星と旅立ち
緑色が輝く暑い時期。びっくりするような豪雨が降りました。そんな天候の中、小さな赤ちゃんが泣いていました。竹で編まれた小さな籠の中で、懸命に泣いていました。
「おんぎゃあああああああ」
だけど、その声は豪雨にかき消され、届きません。小さな力も枯れ果てようとしたとき、一人の老人が通りかかりました。
「・・・・おっ、こりゃあ赤子じゃねえか。ん、どうした?捨てられたのか?」
赤ちゃんは答えません。唯、笑うだけです。
「そうか、そうか。よっしゃ、帰るぞ」
そう言って、籠を持ち上げて帰路につく、老人。帰宅した老人を見た、その妻は仰天。
「そこに抱えてるのは、赤ん坊じゃない。ずぶ濡れで・・・・一体全体どうしたんだい?」
「うん?拾った。育てるぞ!」
老人は平然と答え、おばあさんは更に仰天しました。
「育てるったって、家には蓄えが全然ないんだよ。どうするんだい」
「まあ、何とかなるだろ。任しとけ」
――がっははははっ。
と最後に大笑いをかまし、卓袱台の前に胡坐をかきます。
「あんたらしいっちゃ、あんたらしいわね・・・」
おばあさんも微笑みながら、赤ちゃんの体を拭きました。
「ところであんた。この子の名前は何にするんだい?」
おばあさんの質問に、おじいさんははっきりと答えます。
「俺らの苗字は『家具家』だろ?だから下の名は『姫女』、つまり、家具家 姫女。かぐや姫だ!」
「まあ、かぐや姫かい?そりゃあ、大層なあだ名だこと。・・・・でも、あだ名が苗字や名前より字数が多いのはどうなんだい?」
「・・・・・・・・」
おじいさんは黙りました。少しの時間考え、そして、その後――
「飯っ!」
――と一言言うだけでした。おばあさんは少し呆れ気味に「はい、はい」と支度にかかります。
「考えてなかったのね。まったく・・・」
それから数年後、赤ちゃんはすくすくと成長し、それはそれは美しい、中学三年生へとなりました。
紅色が染める涼しい時期。一人の少女がかぐや姫を呼びました。
「かぐや姫〜。一緒に帰りましょう」
かぐや姫は振り向き、髪の毛が空になびきます。
「月江さん。いいですね。帰りましょう」
かぐや姫を呼んだのは月江 かえり。月江グループと呼ばれる、超大富豪の一人娘です。彼女もまた、可憐な中学三年生。お父さんがどうやら『社会勉強』として、お嬢様学校に通わせず、近くの公立中学校に通わせているらしいです。二人は仲良く歩きます。
「かぐや姫。そういえば、また星の話をして下さらない?あなたの話はとても興味深いですから・・・」
かぐや姫の成績は全体的に中の上といったところで、それほど目立ったものはありませんでした。しかし、天体についてだけは、何故か学者さえ顔負けの知識を持っていました。
「いいですよ。今の季節ですと、丁度・・・・・」
かぐや姫は話し始めます。
その夜、かぐや姫はベランダで、夜空を観察していました。
戸を開ける音がして、振り返るとおばあさんがいました。
「姫女。夏だからって、そんなところにずっといると風邪をひきますよ。いい加減、家へお入り」
「はい、わかりました」
かぐや姫は頷きます。
「・・・おばあさん」
「ん、何だい?」
「拾ってくれて・・・育ててくれて、ありがとうございます」
おばあさんは目を大きく開き、そして微笑ました。
「いいんだよ。家族じゃないか」
ゆっくりと、かぐや姫の頭を撫でます。
白色が凍てつく寒い時期がやってきました。月江はかぐや姫に言います。
「かぐや姫、あなたは進路をどこにするか決めましたの?」
かぐや姫は片手を左右に振りました。否定のサインです
「いいえ。でも、この近くの高校に通うつもりです」
その答えに、月江はパンッと手を合せました。
「ならば、月江グループで働きませんこと?この前、父上が国外で宇宙の研究をしよう、と言っていましたの。あなたの知識で是非、先陣を切って下さい。もちろん、中卒になりますが、高校へ行かなくとも、あなたの知識はもはや学者レベルです。給料ももちろん払いますし、宿舎も用意します。どうしでしょう、悪い条件はないと思いますけど・・・・」
月江は笑います。
「・・・・・・」
でも、かぐや姫は黙りました。
「・・・・どうしましたの、かぐや姫?」
かぐや姫は少し考えたのち、結局首を横に振りました。「ごめんなさい・・・・。私、近くの高校へ行きます」
その答えに月江は驚きました。
「どうしてですか!?あなたほどの才能。宝の持ち腐れにするつもりですか?」
「・・・・・・ごめんなさい」
それだけ言って、立ち去りました。
「かぐや姫・・・・」
月江は一人、残されます。
