消える書店、頑張る小さな出版社
本の売れない時代、出版不況と呼ばれる現代。出版社と取次の倒産は続き、町から書店が消えていく。
本を読むのが好きな人間にとっては、寂しさを感じるこの時代。
本の売上は年々減少し、1996年の2兆6563億円をピークとして2017年の売上は1兆3701億円と1兆円以上も減少している。
2018年の紙の出版物(書籍、雑誌の合計)の推定販売金額は前年比5.7%減の1兆2,921億円で14年連続のマイナス。
1990年代の終わりに2万3000店ほどあった書店は、2018年には1万2026店にまで減少。ただ、数字には売り場のない事務所や雑誌スタンドなども含まれている。
書籍を販売している店舗としては、図書カード取扱店数が8,172店(2019年8月31日)であり、これが日本の書店の実態に近い数字だろう。
2000年からは1日3軒のペースで日本から書店が消えている。
書店が地域に1店舗もない『書店ゼロ自治体』も増えている。これを『文化拠点の衰退』と危惧する声も強い。
本を売る店が減少し、これから増えるとも思えない。日本では人口減少からも、書籍購入者が増える見込みは無い。
この出版不況はいつまで続くのか? いつ好況と呼ばれる状態に変わるのか?
終わりが見えないものを、一時の不況のように言うのが間違っているのかもしれない。
そんな時代の中で小さな出版社が頑張っている。
今回、例に出すのはミシマ社。
■ミシマ社とは?
株式会社ミシマ社は2006年10月に設立。一人起業の一人出版社から始まる。
2007年6月より直販による自社営業を開始。『一冊入魂』をモットーにし、取次を介さず書店と直接取引を行うという営業戦略を執っている。
出版社の原点回帰をテーマに掲げ、新たな流通の形を模索しているミシマ社。
日本では通常、出版社と書店は取次を介して書籍をやり取りする。
出版社が書店との直取引をすることによるメリットは、出版社と書店の利益増。デメリットは手間が増えること。
書店が書籍を販売するとき、書店の利益は約20%。これがミシマ社の書籍であれば手間が増える代わりに書店の利益は30%に上がる。
例えば1000円の本を売る際、通常の出版社の本であれば書店の利益は約200円。これがミシマ社の本であれば書店の利益は300円と1.5倍の違いがある。
書店の利益を守ることが本を売る場を守り、出版業界そのものを守ることに繋がる。
日本ではこの書店の利益率の低さが書店の閉店、書店で勤める者の離職率の高さへと繋がっている。
例えばドイツと比較するとドイツでの書店の利益率は約40%。これは本好きのドイツの国民性を基に、業界が一致団結し出版業界の利益を守ろうとしてできた数字だ。
一方で日本では雑誌の売り上げが出版業界の主な利益であった。薄利多売の雑誌が売れる時代でも、書店の利益率は問題であった。
雑誌の売り上げが低迷し、書店の利益が減少し日本では次々と書店が閉店していくことになった。
大量生産、薄利多売が通用しなくなった現代において、出版社有利の習慣から産まれた、出版社と書店の歪な関係が浮き彫りになった。
これをミシマ社のミシマガジンでは、出版業界の不平等条約と例えている。
小さな独立系書店がどれだけ努力しても、書籍の売り上げだけでは経営が持たない。業界の構造に問題があるのを、雑誌の売り上げで誤魔化していたようなものではないか。
これまで利益を出していた雑誌販売が低迷することで、業界の問題が顕になった。
■構造改革に乗り出す出版業界
2019年、青山ブックセンターが店舗の取り組みの一環として出版事業を始めると発表。
これまで受け身過ぎるという書店が、書店の利益を守り顧客に必要な本を作り届けるために、書店が出版を行うという。
アマゾンジャパンは書籍について、取次を通さず出版社から直接仕入れて販売する『買切り取引』を開始すると発表。
2019年中に本格的に開始する予定だという。
買い切りであるため在庫の返品の心配が無くなり、出版社にとってメリットがある。
また、在庫が発生したときにはアマゾンが出版社と売り方を相談し、割り引き価格での販売も視野に入れているという。
