レベル91 ハマリウム首脳会談
代官は顔を青くしたり、白くしたり、それはもう大変な様子だった。
魔王の応対にいちいち反応し、あわてふためいたり、冷や汗をかいたり、表情もめまぐるしく変わる。
「ラス様、なんか魅了が効きすぎてるんじゃないですか?」
「魅了は魅了なのじゃがな……効きが強いとかは無いと思うのじゃが」
まあ、人によって反応が違うらしいので、個人差と思うほかない。
代官サバラは口を開く。
「紅茶専売によらないハマリウムの未来についてお聞かせ願いますか?」
「あくまでこれは余の予想だが、すでに先代の藩王の治世の時点で茶葉の質が悪くなったのではないかな?」
魔王の言葉にメルチは目を見開いた。
ハマリウムの茶葉の質が悪くなっている?
それを肯定するようにサバラは頷く。
「先代のベルベル・ハマリス藩王は茶葉の改良に取り組んでいたようです。ですがうまくいかず、やむなくハマリウムを武力を充実させた強兵国家へと変えることにしたようです」
その結果は、この通り。
ハマリウムは藩王家の手を離れ、帝国の直轄地となった。
先代藩王は急ぎすぎたのだ。
「ここに赴任したそなたも、さぞかし苦労したろうな」
「ええ、それはもう……」
ハマリウムの交易におけるメインアイテムである紅茶が売り物にならない。
にも関わらず、命じられたのは紅茶権益の確保。
サバラにはどうしようもなかった。
「だから、半分内乱のようなことを誘導して時間を稼いだ」
魔王の言葉にサバラは首を縦にふった。
ガラムとマサラ、二人の藩王の子らは時間稼ぎのために争っていた。
「お笑いください。もう、これ以上のことは思いつかなかったのです」
「正直に、茶葉の質の悪化を報告すればよかったのではないか?」
「それが一番良かったのでしょうが、そうなるとおそらくこの国は藩王領でなくなり、最悪放棄されます」
これでも、この国に愛着があるのです、とサバラは言った。
「その割には宿屋の食事に文句をつけていたな」
サバラは顔を真っ赤にした。
あわてているのか、恥ずかしがっているのか。
「見られていましたか。いえ、実は若いころにあそこでよく食事をしてまして、その時に来ていた旅行者が言っていたセリフを真似るのが私の密かなブームなのです」
やはり南部は南部だな、みたいなことを言っていたが、顔見知りの店主とのよくあるやり取りだったらしい。
「ということは、そなたはここの出身なのか? ヒノス家の出ではないのか?」
皇帝家と姻戚関係にあるヒノス家は帝都に居をかまえている。
その親族なら帝都、少なくともその周囲に暮らしているはず。
「私のヒノス家はいわゆる分家なのです。そして何代か前にしくじった者がいてこのハマリウムに左遷させられたのです。それで私がたまたまある程度の才覚があったので中央に呼ばれ、功績をあげ代官としてここに着任したというわけです」
初見では偉ぶって傲慢そうな悪代官にしか見えなかったが、サバラにもそれなりの歴史があるのだ。
魔王の顔に笑みが浮かぶ。
あれは面白くなってきたという嬉しさが込められた笑みだ、とメルチは気付く。
「それで、国に愛着がある、か。そなたのような者は好ましいな」
「は、ありがたき幸せ」
机に頭がつきそうなほどサバラは頭を下げる。
「それでは、このハマリウムをどうにかしよう。まずは、ガラム・ハマリスを呼べ」
その命令を果たすべく、サバラはすぐに行動を開始した。
聞くところによると、ガラムの妻である駅馬車公社の部長令嬢とサバラは幼なじみであり、その縁でサバラとガラムは手を組むことになったのだという。
おおっぴらに会うわけにはいかないサバラとガラム、そして魔王たちは藩王都にある駅馬車公社の一室を借りて会うことになった。
育ちが良さそうだが、気が弱そうでもあるガラム・ハマリス。
居丈高な悪代官に見えるサバラ・ヨル・ヒノス。
そして、駅馬車公社の統括部長であるトマス、そしてその娘でガラムの妻であるカルカラ女史。
魔王、メルチ、そしてなぜかケンセイン。
7人が顔を合わせた。
駅馬車公社のトマス部長は、禿げ上がった頭に厳つい顔もあいまって岩のような印象を与えていた。
実質的な駅馬車公社のトップであり、二十年以上この事業に携わっている。
その娘であるカルカラは、大きな目が特徴の可愛い系の美人だ。
