レベル93 一つは魔王と戦うため、もう一つは……
スムーズに野盗の処理も終わった。
魔力結晶の交易によるハマリウム復興のめどもたった。
魔王の紹介により、トラアキアから貿易商人がやってくることも決まった。
後顧の憂いなく、ようやく魔王たちはベルヘイムへ向かうことができるようになったのは季節が秋と呼ばれるあたりだ。
「旅のご無事をお祈りいたしております」
サバラやトマスたちが出発を見送ってくれる。
最初の出発とはえらい違いだ。
マサラ・デル・ハマリスは捕縛された。
数十件に及ぶハマリウム国内のさまざまな施設の襲撃、藩王都への攻撃などの罪が裁かれることになる。
少なくとも三十年は獄の中でしょう、とサバラは言っていた。
魔王は一度、獄中のマサラと面会している。
しかし、マサラは人が変わったように明後日の方を向いてぼうっとしているだけだ。
あの“天装”という状態の副作用かもしれない。
ともかく、魔王とメルチ、そして案内人のケンセインは出発した。
なんと、トマス部長の好意で二頭立ての速馬車を借りることができた。
馬自体に疲労軽減のスキルをかけることで、通常の倍以上の速度で走り、活動時間も倍以上だ。
馬車もまた豪華なもので、揺れも少なく、広い。
進行速度が早まったことで、ヘイムダーで補給をする必要もなくなり、一行はベルヘイムへ直行するルートをとった。
馬車に揺られて二日めの昼。
魔王は失われし都ベルヘイムへたどりついた。
五百年前に建国された人類統一国家ベルヘイム。
しかし、その現実は魔王軍と戦うための戦闘国家。
廃棄され滅びるまでの間、この国は世界唯一の国として人類をまとめていた。
二重の城壁、城壁と城壁の間には深い堀。
城壁を抜けても曲がり道が多く、攻められても容易に侵攻できないよう設計された城下町。
戦いの中で生まれ、戦いのためにつくられた都市なのだ。
「さて、魔王様。これからどうなさりますか?」
城壁の前に立ち、ケンセインは魔王に向けてそう言った。
遺跡案内人の前には入口がある。
その先はベルヘイムだ。
だがそこで魔王は足を止め、冷たい声でこう言った。
「まずはお主の本当の名前を教えてくれぬか」
ケンセインの笑顔が固まる。
「本当の名前、とは?」
「お主の本当の名前と言うておろう? ケンセインはおそらく死んでいるのだろうし」
「……どこで気付きました?」
ケンセインの顔で、声で話しかけてくるその人物はケンセインとはまったく違う人物を感じさせた。
「違和感を感じたのは初日。案内人なのに途中の町ヘイムダーのことや、目的地を知らないこと、だった」
「……そう、確かにあれは正直まずいとは思った」
「それと冒険者ギルドで聞いた冒険者の行方不明、そして腐敗して発見された死体。あれはお主のしわざであろう?」
「実験をね、していたんですよ。入れ替わっても気づかれないかという、ね」
今度は明確に声質まで変わった。
徐々に、ケンセインの体に変化が起きる。
腹回りについた脂肪がグググっと引き締まり、筋肉が割れる。
胸がパンプアップし、腕も丸太のように太くなる。
脚も筋肉が膨らみ、こころなしか背も10センチほど高くなったように感じる。
そして最大の変化は顔。
十年前は女子にもてたであろう、老けてはいるが整った顔だったケンセイン。
その顔がまるで仮面を外すようにボトリととれた。
仮面の下にはまったく別の人物の顔がある。
まずは目。
虹彩が薄く、金色に見える。
それがまるで狼のように、爛々と輝いている。
鼻は何度か潰れたあとがある。
口元には薄く笑み。
首は太く、殴っても衝撃を吸収しそうだ。
「今度は教えてもらえるか? お主の本当の名前を」
ケンセイン……ではなくなったその男は口を開く。
「姓はオロチ、名はカンゼロウ、月炎と号す。人は我れを“拳聖”と呼ぶ」
“拳聖”オロチは構えた。
それは弟子であるヨートがよくやる構えだ。
