レベル90 また一人魔王様の信者が
「とりあえず金貨50枚で」
と、メルチが言うとスレイン嬢はほっとしたような顔をした。
さすがに金貨1000枚となるとギルドにある資産では足りなくなる。
「50枚ですね。わかりました! ちなみに内訳なんですけど……魔族討伐報酬が金貨8枚、グランデベア討伐報酬が銀貨50枚、その他もろもろの魔物討伐報酬が銀貨50枚、でベリティス公爵からの依頼報酬が二件ですね」
「ベリティス公爵からの依頼報酬?」
そんな依頼を受けたことはない。
「はい。あ、メッセージ付きですね。ええと一件目が『どうせ、金にお困りでしょうから存分にお使いください』で金貨200枚」
「あー。ベリティスじゃな」
「先代の方ですか」
死してなお、魔王に小言を言いつつ役に立つ男である。
「二件目が『ハマリウムでもトラブルに会うでしょうからお使いください』で金貨200枚」
「この言い方はキースじゃな」
「そうですね、なんとなくわかります」
二代に渡ってベリティス公爵には頭が上がらない魔王だった。
というか、トラブルが起こると予測しているキースにやや腹がたつ。
腹が立つのだが、反論はできないのが困りものだ。
「それとトラアキア藩王家から、特別依頼の報酬で金貨400枚ですね」
おそらく、トラアキア藩都の解放を特別依頼扱いにしたのだろう。
おおっぴらに報酬を渡せる関係ではないため、冒険者ギルドを経由した形だ。
藩王家や公爵家がこのように冒険者ギルドを一時的な金の預け先としているのはどうやら公然の事実らしい。
銀行、とか為替、とかいう単語が頭に浮かんだような気がするが気のせいである。
「それで最後に……あれ、これバグったかな? ベルヘイムのマスターアーセムという方から金貨192枚、これはメッセージなしですね、備考欄も空白かあ。あそこにギルド支部あったっけ……?」
何やら混乱しているスレイン嬢に、魔王は話しかける。
「何か怪しいところでもあるのか?」
「いえ、手続きはしっかりしてますし、金のやり取りにも不正はないです。ただ、場所がベルヘイムになってまして……」
「そこは廃墟なのだろう? ケンセイン」
「廃墟のはずですよ。けど、冒険者ギルドが大きな探索を行う前に臨時でギルド支部を行くことはあるので不思議はないと思うんですが」
「そうですね。遺跡案内人のケンセインが言うなら間違いないでしょう。でもな……」
まだ気になるとろがあるらしい。
魔王はさらにスレイン嬢に聞いてみる。
「何が気になるのじゃ?」
「マスターアーセムって聞いたことあります? 私は無いんです。でも、五百年前の英雄の大賢者様の本名が確かアーセム……だったなあって」
それは間違うことなき、メッセージだった。
遺跡となったベルヘイム、そしてそこにいるであろう大賢者アーセムからの早く来い、というメッセージだ。
「どうやら、ゆるりとやっている暇は無さそうじゃの」
「そうですね」
「ではスレイン嬢。お騒がせいたした」
「あ、はい。あんまりお役に立てなかったですけど」
「じゃあね、スレインちゃん」
「ケンセインさんは一回死んだ方がいいですよ」
魔王に対する笑顔と同じ顔のまま、ケンセインを罵倒するスレイン。
ケンセインはがっくりと肩を落とし、魔王たちの後を追った。
次に魔王が向かった先は、ハマリウム藩王宮。
この国の行政機関であり、代官の居住地である。
代官であるサバラは、面会したい者がいるという知らせに顔を不快げに歪ませた。
今はそれどころではない。
愚か者のガラムがマサラ討伐に失敗し、あげくに駅を一つ燃やされたという報告を受け、その対処に動かねばならなかったからだ。
しかし、その面会者が名乗った名前がサバラに迷いを与える。
メルティリア・グラールホールド。
あの、グラールホールド家の人間がわざわざサバラに会いに来たというのだ。
何もこの時期に訪れなくともよかろう、とサバラはため息をつく。
しかし、次期代官のグラールホールド家の者を長く待たせるわけにもいかない。
サバラは面会者を応接室に案内するように従者に命じた。
そして、身支度を整え、応接室に向かう。
応接室にいたのは、銀色の髪をした美しいがどこか浮世離れした雰囲気を持つ少女、と尊大な態度をした長い黒髪の青年、そしてなんだか疲れきった気配を漂わす冒険者っぽい中年の三人だった。
銀色の髪の少女が例のグラールホールド家の者だとして、残りの二人はなんだ?