新刊の書籍でも割り引きでの販売が可能となれば、書籍の販売というシェアを新古書店から奪い返すことも可能かもしれない。
KADOKAWAは2015年ごろからアマゾンや紀伊國屋書店などとの直取引を開始。直取引をする店舗は1000店を超え、今後3000店以上に増やす計画とのこと。
PODを活用し倉庫の必要性を圧縮していくと見られる。
また取次を介すると注文してから本が書店に届くのに1週間はかかる。これを書店との直取引により最短1日で本を届け、販売機会を迅速に得ようというもののようだ。
これらは2006年より業界を改革しようとしてきたミシマ社の成功が影響しているのではないか。
書店との直取引に拘り、出版社と書店の距離を縮めるミシマ社。これまでの取次を介する流通が当然とする出版業界への、反抗とも言えるような経営方針。
古い出版社の経営者には『そんなの絶対に無理だ』と言われ続けたという。だが、動き出せば『こういう出版社を待っていた』と書店から声が上がる。
■脱、薄利多売
大量生産、薄利多売が不可能となり、その結果として物を売る店が利益が出ないと閉めていく。
物を売る店が少なくなり買い物難民という言葉が産まれる時代。
店が少なくなったのに消費が拡大すれば景気が良くなる、というのは過去を懐かしむ妄言で今の時代には通用しない。
多売が無理となれば、利益を守るには脱・薄利を目指す。
ミシマ社では少部数での書籍販売でも、出版社と書店が利益を守る方法を目指すという。
2019年5月には『ちいさいミシマ社』という新レーベルを立ち上げた。
『このレーベルでは、市場は小さいけれども確実にファンがいる層に向けた本を制作し、初版部数を絞って出版します。取次を介さず直接、書店に営業をかけ、買い切り55%で卸します。書店にとっては利益率が高くなるのがメリット。弊社にとっては、返品がなくなり、ピンポイントに本を届けられるのがメリットです』
卸し55%だと書店の利益率は45%。
他の出版社の書籍の利益率を約20%とすると、例えば1冊1000円の書籍を販売した場合。
通常であれば書店の利益は約200円。
それが『小さいミシマ社』レーベルのものであれば書店の利益は約450円。2倍以上の差がある。
書店の利益を守ることで本を売る店を守る。結果的に出版業界全体を守ることへと繋がる。
『小さいミシマ社』というレーベルには、創業以来、大きくしないことを目標とする創業者の思いが込められている。
少部数の小商いでも経営できる、小さな出版社と町の本屋さん。
そして著者と編集の感じるおもしろいの熱量を、失うことなく読者に届ける本作り。一冊入魂。
商品としての完成度を高めることで、初版小部数でも評判となり重版がかかる。まさしく出版社の原点回帰と呼べるだろう。
■変革する出版業界
イギリスではデジタル化が進み迅速な出版が可能ともなり、印刷業者、仲介業者、出版社、書店を介さずに、著者から読書へと繋がる流通も行われるようになっている。
ブックエージェントやオンライン書店が出版社の代わりを勤める、印刷業者が直接書籍印刷の受注をする、図書館司書が大学出版社の役割を果たす、など流通に新しい多用なやり方が増えている。
今の日本の書籍返品率は30%から40%。返品率がこれほど高いのは、多くの出版物を書店の注文に基づかずに送る『配本制度』の為。
この仕組みを根本的に見直し、返品率を大幅に引き下げることができれば、日本でも人々を引きつける魅力を備えた書店なら、まだまだ開店、営業していくことが可能ともいう。
そのためには書店が出版社を選び、書店に置く本を選ぶという権力を、書店が取り戻す必要がある。
書店が出版社と直取引をし、自分の店に置く商品を自分で選べるように。
これが可能となれば品揃えでも個性的な書店が現れる。また、40%近い返品の扱いに時間を取られることも無くなる。
かつては上手く回っていたものの、今の時代には対応していないシステム、慣習。景気の良かった時代を忘れられず、未だに負の遺産ともいうべきやり方を変えられない業界。
単身そこに切り込み、古き因習を打ち破る革命的なミシマ社の挑戦に賛辞を送り、今後の活躍を見せて貰いたい。
そして多種多様な本が並ぶ、町の本屋さんが増えることを切に願う。