レベル92 変身するまでが長い
「魔王様、あれどうやって見つけたんですか?」
「普通に地面の下に埋まっておった。メルチが寝ていた場所の下にもあったぞ」
メルチは腰の辺りに手をやった。
あのゴツゴツした石か。
「そんなにたくさん埋まってるんですか?」
「うむ。というよりかは、地面の一部が魔力を溜め込んだために変質した、という方が正確かのう」
「魔力を地面が溜め込んで、結晶化したってことですか。不思議なこともあるんですね」
「その原因は余にもわからぬ。だが、地質の変化が作物に影響を与えたことは確かだ」
「へ?」
「茶葉の質の悪化は、この魔力の貯蔵現象のせいであろう」
「こんなにキレイなのに、ハマリウムをゴタゴタにした原因なんですね」
メルチは結晶を手に持つ。
青白く輝き、透き通る結晶は何も反応を示さない。
「だからこそ、役に立ってもらわねばな」
会議の出席者が忙しく動き回っているため、魔王とメルチは駅馬車公社の一室で放置されていた。
ケンセインも一度戻るとのことでいない。
ドン! と腹に響く重い音がした。
「まるで破城槌が城門を破ったような音だな」
「たぶんそれですよ」
魔王が何か言うと本当になると、とメルチは確信している。
そこへサバラが駆け戻ってきた。
「魔王様、大変です! マサラが、都を襲撃しています!」
どうも、サバラとガラムが結晶探索部隊を整えていたのを、マサラの討伐作戦だと誤認したらしい。
そこで、やられる前にやってやる、ついでに藩王都もいただきだ! という事を考えたらしい。
「思い切りがいいというか、短絡的と言えばいいか」
魔王はサバラとともに、襲撃したマサラの方へ向かうことになった。
「ベルベル先王は抑えが効く人でしたが、第二王子とマサラはどうも感情のまま突っ走る傾向がありました」
ハマリス一族の特徴とでも言えばいいのだろうか。
上手くいけば即決即断という評価にでもなるかもしれないが、今は時期と相手と考えが悪かった。
「どうも、そなたらにだけ働かせて悪い気がしていた。マサラ討伐は余に任せてもらおう」
「・・・・・・はい?」
「サバラさん、もうラス様はそう決めたみたいなので変更は効きませんよ」
メルチは諦めたようにサバラに告げた。
「魔王様? 相手は低く見積もっても二百人はおりますぞ」
「構わん、百も二百も大した違いではない」
「結構違うと思いますけど」
そう呟くうちに魔王はどんどん先へ進んでいく。
メルチはそんな魔王の後ろをついていくので精一杯だ。
だけど、その背中が頼もしく思えるのだ。
サバラの予想通り、マサラ・デル・ハマリスは自身への討伐部隊が藩王都で組織されたと思っていた。
駅を焼いたのは確かにやりすぎだったかもしれない。
しかし、いずれはみな己のものになるのだ。
藩王、いや独立したハマリウムの王となった時のことをマサラはよく考える。
部下に敬われ、遠くベルスローンの皇帝からも一目おかれる存在であるマサラ王。
誰よりも勇猛果敢。
誰よりも頭脳明晰。
知勇あわせもった王の中の王。
都を制圧したならば、滞っている大瑠璃海貿易をすぐに再開する。
何がどうなって金が手にはいるのかはわからないが、貿易とやらを続けていく限り収入に困ることはないだろう。
外を固めたら、内も固めねばならない。
手っ取り早く、年貢を九公一民にしよう。
一割も民どもに残してやるなど、俺はなんと心優しき王なのだろう。
「妄想は戦略ではない。現実を知らず、真実を知らぬそなたは王になることなどできない」
マサラの思考を止めるように放たれた言葉。
それを発した魔王は、一人マサラの目の前に立つ。
「いつの間に近寄られたのかわからんが、この俺に無礼なことを言うだけの覚悟はできているんだろうな?」