服装もおしゃれで、帝都で流行っている最先端の衣装を自分流に着こなしている。
それでいて、とっつきにくそうなところはなく、すぐに打ち解けられそうな雰囲気だ。
ただ、その旦那であるところのガラム・ハマリスはあまり妻の方には寄らない。
苦手なようだ。
可愛いのにもったいない。
「それで、そこの偉丈夫さんが何の用だい? こっちはなにかと忙しいんでね」
まず口を開いたのはトマスだ。
魔王に向かって言っている。
「突然呼びつけてすまぬな。それはまず謝っておこう」
魔王は頭を下げる。
トマスの表情が、まあ話くらいは聞いてやるか、とでも言うようなものに変わる。
「余の名はラスヴェート。かつて、そして今も黎明の魔王と呼ばれる者だ」
名を名乗るだけで強力な魔力、言霊が満ちる。
それは普通の人間には圧力のように感じるだろう。
ハマリウム側の人間の表情が変わる。
「本物の魔王か。おい、サバラ! とんでもねえもん連れてきやがったな」
サバラにとって、トマスは小さい頃から頭の上がらないおじさんなのだろう。
「お父様、話の方向によってはまずいのでは?」
カルカラが青ざめた顔で言う。
「もうまずい段階だ。名乗られた時点でな」
「……ッ! それも、そうですわね」
トマス部長とカルカラの親娘は覚悟ができたらしい。
反対にガラムは今にも失神しそうなほどうろたえている。
「ま、魔王!? あの伝説の!? ひぃぃ、ど、どうして!」
「どうしてもこうしても、目の前にいるんだから覚悟してください」
なだめるサバラは、もうすでに魅了されているので冷静だ。
「では、余の話を聞いてもらおう。……現在、ハマリウムは茶葉の質の悪化により主要交易産物が無いという状況に陥っている」
トマスはサバラを見る。
カルカラは目を見開き、ガラムは驚きを見せる。
駅馬車公社というハマリウムで最も大きな組織の長だけあって、茶葉の質の悪化についてトマスは承知していたらしい。
サバラを見たということは二人で何か対策をたてようとしていたか?
カルカラとガラムははじめて知ったようだ。
「茶葉の質の悪化……それはどのようなものですの?」
「発酵した時に紅茶の香りとコクが出ないのが半数近く、だ。それに茶樹に穴があく病害も発生している」
カルカラの問いにサバラは答えた。
「そんな! 何か対策は打たなかったのか!?」
「打ったに決まってる! 病害に効く薬を買ったり、錬金術士を招致したりしたさ。茶畑を隔離したり、上手く育った茶樹を交配させたりもした……けど……だめだった。私らの対策を嘲笑うかのようにみんな失敗した」
サバラはいらだたしげに説明した。
問いを発したガラムは口を開けたまま固まる。
「ガラムの親父のベルベル様の気持ちもわからないではない。あれだけやって、何の結果も出ないのだからな」
先代の藩王ベルベルと共に対策に当たったであろうトマスが疲れたように言った。
数十年前から起こっていたことが、今になってようやく問題になったのだ。
それも、もう手がつけられなくなって。
「余も、この国を訪れてから何日か荒野をめぐり調査をしてみた」
「調査……うん、調査。あれは調査だった」
メルチが自分に言い聞かせるように呟く。
「それでこれを見つけた」
魔王は懐から青白く輝く宝石のような結晶を取り出した。
「それは?」
トマス部長が興味を示す。
「高濃度の結晶化した魔力だ」
「な!?」
一同が驚く。
「砕いて使えば半径二メートルほどの魔力が急速に回復する。またエンチャントや精霊憑きの触媒としても使えような。市場価値は……言うまでもないな」
魔導系魔法使い垂涎の品にして、エンチャント技術者が欲してやまない逸品だ。
売ればすぐに買い手がつくだろう。
「魔王……様、これをどこで?」
「この間、マサラとかいう賊に燃やされた駅があったであろう? あそこからこの藩王都までの間に採掘できそうな場所はたくさんあったぞ」
「カルカラ! 地図を」
「はい、お父様!」
トマス、カルカラの親娘が動く。
「ガラム! 街道警備隊を召集してくれ」
「わ、わかった!」
サバラも、ガラムも動く。
魔王はその様子を眺めながら、面白そうに目を細めた。
次回!ハマリウムで大暴れするあのひとが来襲。魔王様が久しぶりに戦う!
明日更新予定です。