従者?
護衛?
中年はそれっぽいが、こっちの若者は?
むしろ、こっちの方をグラールホールドは敬っている感じもするが?
まあ、いい。
「お待たせしました。ハマリウム代官のサバラ・ヨル・ヒノスです。グラールホールド家の方には常々ご挨拶申し上げたく思っておりまして……」
なんだ?
メルティリア殿の反応が鈍い気がするが?
貴族的な挨拶をされたら、しかえすのが礼儀なはず。
グラールホールド家の人間がそんなこともできないのか?
しかし、戸惑ったように少女は隣の青年を見る。
「あの、えーっと用があるのは私でなくて」
「余が貴殿に会いたかったのだ。サバラ殿」
尊大な青年が口を開く。
メルティリア殿が従っている……つまり、もっと位が高い人物。
私が知らない、ということは教会関係者か?
「これはご挨拶が遅れまして、お初にお目にかかります。サバラ・ヨル・ヒノスと……」
「余はラスヴェート。黎明の魔王だ」
は?
何を言っているんだ?
黎明の……なんだって?
「これはラスヴェート様……ようこそ、いらっしゃいました」
その名を呼んだ時、サバラは生まれてはじめて敬愛に値する人物に出会ったことを確信した。
ヒノス家の分家程度のサバラにとって、崇めるのはまずは当主、そして皇帝、それからバルニサス神くらいだ。
それだって、家族親族が尊敬しているから、国民が忠誠をあらわにしているから、世界が崇め奉っているからに過ぎない。
サバラにだってわかっている。
そんなのは尊敬ではないし、忠誠ではないし、信仰ではない。
嘘、偽り、欺瞞だ。
だが。
目の前に現れた魔王を名乗る青年に、サバラは強烈にひきつけられた。
精神異常耐性のアミュレットが効果を発動しているのがわかる。
名を呼ぶだけで強力な魅惑スキルが発揮されているようだ。
しかし、それに屈服してもいいとさえ思える。
「余の目的は、そなたの協力を得ることだ」
「わ、私に何ができるでしょうか」
声がうわずっているのがわかる。
これは、畏れ?
それとも歓喜か?
サバラの葛藤というか懊悩を知ってか知らずか、魔王を名乗る青年は涼しい顔で話を続ける。
「余は、ベルへイムへ行くことを望んでいる。しかし、それにはこの地の喧騒が気に触る」
この地の喧騒。
つまり、ハマリス一族の抗争か?
ゆえに、と魔王は続けた。
「余が直々に、そなたの仕事を手伝ってやろう」
「魔王様、いえ陛下が」
なぜか、陛下という敬称をつけなければいけない気がする。
サバラは言葉を続ける。
「陛下が、ハマリウムを統治なさると?」
魔王は不思議そうな顔をする。
そして笑った。
「ふふ。それも面白いが余は旅の途中。それにそなたの手伝いと言うたであろう? 余は紅茶の専売に寄らないハマリウムの今後について手伝おうと言っているのだ」
サバラは何もかもを吐き出すように息をはいた。
次回!無事魅了完了したサバラとともに、ハマリウムのゴタゴタを一気に片付ける!
明日更新予定です。