その夜。また、かぐや姫は天体観測をしていました。まるで、愛しそうに・・・・星を眺めていました。
すると、下の階から小さな声が聞こえました。かぐや姫が忍び足で近寄り、覗いてみると、月江とおじいさんが話していました。
「どうか、あなた方からも言ってもらえないでしょうか?親友であるかぐや姫が私の元に来てもらえるように・・・」
そこで、おじいさんも喋りました。
「実は、あんた以外にも、いろんなところから噂嗅ぎつけて、娘に声をかかけた連中がいやがんだ」
「と、いいますと?」
「石作高等学校とか車持高等学校とか阿倍学園とかいったけな?大納言大付属とかいうのもありやがった。しまいには、石上エンタープライズとかいう会社からも声がかかってやがったな」
「・・・・すべて、有名どころですね。で、結果は?」
「へん。言うまでもねえ。全部、無理難題突きつけて断わりやがった」
「・・・・全部、ですか?」
「・・・・全部、だ」
月江は腕を組み、思考を張り巡らせました。
「何故でしょうか?そんな有名なところから声がかかっても、断るなんて・・・」
「さあな。将来の夢が天文学者以外にあって、そっちの方に行きたいから、全部断ったってわけでもなさそうだしな。天体が嫌いってわけでもねえ」
「だったら―――」
月江の言葉はそこで途切れました。
「私は行きません。」ピシャリとかぐや姫が言葉を切ったからです。「私は行く気がありません。こんな夜分に来ていただいて失礼ですが帰って下さい」
「でも、かぐや姫・・・・・」
月江がしがみつこうとしても、
「帰って下さい」
かぐや姫は冷たく言います。月江はしぶしぶ外へ出て行きました。
「いつになっても構いません。気が変わるのを待っています。」
そう言い残して。
かぐや姫は再び、ベランダに戻りました。星空を仰ぎ見ます。
「ほれ、そんな顔をする」
声をする方を見ると、おじいさんがいました。
「なんでい。星が好きで堪んねえんだろ?」
「・・・・・」
「だったら、どうして月江ちゃんとこいかないいんだ?月江ちゃんなら、お前を悪いようには使わないだろ?」
「・・・・・」
かぐや姫は無言のまま、星の観察を終え、おじいさんの横を通り過ぎました。
その時――
「選ぶのは怖ええか?」
――おじいさんが呟きます。
かぐや姫は足を止めました。おじいさんはもう一度、次は強く言いました。
「選ぶのは怖ええか?」
「・・・・・・」
かぐや姫は何も語ろうとしません。でも、おじいさんは続けます。
「選ぶのは怖いだろ。未来っていうのはそんなもんだ。どれが一番正しい道か、わかりやしない。・・・・だがな、肝心なのはどの道を歩むかじゃない。 どんなふうに歩むかだ」
「!」
かぐや姫は目を開けました。
「・・・・俺は、な。若いころ、家業継がずに無一文で家を飛び出した。これと言った目標もなく、な。選ぶにしては最悪の道だったがよ、間違えたとは思っちゃいない。おかげで、ばあさんとも会えたし、よ・・・・・」
おじいさんはその大きな手で、かぐや姫を撫でました。
「お前とも会えたし、な」
「うっうっうっうあああああああああん!」
かぐや姫は泣き崩れ、やっと口を開きました。
「月江さんの元で・・・・元で、研究するには・・・・国外に行かないといけないんです・・・・・・。私は・・・・おじいさんに拾われてから・・・・何もしていません。おばあさんにも、おじいさんにも、何もしてあげられて・・・・ません。したいのに・・・・何も・・・。なのに、国外になんて・・・・」
「はっ。しなくていいよ。生きていればそれでいい。ひとり立ちしろ。世界の果てでも、どこでもいい。生きてればそれでいいから、ひとり立ちしな」
おじいさんは、その言葉を最後に、かぐや姫の顔を胸に押しつけました。かぐや姫は、大声で泣きます。おばあさんも近づいて、二人を包みました。
桃色が踊る暖かい時期。かぐや姫は月江と一緒に、空港にいました。
「がんばれよ」
「でも、病気にならないでね・・・」
おじいさんとおばあさんがメッセージを送ったのち、月江が言います。
「任せて下さい。必ず、この私がかぐや姫を幸せにして見せますわ」
胸を張って、拳でたたきました。
「では、行ってきます」
かぐや姫は両親に向って、お辞儀し、笑いました。
そして、飛行機が飛び立ちました。
空に輝く星々はいつも、雲や街路灯によって消されてしまいます。でも、世界中、どの空にも星はあるのです。見えないだけで、輝いているのです。
今日も、夜空には満面の星が瞬きます。
読了感謝
作品の感想、改善点などを教えてくれるとうれしいです。
よし、これからもがんばるぞお!