切っているだろうし、疎遠になっていたはず。

 続いていると言うことは、お互い、無意識化でも心から許せているから。


 その時教室の扉が開き、チヒロさんが入ってきた。

 私は写真を懐に戻すと席を立ってチヒロさんのもとに向かった。


 そして私はチヒロさんに微笑みを向ける。

 「お、おはようチヒロさん。ちょっと相談なんだけど良いかな?」

 チヒロさんは最初少しだけ驚きの顔を見せる。そして徐々に口元が嬉しそうに歪む。

 「はい、良いですよ」

 「あ、あの。もし良かったら―――――」

 私は一回息を大きく吸う。


 「今度一緒に映画見に行かない? そして……帰りは一緒に……プリクラで写真……撮ろ?」

 それを聞いたチヒロさんの顔には嫌がるしぐさは無く、むしろ、逆に楽しみにしていたと言わんばかりの表情を浮かべた。

 「―――もちろん。駄目なはずないじゃないですか。行きましょうか、ウズメさん」

 と、嬉しさを隠しきれない返答をくれた。


 そして私はこれからもこうやって一歩、また一歩進んで、自分から変わろうと心に誓った。




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