レベル95 君ともういちど
「こちらか」
意外にも大賢者の埋葬地はちょっとした観光地だったようで、聖堂にはいくつも案内板が設けられており、魔王たちは迷わずに墓地まで行くことができた。
地下にあるその墓地には、ただ一人大賢者アーセムの墓だけがある。
墓標がわりに、彼が使っていた杖が飾られている。
長い間、放置されていた割にはキレイなままだ。
『指導者にして、魔王を封印せし者。大賢者アーセムここに眠る』
杖の飾られている台座にはそう刻まれている。
「来たぞ、大賢者」
薄暗い地下墓地に青白い光が灯る。
魔力光だ。
その光が杖に集まり、複雑な模様を描く。
「ラス様、これは!?」
「霊魂ではなく、召喚しておるぞ。どこから、これは過去の世界から!?」
魔力の紋様は立体的な召喚魔法陣を形成し、それを呼び出す。
うっすらと、やがて実体が現れる。
魔王の記憶にあるのと、やや違っているのは頭髪が真っ白になっているからだろう。
「久しいな、大賢者」
「・・・・・・魔王殿か。ここにいると言うことは、ベルへイムが陥落したか」
「いや、そなたの幻影に呼ばれたのだ」
「なんと!? 改心したと? 人間を滅ぼすことを諦めたというのか?」
「うむ。余は封印から目覚めて以来、さまざまな人間と触れ合ってきた。そして、このまま滅ぼすのは惜しいという結論に達した」
「封印から目覚めた? ここは何年後なのだ?」
「あの魔王城での戦いから五百年たっておる」
「半永久的に使えるよう魔法陣を組んだが、五百年持ったか。しかし、あまりに静か過ぎる」
「同じ時代を生きた同士、余が今に至るまでの説明をしてやろう」
魔王は、大賢者にこれまでの話をした。
魔王軍の衰退、勇者の登場、ジャガーノーンと勇者の死、ベルスローンの勃興とベルへイムの消滅、魔王の封印から目覚めたあとの冒険、神との戦い、そして亀裂。
魔王や魔族がなぜ人類滅亡を目論んだか、そしてその原因である亀裂の存在にまで踏み込んで説明した。
ベルへイムが放棄され無くなったことに、アーセムがショックを受けていたようだった。
「魔王殿の説明でだいたい状況がわかりました。これはあの時の封印を解かねばなりますまい」
アーセムは詠唱を開始する。
「また、禁呪を使うのではないだろうな?」
魔王の問いに大賢者はフッと笑った。
「百詩のくびきは解かれたり、かの者を百なる紙片に分けし、我が呪いは今ほどけ、かの者は真なる歩みをはじむる時なり”百詩篇解呪”」
魔王の体内から、魔力がほとばしる。
それは、一冊の本の形をとる。
本はパラパラとページを開き、そして光の粒となって消えた。
魔王は手を握ったり、開いたりして肉体の齟齬を確かめる。
「何も変わりはないようだが」
「ステータスを確認してもらえれば」
言われたとおり、魔王は”天凛の窓”を開き、ステータスを確認する。
魔王ラスヴェート レベル1
HP 15000
MP 7500
スタミナ 3200
力 1500
守 1500
速 1500
魔 1500
運 1500
「なんだ、これは!?」
「どうやら、人間のレベル制に慣れすぎたようですな。今までの冒険で得たステータスをレベル1とし、新たに成長する余地ができたということでしょう」
「こんなレベル1がおるか!」
「魔王として、今までレベル1だったということですな」
「ぬう。しばらく見ない間に性格が変わりおったな」
「七面倒な政治なんてものに手を出してしまいましたからな」
「・・・・・・お前に封印されて良かったと今は思える」
「そう言っていただければ、封印冥利につきますな」
「そなたは死ぬのか?」
「まあ、死ぬでしょう」
「そうか。また会おうとは言えぬか」
「死ぬ前に何か残しておきましょう。魔王殿、あなたと戦い、生き残ったことは我が生涯の誇りです。その名を知らしめていただければ、私の名声もさらに高まるというもの。どうかご活躍ください」
「またそのような生臭いことを言う。まあ良い。余と戦い、封印した唯一の人物として名を残してやるとしよう」
「では、そろそろ時が来ました。これほどの魔法陣はもう二度と組めぬゆえ、これが最後です」
「さらばだ。アーセム」
「最後に魔王殿の名を教えてくださらぬか?」
「余の名は、ラスヴェート。黎明の魔王ラスヴェートだ」
「ラスヴェート殿・・・・・・それでは」
ふっと、大賢者の姿とともに地下墓地を照らしていた青白い魔力光が消えた。
時間移動魔法を維持し続けていた触媒の杖は、長期間の役目を終えぼろぼろと崩れ落ちた。
魔王もメルチもしばらくの間、沈黙していた。
大賢者のことを思い起こしていた。
「・・・・・・ラス様。大賢者様が何かを残している、と仰ってませんでしたか?」
「うむ。そういえば、そのようなことを言っていたな」
よく見ると、台座が外れるようになっている。
パカッと外すと中には袋に包まれた長い物が納まっている。
袋から取り出されたそれは一振りの剣だった。
「銘があるな。”ドーンブリンガー”」
「夜明けをもたらす者、ラス様の名前のこと大賢者様は聞いてましたもんね」
重さや握りなど魔王に合わせたような、実際に合わせたのであろう剣だ。
刀身はどうやら希少金属でできている。
かつての英雄が使っていたような神器などには劣るだろうが、それでもかなりの逸品であることは間違いない。
現代の技術ではおそらく作れないだろうから、希少性は神器にも匹敵するかもしれない。
「アーセム・・・・・・」
「良かったですね、ラス様」
「ああ、奴とはもう一度会いたいと思っておった。こんな和気藹々とした形になるとは思っても見なかったが」
「それじゃあ、行きますか?」
「うむ。キースらが首を長くして待っているかも知れぬ」
魔王とメルチは来た道を戻って、外に出た。
地下にこもっていた間に夜は終わっていた。
今はまさに黎明、古語でいうラスヴェートだ。
ベルへイムの迷路は帰る分にはさほど気にならなかった。
どういう仕組みかはわからない。
二重の城壁とその間の深い堀の上に渡された橋をこえ、二人はベルへイムの外へ出た。
中の冷たい空気から一変して、外はハマリウムの熱い空気に満ちている。
すでに迎えの速馬車が来ていた。
二人が乗り込むと馬車は走り出し、ベルへイムの失われし都はゆっくりと遠ざかり、やがて見えなくなった。
二日後に二人はハマリウムへ帰還する。
そして、サバラたちに会う。
そこで、衝撃の知らせを聞くことになる。
「魔王様、これはいったいどういうことなのですか?」
サバラがトラアキアから届いたという報告書を見せる。
サバラも困惑しているようだ。
「なになに?」
そこには、魔王ラスヴェートが”謀将”キースを派遣し、グランデ王国、キディス王国を併合し魔王国を建国したことが記されていた。
「な、なんじゃこりゃあ!!?」
横から見たメルチも驚いている。
「キースだ。これ、キースのしわざですよ」
「こ、これで名実ともに魔王様は魔王様ですな」
と、サバラは言った。
魔王は何の反論もできずにサバラを見ただけだった。
次回!憧れの人に置いていかれ、尊敬していた師に先立たれ、失意の底にいた彼女が覚醒する!?
明日更新予定です。