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レベル1の魔王様は遠慮しない!  作者: サトウロン
99/142

レベル98 影将初陣

更新再開です。


変なところから始まりますが、投稿ミスとかじゃないですよ。



「ま、まさか!? このわしがこうも見事にやられるなど!」


天装、天剣絶刀まで使ったその老人は、全てを打ち砕かれ地に伏していた。

見下ろすのは女。


「うふふ。最強のヴァンドレア卿といえど大したことないんですね」


黒と紫のドレスを身につけ、鎧や武器の類いは一切持っていない。

しかし、戦いの結果は明白だった。

ヴァンドレアは敗れ、女が勝ったのだ。


ヴァンドレアはその女のことを思い出した。

死んだはずの、その女を。




冬。


グランデ王国の反魔王勢力を糾合したヴァンドレアは魔王軍の駐屯する王都へ向け進軍した。

雪の少ない冬だったことが幸いして集まった反魔王軍は一万を超え、そして時を置かず王都の前へ布陣した。

万の軍勢をもって、魔王軍を威嚇しヴァンドレア必殺の陽動包囲戦へと持ち込む。

雪にまぎれるように白い鎧を支給した反魔王軍は囮となる千の軽騎兵を挑発するように王都の前を走り回らせた。


「ヴァンドレア様、あれでは軽騎兵がやられてしまいます」


青ざめた顔の副官がそう伝える。

ヴァンドレアは笑って答える。


「やられる前に退くのだ」


「こちらが攻めているのに、ですか?」


「そうよ。退く敵を追わない兵はおるまい? ともすれば将も釣れるぞ」


「退いてどうするのです?」


ヴァンドレアは後ろの雪に覆われた平野を指した。


「あの平野にはな、白い鎧をつけた三千人の部隊が三つ、囲むように配置しておる。そこに、だ。千の敵を追って走ってきた部隊がいるとしたら?」


 副官は想像した。

 軽騎兵を追ってくる敵の大軍、それらは何も無い様に見える平原に誘い込まれる。

 そこに三方向から包囲してくる合計9千人。

 敵兵が勝てるわけがない。

 

「勝ちです」


「だろう? さらに言えばだ。陽動部隊が軽騎兵なのも理由がある。一つは装備が軽く、騎乗しているため機動力がある。そのため余力を残して敵を誘い込めるというわけだ。さらにもう一つ、その余力を使って敵を誘い込んだあとに、敵軍の後背を突くことができる」


 副官の脳内戦況図の軽騎兵が余裕を見せる表情で、反転し敵を迂回、そして敵の背後を突く光景が流れた。


「す、すごいです。これは勝ちです! 勝ち確定ですよ」


「キディスの奴らには百発百中での、先代のノースガントレー伯なぞ、これに引っかかりすぎて最後には攻めてこんようになった」


 キディスの北方守護職であり、キディスの最高戦力のノースガントレー家の恥部である。

 現在の当主ボルゾンの活躍と、ヴァンドレアの引退でその敗北の歴史は忘れられつつある。


「さあて、どんな部隊をどんな数で出してくるか。これによってあの軍師殿の力量が測れるというものよ」


 まさか、同数ではあるまい。

 確実に勝つには三倍、あるいは四倍か?

 どれほどの兵数で来ようと構わない。

 こちらは千に見せかけた一万の兵で包囲し、すりつぶすだけだ。


 挑発を始めて一時間ほどたった。

 ついに王都の城門が開き、魔王軍が出撃してくる。


 それを見たとき、ヴァンドレアは驚きに目を見開いた。


「ヴァンドレア様……これは一体?」


「バカな……一人だと?」


 出てきたのは一人。

 女だ。

 小麦色の髪を長く伸ばし、黒い猫の髪留めをしている。

 黒と紫のドレス。

武器は、ない。

強いて言うなら細いナイフは持っているが、あれでは戦えない。


 女に見覚えがある、不意にヴァンドレアは気付いた。

 雰囲気も、武装も何もかも違うが、この女を知っている。

 同じ陣営で共に戦ったこともある。


 そして、彼女は死んだ。

 否、死んだ、と聞かされただけだ。

 あのアトロールの軍師が生きているのだから、その仲間である彼女も生きていて当然ではないか。

 と、ヴァンドレアは思い至った。


「アグリス・ルデット」


 口がその名を呟いた。


「これは、ヴァンドレア卿に覚えていてもらえたとは望外の喜びです」


 アグリスは笑顔を見せる。


「確か、職は騎士だったと思ったがな?」


 守備に重きを置いた前衛系戦士職、それが”騎士”だ。

 その職についていたはずのアグリスが丸腰で出てきた事に、ヴァンドレアは不吉な予感を覚えていた。


「転職したんです。歌が凄く上手い方に出会いまして」


「そう、か。転職……行けッ」


 会話もそこそこにヴァンドレアは軽騎兵を突っ込ませる。

 たとえ一人で、女性で、知り合いであろうと敵は敵だ。

 会話をするような余裕は双方ともにない。

 悪いが見せしめに殺させてもらう。


 千人の軽騎兵がアグリスを目指す。


「ああ、せっかちなんですね? 自己紹介もまだなのに……生きとし生けるものよ眠れ”ナイトメア”」


 そのスキルの発動とともに、千人の軽騎兵とその乗馬がバタバタと崩れ落ちた。


「な、一撃!?」


「いいえ、寝てもらっただけです。私が解除するまで起きないですけど」


 千人単位で眠らせるだと?