半身になり、左手は掲げ、右手は腰にため、左足は前に、右足は後方に、静と動が同居する武人の構え。
「“拳聖”」
メルチが小さく声をあげる。
「なるほど、弟子の就職先が気になったか?」
「それは心配していない。ああ、いや、いきなり王が死んだら不味いかもな」
「ほう?」
それは魔王を倒す宣言だ。
「特にお主とは敵対関係ではないはずじゃがな」
「人類の敵である魔王を倒すのは強者の義務」
「ざれ言を申すな。それならいくらでも機会はあったはずじゃ。この周りに誰もおらぬタイミングよりも、な」
“拳聖”の顔に笑みが浮かぶ。
「理由は二つ。伝説の存在である魔王に我が拳が届くか否かを確かめたい、それと」
「それと?」
「我れがマサラ・デル・ハマリスと同じだからだ」
“拳聖”は気を解放した。
戦うための準備は完了した。
フッと“拳聖”の姿がぶれる。
次の瞬間には魔王の眼前で拳を突きだしている。
「“四崩拳”」
「“四崩裏拳”」
放たれた気が込められた拳を、魔王は同じく魔力を込めた拳で迎撃する。
気と魔力、同じ根源をもつ力は互いを打ち消しあい威力を減衰しあう。
怪訝そうな顔で“拳聖”は魔王に問う。
「どうやって、“四崩拳”を破る技を覚えた?」
「目の前で実演してくれるかわいい部下がおってな」
ヨートの放つ“四崩拳”は確かに強力な技だ。
ゆえに、魔王はその技を覚えつつも、打ち破るカウンターもまた研究していた。
それが“四崩裏拳”。
「どこまで見せたかはわからないが、これならどうかな」
“拳聖”は左足を軸に蹴りを放つ。
魔王はとっさに左手をあげてガード。
“拳聖”の足が魔王の腕に当たり、そこで「“四崩脚”」
まるで爆発したかのような衝撃が魔王の腕にはしる。
ゴキリ、と鈍い音がした。
「腕の骨が折れたか。しかしまさか、脚でも技を放てるか」
「手足はもちろん、なんなら指でもできる。調子が良ければ髪の一本一本まで“四崩”の技に組み込める」
「“ウツロヒール”」
魔王はごく少量の魔力を放出し、“ウツロ返し”の要領で腕が無事だった可能性を選択した。
折れていたはずの腕が、元通りになる。
「便利な技だ」
「何かと重宝しておる。下手をすれば普通に治癒スキルを使うより安上がりじゃ」
「グランデの“ウツロ返し”か。単なるこけおどしの技と思っていたが、習得しておくべきだったな」
「何、ここを生き延びたら存分に覚えるがよい。ただ、まさか魔王に喧嘩をうってタダで帰れるとは思うまいな?」
「無論だ」
両者の間には火花が散るような気迫が満ちている。
“拳聖”が拳を突きだせば、魔王がそれをかわし。
魔王が殴りかかれば“拳聖”が“六車”で投げに入る。
投げられた魔王は空中で停止し、そこから急降下しさらなる攻撃を加える。
どちらもすべての攻撃をかわしきることはできず、いいものを何発か食らっている。
「もう少し余の攻撃を当てさせてくれればゆっくり寝かせてやれるのにのう」
「これだけ食らっても倒れぬとは、やはり魔王だな」
攻防が続き、やがて両者は距離をとる。
攻撃の命中率は“拳聖”が、一撃の威力は魔王が勝っている。
“拳聖”は再び、構える。
ゆっくりと無造作に足を踏み出した。
そして、ゆるゆると拳を突きだす。
攻撃にもならないようなゆるい一撃。
だが、魔王は何かを感じ避けた。
“拳聖”の拳は城壁に当たった。
次の瞬間、まるで破城槌に破られたかのように城壁に穴があいた。
パラパラと細かな瓦礫が落ちる。
「まったく恐ろしい男じゃな。ゆるい一撃に見えて、これほどの威力とは」
「“無明”という我が流派の表の奥義。早さを抑えたゆえ、城壁に穴を開けるが関の山。ここは流れが悪いために穴を開けさせてもらっただけのこと」
「流れ?」
その何の変哲もない言葉が、妙に魔王の警戒心を駆り立てた。
次回!拳聖との戦いは加速する!そして失われし都の地下で待つ大賢者!
明日更新予定です。