レベル8 新たな配下(本人に無許可)
「なるほど、冒険者パーティーのノーブルエッジが倒された仲間の仇を見つけようと私的に検問していたところ、君らが現れノーブルエッジの罪を白日のもとにさらした。そして、起こりかけていた暴動は私の登場がきっかけで沈静化した、と」
「うむ。その通りだ」
結局、魔王たちは王都内に入ることができた。
しかし、ここは厳密にいえばまだ都内ではない。
城壁に隣接する衛兵詰所である。
うららかな午後の日差し。
ポカポカと暖かな室内。
朝から王都を目指して移動して疲れていたランアンドソードの面々はまぶたがくっつこうとするのを阻止するのに必死だった。
魔王以外は。
魔王は衛兵詰所という場所に興味をひかれたようできょろきょろしている。
そして、アリサは唯一元気な魔王に話を聞いていた。
「で、証拠はあるの?」
ノーブルエッジがランアンドソードからマジックアイテムを強奪しようとしていた証拠である。
いまだ捕縛されているテルヴィンが証拠といえば証拠だが、貴族という地位に固執してパーティーを裏切った彼が何かを話すだろうか。
「ないな」
と、魔王は言い切る。
「それでは彼らは捕まえられない」
「王族の力は使えんのか?」
アリサの顔が曇る。
「……みんなが思うほど私の立場は強くないんだ。さっきも王族だから待っていた人たちも引いてくれたが、この国の政治、権力に干渉できる力は正直ないよ」
「王の孫、でもか?」
魔王は不思議そうに聞いた。
魔王の考えでは王は絶対無二の権力者であり、その近親者も何らかの強権を持っているのが当たり前だったからだ。
魔王自身には、そのような権力を濫用する近親者はいなかったが。
「国内では割りと知られた話なんだがな。私は、第一王女メディスが流れの冒険者と駆け落ちしてできた子なんだ」
「ふむ。王女が冒険者と、か」
「それで、その冒険者は冒険の旅の途中で命を落とし、王女は伴侶の死によって衰弱し病気で逝った。残された子供は王族を放置しているのも体面に関わる国王陛下によって、名義上、庶孫とされたってわけだ」
「なるほど、ではお前の剣術は父親譲りか」
「……なぜ、私が剣術使いだと?」
「見れば一目瞭然ではないか。剣の履き方、身のこなし、視線のやり方、それなりの使い手だということはな」
「君は見た目通りの子供ではないようだね」
魔王の見た目は十三才である。
「余は魔王だからな」
「魔王……?」
「封印の森の奥に封印されていた五百年前の魔王様、だそうです」
船を漕いでいたが、魔王の話題になると目を覚ますメルチである。
「それは、おとぎ話じゃ?」
「信じられなくても、信じていた方がいろいろ納得できます」
どこか、あきらめた風のメルチだった。
「わかったわかった。君が魔王だということにしておこう。だが、このまま君を王都に入れるわけにはいかない」
「なぜだ?」
「君、身分証ないだろう?」
ハッとしたようにメルチの顔に苦いものがはしる。
「ないな」
「そうだった。身分証、忘れてたあ」
身分証を他国人が手に入れるのは難しい。
二年以上の信頼できる保証人のもとでの就業実績か、ある程度の資産。
このどちらかを満たさなければならない。
魔王は到着して一日目。
資産はゼロである。
「なら、冒険者ギルドで登録すればいい」
ようやく目が覚めたキースが口を開く。
「あ、その手があったか」
「というか、その手しかなかろうに」
呆れたようにアリサが言った。
冒険者ギルドは、かなり柔軟な組織だ。
貴族だろうが、平民だろうが、逃亡奴隷だろうが、とりあえずギルドに登録すれば冒険者の身分が与えられる。
これは公式なもので、人間国家では平民程度の身分として扱われる。
その登録の難易度の低さから、実態は犯罪者の潜伏先ではないか、と見られることもある。
だが、そのような犯罪者は大抵、冒険者のやるような仕事をしないので、すぐに冒険者身分を剥奪される。
強さが基準の組織なために、中途半端な強さでは悪事はしにくいのだ。
ともかく、身分を持たない者、新しい身分を手に入れたい者にとって冒険者というのは大きな選択肢だった。
「余が冒険者にな。面白そうだ」
「では、仮滞在証を書こう。これは三日間有効な滞在証だ。ただし犯罪行為が発覚した場合、譲渡した場合、無効になる。三日以内にこの詰所に冒険者登録証を見せてもらえれば、身分証として認定する」
アリサは用紙を取り出すと、さらさらと内容を書き込む。
すぐに魔王用の仮滞在証ができあがった。
「読み書きができるのか。さすがは王族……などと言われるのは嫌だろう?」
「この国は識字率は高い方ですから。ああ、そういえば君の名前と職業を教えてくれ」
「余の名はラスヴェート。職業は今のところない」
「無職? 誰でも十やそこらで職業が与えられるものだけど」
アリサの言うとおり、実際に従事しているかどうかに関わらず、人間は十歳で職業を与えられる。
与えられる職業は、ステータス、潜在能力、環境などで変化する。
例えば、キースは戦士職ではやっていけないし、魔法職をとっても魔法スキルの取得に多額の資金がいることから、ローグ職を狙っていた。
そのため、ローグギルドで下働きをしたり、簡単な仕事を手伝ったりして、ステータスと環境をローグに寄せた。
同じようなことは誰でもしていて、ローグギルドや教会、戦士ギルドなどはそのための補助業務もある。
何もそういうことをしなくても、農民の子はたいてい農民になるし、狩人の子は狩人になる。
そういう点で無職の魔王は珍しいのだ。
実際のところ、魔族に職業が発生したことはない。
魔族やモンスターは種族によって規定されるためだ。
ゴブリンの子はゴブリン、魔族の子は魔族。
ステータスも多少の誤差はあれどほぼ同一。
その中で努力と運と才能にめぐまれれば、上位種族にランクアップすることもある。
ゴブリンはホブゴブリンに、それからさらにオーガやオニにランクアップすることで強くなる。
ちなみに魔王は魔族系統の最終かつ最強の種族である。
「ラスヴェート様は封印されていた魔王です。職業取得なんてできなかったんですよ、きっと」
メルチが援護した。
というか名前を呼ぶたびに魔王への忠誠度があがっていることにメルチは気付いていないのだろうか。
気付いていないだろうな、と魔王は含み笑いをした。
「それはおとぎ話じゃ……ないのか。まあ、いいか。冒険者の娘がいきなり王女と言われることもあるくらいだ。そんなこともあるのだろう……。では、ラスヴェート君、これが君の仮滞在証だ」
その言葉を聞いている途中、魔王がニヤリと笑ったことにキースは気付いた。
仮滞在証を受け取り、ようやく四人は王都に足を踏み入れることができた。
日は傾きはじめており、道行く人々もどこか気忙しげだ。
その人の波をゆうゆうと歩いていく魔王に、キースは聞いた。
「魔王様、もしかして衛士長と……」
「気付いたか、キース。さすがによく見ているな」
「え? なんのことです、魔王様」
「お前と同じだ、メルチ」
「私と、同じ?」
その意味をしばらく考えて、メルチはハッと気が付いた。
「気付いたな? そう、名前だ。余の名前をアリサ・キディスは呼んだ。お前と同じように、な」
本人の知らないところで、アリサ・キディスは魔王に誠心誠意仕えることに決定した。
ちなみにテルヴィンは衛兵詰所に置いてきた。
次回!メルチの夢に忍び寄る怪しい影!夢の中にまで入ってこないで!メルチ絶叫!?
明日更新予定です。