 そんなの相手になるはずがない。

 

「ぐ、だがまだ兵はいる」

  

 ヴァンドレアは潜ませていた兵に合図を送る。

 9千人の兵は雄たけびをあげて、平野から攻め寄せる。

 陽動包囲作戦は敵が陽動より多い時によくはまる。

 相手が一人なら無駄にすぎる。

ここは、陽動包囲策は温存しておく。

 それに切札は最後までとっておくのがヴァンドレアの流儀だ。


「ああ、こんなにいたんですね。じゃあ、相手をする前に自己紹介を。私は魔王軍”影将”アグリス・ヒュプノス。眠りを司るスキル群で戦います」


「魔王軍の、魔将になったか。ならば、この力も頷ける。だが、これほどの大軍、眠らせることなぞできまい」


 たとえ千人眠らされても、残り八千人がアグリスを殺す。

 そう考えたヴァンドレアの頭にアグリスの声が響く。


「精霊よ眠れ”パンタソス”」


 ずん、と体が重くなったような感覚。

 それはヴァンドレアだけではなく、副官も、そして今まさに攻撃しようとしていた反魔王軍九千人全てが感じていた。


「何を」


 した、というヴァンドレアの問いは発せられなかった。

口は動くが、声が出ない。

 なぜならば、この場に満ちていた大気の精霊が眠ってしまったためだ。

 動く事の無い大気は、その場の全てをからみとる不可視の網。

 そして、循環することのない大気は一つの深刻な事態を引き起こす。


 呼吸ができない。


 酸素を取り入れることができなくなった反魔王軍の兵らは、顔を赤くしたり青くしたり、なんとか呼吸をしようと動いて見たりするが、やがて窒息し意識を失い、死んで行く。

 緩慢な大気に妨害されて倒れることもできなくなった彼らの亡骸はゆらゆらと雪原の上で揺れるのみだ。


 ただ一人、ヴァンドレアを除いて。

 魔力の放出、そして自身の中に埋め込まれた神の力を解放。

 ”天装”の鎧を身にまとったヴァンドレアは、神の力で眠れる大気を吹き飛ばした。

 そして新鮮な大気が流れ込み、ヴァンドレアの肺に取り込まれていく。

 たまたま近くにいた副官を除いて、たった一瞬で反魔王軍は壊滅した。


「貴様、正々堂々という言葉を知らぬようだな!」


「正々堂々? ここが一騎打ちの会場とでも思っていたのですか? 私達は今まさに戦争をしていたのですよ」


 アグリスは一歩前に出る。


「天剣絶刀オブセシオン」


 ヴァンドレアは緑に輝く水晶のような刀身の大剣をどこからか取り出す。

 天装し、オブセシオンを装備したヴァンドレアこそ一騎当千の、最強の武人だ。


 ヴァンドレアは切りかかった。

 精霊をも眠らせるなら、その精霊ごと叩ききるのみ!


「眠れ”モルフェウス”」


 そのスキルの発動をヴァンドレアは聞いた。


< だが、ヴァンドレアの大剣オブセシオンはスキルの発動関係なく、アグリスを真っ二つに切り裂いた。


「どうだ、これこそが神に選ばれしものの剣、卑怯な手では勝てぬのだ」


 すでにアグリスは事切れ、答えることは無い。


「ヴァンドレア様!」


 副官と生き延びた将兵らが近づいてくる。

 その数は五千はいようか。

 だが、これくらいならば魔王に圧迫を与えるのには十分。

 ここから巻き返すのだ! >


 気付くと、ヴァンドレアは倒れていた。

 体は冷たく、指一本動かせない。


「楽しい夢、見られました?」


 上から見下ろすアグリスに、ヴァンドレアは自分が夢を見せられていたことに気付いた。

 そしてなんらかの手段で、殺されかけていることも。


「ま、まさか!? このわしがこうも見事にやられるなど!」


 ヴァンドレアは搾りだすようにそう言った。


〈〉の部分はヴァンドレアの見せられていた夢です。


次回!キースが動く。魔王様の知らないうちに事態はどんどん動いていくのだった。


明日更新予定です。

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