馬上からマサラは言った。
「無礼? れっきとした事実だ」
「貴様ッ! 名を名乗れ!」
「余の名前か。最近、よく名乗るようになった。昔は余の姿を見ただけで恐れ戦いていた人間も多かったのにな」
魔王はマサラのすぐ近くにより、マサラの乗る馬の頭をなでる。
そして、頭が高い、と言った。
馬は魔王の言葉を理解したように、頭を下げた。
もちろん乗っている者は急激にバランスを崩され馬から落ちた。
マサラは落ちた拍子に平服するような格好になってしまう。
「余は、黎明の魔王ラスヴェート」
「……!? 魔王!」
魔王の名を聞いたとたん、マサラはピョンと跳び跳ねた。
そして、後方へ着地する。
バッタのような人間離れした動きだ。
「人間を止めていたか」
「見つけたぞ。魔王……なるほど我らが銀女神様と“亀裂”の大神の仇敵」
魔王はその言葉に反応した。
「そうか。お前はそちら側か。なら遠慮はいらぬな」
「新たなる至高の神より授けられし我が力を見るがいい“天装”!」
マサラはその身から膨大な魔力を放出した。
魔力場は周囲の空間を歪ませ、マサラの魂にあらかじめ仕込まれた神の力を顕現させる。
それはある意味では精霊との契約に似ている。
超常の存在をこの世界に呼び出すという点だ。
マサラの魂の神の力によって呼び出されたのは鎧と槍だ。
真っ白な鎧がマサラを包む。
その手の槍は細長い円錐状の馬上槍と呼ばれるものだ。
まあ、一言でいうなら“変身”だ。
「ふうむ。余が見たいのはそういうのではないのだがのう」
魔王様にはあまり響かないらしい。
「亀裂の大神により授けられしこの力があれば、俺はハマリウムを世界最強の国家へと変えることができる!」
「力だけでは変革はできぬのだ」
魔王は接近し、マサラをぶん殴った。
マサラはぶっ飛ばされ、地面にバウンドし、どこかの民家の壁に叩きつけられた。
「な、え? なに? なんだ」
マサラは簡単に殴られたことに理解が追い付いていない。
「あーやっぱり」
「何がやっぱりなんですか、メルチさん」
距離をおいて見ていたメルチに追い付いてきたケンセインが尋ねた。
「ラス様ね、数字上のレベルは99なんだけど成長補助スキルを全部とって、何回もレベル1からやり直してるから、実質レベル200以上はあるのよ。もう神様の領域に片足突っ込んでるわけ」
「レベル200って……」
「だからね。いくら、あのマサラって人が神の力を借りても勝てるわけない」
態勢を整えたマサラは馬上槍を振るって応戦するも、魔王は馬上槍を掴みそのまま投げ飛ばす。
「馬鹿な! 馬鹿な!? 俺は人間を超えたはずだ!」
「だから言うたであろう? 余は魔王だ」
突進してきたマサラを半身でかわし、足をかり、その勢いのまま押し出す。
マサラは今度は城壁に叩きつけられる。
「なんで? なんで、効かないィ!?」
「余の見たいのは借り物の力でなく、お主の中にある全てを組み合わせて生まれる何かだ」
可能性と呼ぶこともできる。
そして、最終的にマサラは白い鎧を粉々に砕かれ、馬上槍もぽっきりと折られ、倒れ伏すことになった。
一時間もかからなかった。
「余の勝ちだ。そこのマサラの手下たちはどうするのだ? おとなしく縛につくならそれでよし、余と戦いたいなら受けてたとう」
リーダーがボッコボコにされて、すでに戦意喪失していたマサラの手下たちはすすんで降服した。
「被害は……城門と民家が一件か……二百人に攻められて、この程度。さすがは魔王様」
と、サバラは苦笑した。
次回!ようやくベルヘイムへと魔王はたどりつく。そして、そこで出会う者とは!
明日更新予定です。




