ゆめかたり
西暦何年なのか・・・。
そもそも、「西暦」という暦を使っているのか?
その時系列がどういう歴史を辿って来たかは俺は知らない。
ただそこに僕はいた。
何気ない話である。
面白くもない、思い出話。
世界中がパニックを起こした日
その日まで、俺たちは男5人で船を使い無茶をするのが日常だった。
免許も無ければ船もお世辞にもきれいな船とは言えない。
ただ5人が隠れ家として使うには「ちょうど良かった」のだ。
酒を片手にあっちへフラフラこっちへフラフラ。
この時系列と比べ、武装していない、漁もしていないこういった不良船に対して様々な国は温かく迎えてくれる事が多かった。
俺たちの最期の航海は日本の様な国からインドネシアの様な国へのバカンスであった。
様な国と付け加えたのは、俺が体験した話じゃなく・・・いや、最後に全ては無そう。
それまでは○○の様な国との表記は控え、日本に見えたら日本と書くことにするよ。
とにかくインドネシアの中でも人のいない島を探し、上陸。
酒を飲みながら探検するのが俺たちの楽しみであった。
おあつらえ向きの島に、用意された様な洞窟。
俺たちは喜び勇んで入っていった。
洞窟の中で見たものは今でも忘れられない。
海洋汚染が凝縮された様な風景を俺たちは目の当たりにしたのだ。
グロテスクな色をした魚はところどころ蛍光色で光を発し、「掴もう」という気すら起こさせない。
その魚が我々向けて飛んできた時にはさすがに焦った。
皆、運よく交わしたが、魚は卵の腐った臭いを出しながら死んでいった。
傍にいた友人が「気味が悪いから帰ろう」と言い皆それに賛成し洞窟を後にする。
運悪く魚のすぐそばにいた友人の一人が「具合が悪い」と言い出したので、船に戻り日本へ戻ることにした。
とはいえ、この時系列では航空機でインドネシアに行くとしても約18時間以上かかる。
その時系列は技術がかなり進歩しているのか、インドネシアからでも飛ばせば一週間くらいで東京に辿り着けた。
それも天候に左右されずである。
具合の悪かった友人は4日程は食事は少なかったが摂取し、安静にさせていた。
しかし6日目には死因不明で亡くなってしまう。
海に死はつきものであり、ましてや波に流されず遺体が残った故、皆で彼を棺桶に入れ、ドライアイスを一緒に居れ彼の遺体が腐敗しない様に防腐処理を施した。
友人が死んだというショックもあり、誰も口を開かず、海の真ん中でただ星空を眺めていた。
ただただ遠くを眺め、口に出さずとも各々に彼の死を悼んでいた。
誰のせい?なんて野暮な事を言う奴もいなかった。
運が悪かったんだ。
いや、この後の惨劇を見なくて済むなら運が良かったのかもしれない。
遠くに巨大な海洋生物を目視した。
「クジラ・・・それにしては大きい。」
その生物は友人の死臭をかぎ取り船を見つけ追ってきたのだ。
しかし当時の我々にはそんな事情知る由もなく、ただこの生き物を日本に近づけない様にしなければならない。
と航路を変更し北太平洋の方に舵をとった。
その間、日本の軍施設などに巨大海洋生物の存在を通報し救助指示を待ったのだが、混線しているのか、普段なら「ありえない」事が3つ以上起こってしまった。
一つは「蛍光色の魚」一つは「原因不明の友人の死」一つは「超巨大海洋生物の存在」最後に「軍関係、海上保安庁関係の無線の混線」
何かが起こっているのだ、それも我々が日本を離れた直後位から「ソレ」は起こり始め今なお脅威になっているのだ。
友人を柩に入れた際にその死臭を吸い具合の悪くなった者が新たに現れた。
彼はもはや自分の死を確信し、それでも一人では死にたくないと友人の柩を担いで超巨大海洋生物へと向かって海の中へ消えていった。
我々はこの道の生物たちを「モンスター」と呼称する事とし、世界未曽有の危機になるかもしれないこの事件を一刻も早く政府に伝えなければと日本へと急いだ。
五名の内二人が死に、残った三名には過酷な運命が待っていた。
その内の一人は俺である。
もう一人はどこかの金持の息子なのだが冒険心や野心が強く、気があった。
そしてもう一人が喧嘩仲間である。
お互いにも喧嘩をするが、互に背を貸し合う事もよくあった。
日本に着いた俺たちを待っていたのは拘束である。
やはり見てはいけないものを見たのだろう。
国の研究者たちは海の魚が既に蛍光色を帯び始めているのを知っていた。
俺は逆上する
「お前たちどこまで知ってんだよ!!海の生き物があんなふうになった理由も知っているのか!?」
その慟哭とも呼べる叫びを受け止めた紳士が一人。
「それを今から死ぬ者が知ってどうするのだね?」
金持の息子が
「父上!!」
と紳士を呼ぶ。
どうやら二人は親子らしい。
「馬鹿息子を洗浄室へ、後は海にでも消えてもらう。」
金持の息子は最後の瞬間まで三人一緒でないと行かないと言い張り近づいてきたシークレットサービスを合気道やボクシングなど様々な抵抗を見せたが、麻酔銃の餌食となり連れていかれた。
この後残った俺たち二人は、どちらか一人でも生き残るために戦った。
まぁ、その結果、俺が生き残ってしまったのだが。
俺は逃亡の際に運が良いのか悪いのか、ここの研究者と出会った。
我々が船を停泊させられた場所は海洋環境科学研究センターと云う所らしく、我々が見て来た事はインドネシアだけではなく地球全体の問題であり、海が急な異常を見せ始めたのは我々が出港した後であるという事を聞き出した。
彼らは超巨大海洋生物の事は全く知らなかった。
隠れて情報交換をしていたところに研究員のGPSを追って追撃者がやってきた。
研究者は俺が自分たちの持っていない情報を持っていると言い、助命をさせる。
追撃者は
「離すだけなら足はいらんだろ?」
と言い俺の両足をレーザー銃で焼き切った。
そこからの記憶は途切れ途切れである。
金持の息子が泣いて俺にすがって
「必ずその足を俺が再生させる」
と誓っていた。
俺は
「気にすんな、それよりお前はお前に出来る事を俺たちの代わりに一生懸命やってくれ」
と言った。
何度かの事情聴取の後、監視付きで釈放されたおれは両足の無い違和感を感じながらあの研究施設から一人出所した。
それから1年後世界は変わった。
急激な地殻変動、今まで発表されなかった蛍光色の魚たち、一つの文明の終わり。
俺はテレビやニュースを全く信用できなくなった。
彼らは蛍光色の魚の重要な部分を隠していたのである。
「死臭を嗅ぎ、食欲不振をもたらすとそれは死の入り口である」事だ。
大陸は割れ、殆どの国家が海洋国家となり、それまでの武装兵器が使われないまま海へと飲み込まれていった。
未知の海に兵器惜しさに人命を捨てる国家は最初はあったが、今は殆どの国家が諦め、残った人間たちも畜産や農業を中心に、漁業は魚の蛍光色さえなければ食べられるということも発見され、俺はこじんまりとした村で暮らしている。
死期というのがわかるのか俺の寿命はやはり他人より短命であった。
俺は自分が死んだ後は必ず海へ廃棄する事を村人たちによくよく言い聞かせ、村人たちはそんな俺の為に義足を作ってくれた。
義足を履いて立ち上がり夕陽を見た俺は泣いていた。
村長に
「俺の墓にはさ、俺は両足でしっかり大地を踏みしめた事を彫っておいてくれないか?」
と頼んだ。
村長は不思議がったが、二つ返事で快諾してくれた。
こうして俺の物語は終わる。
後日ヘリコプターで俺の居場所を突き止めた紳士が俺の墓に抱き着くようにして泣いていたのは別の物語だ。
俺は自分の時間軸で体験したことを迷惑かもしれないが君に飛ばした。
なんか残しておきたくてね、君は夢という形で追体験するだろう。
それは楽しい事だけじゃない、足を斬られた時だってすげぇ痛かったし。
ただ、誰かに知っていて欲しかったんだ。
君の時間軸で君はどう過ごしているかは俺には想像もつかない。
だけど、こういう可能性もあったって事を見て欲しかったんだ。
迷惑だったらごめんよ。
君がどんな状況にあれ、幸せになってくれ。
いつも読んでいただき有難うございます
誤字脱字等ありましたらご指摘いただければ幸いです。
今後もよろしくお願いします。