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レベル1の魔王様は遠慮しない!  作者: サトウロン
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レベル87 ハマリウムへようこそ!

夏の終わり。

魔王ラスヴェートとメルチは、ベルスローン帝国の南部にあたる鈴の地地方にやってきていた。

この鈴の地こそが、五百年前に魔王軍によって滅ぼされかけた人類が結集し、最後の抵抗を試みた場所。

そして、終戦後に統一国家ベルヘイムが誕生した場所だ。


「そんな場所に余がいると思うと感慨深いものがあるな」



魔王は目を細めながら遠くを見る。


「問題は、何もないってことなんですけどね」


メルチが近くを見てため息をつく。

彼女の言うとおり、鈴の地にはハマリウム藩王国の王都ハマリウムと、街道沿いに建設された三つの町以外には人の居住地はない。

しかも、藩王であるハマリスが昨年に討伐されてしまい、皇帝の代官が統治している状態だ。

終わりかけた国、という評価が定着しつつある。


実際は、この空白の間にハマリウムの支配権をめぐって帝国の派閥争いが起きており、教会派閥のグラールホールド家が次期ハマリウム代官として内定している。

まあ、魔王はそんなことは知るよしもない。

知らないはず。


藩王都ハマリウムの外は、荒野である。

どこまでも開けた平野。

ポツポツと生えた草。

赤茶けた大地に白い街道。

遠くに見えるのは紅茶畑だろう。

発酵する前の紅茶は緑なので、そこだけ緑がまぶしい。


「隣町への駅馬車は明日だったか?」


「はい。明日の朝出発予定です」


あまりに利用者がなくて、駅馬車は三日に一本になってしまったそうだ。

ほとんどいないが旅人は、その駅馬車に乗るのが一般的だ。


「案内人は?」


「それも、明日の朝に」


ベルヘイムの都跡は、すでに遺跡だ。

行政組織、権力がベルスローンに移行すると同時に、住人もいなくなり、百年ほどで廃墟となってしまった。

今では、藩王家が任命した遺跡案内人がいなければ入ることもできない。


「キースが調べてくれねば入ることもできなかったわけだな」


キースがベリティス公爵の権力を最大限に発揮して、ベルヘイムそしてハマリウムの現状を調査した。

その結果、以上のことが判明したわけだ。


「あっちはうまく行ってますかね」


元、いや今でもパーティーメンバーであるキースとヨートのことをメルチは思い出している。


「さてな。まあ、ファリオスもおるし、無茶なことはしないだろうが」


「でも、グランデやキディスを魔王様のために征服するぞ、とか言ってるかも」


「いくらキースでもそこまではせぬだろう。人員も資金も足りぬ」


「ですよねえ」


ベリティス領からトラアキアまで徒歩で行き、そこから船にのり大瑠璃海を南下、ハマリウムまで。

それが、今回の旅の行程だ。

スローンベイ、トラアキア、ハマリウムの大瑠璃海交易の海路なので不安はない。

無いのだが、ハマリウム行きの便が減っているらしい、と噂を聞いた。

そして噂を聞いてから感じていた懸念は、ハマリウムに来て現実となった。


寂れているのだ。


と、ともに野盗も増えているらしい。


野盗が増え、行政が機能しなくなり、交通が妨げられる。


「国が滅びる兆候じゃの」


メインの具が豆のうすいスープをすすりながら、魔王は呟いた。

二人は昨日から宿泊していた“焦げ茶の夜更け”亭という宿の酒場を兼ねた食事処で夕食を食べていた。

固い黒パン、豆のスープ、酢漬けの魚、が今夜のメニューである。

帝国北部や辺境地方と比べても、貧相な食事だ。

メルチはパンを噛みきるのにも苦労している。


「ぐぬぬぬ」


「それはスープにひたして食うのだ」


「え……そんなのマナー違反……」


「余とお前しかいないのだ。マナーなど気にしなくてもよかろう」


「一番、気にしたい相手なんですが」


「それにしても、寂れているな」


「はい。本当にここが大瑠璃海交易で栄えているハマリウムの都なんでしょうか?」


酒場には飲んだくれの酔っぱらいが数人いる程度で、客らしい客は魔王とメルチの二人だけだ。

それでも、ここが都で一、二を争う高級宿なのは間違いない。


「それだけ、藩王家討伐というのが、中央の考えるより大きな出来事だったのだ」


今まで偉そうだった王様が処刑され、王族や后の一族も落ちぶれた。

なかには売られてしまい奴隷となったものもいると聞く。

昨日の王族が今日は奴隷。


そして、その結果。

最大の収入源であった紅茶の輸出が滞ることになる。

手掛けていたハマリス王家がいなくなったことにより、輸出ができなくなったのだ。

収入が無くなった茶商人、茶畑農家、その小作人、らが連鎖的に破産した。

就職先が無くなった者たちは、金があるものは国外に脱出したし、金のないものは盗賊に身をやつした。


それがたった一年あまりの間で起こったのだ。


紅茶販売による金で潤っていたハマリウムは、今や崩壊寸前である。


「なんとかならないですかね?」


「問題は、販売路じゃ。需要はあるし、品物もある。キースとトネリコに伝えてみよう。何か変わるかもしれん」


帝国の三派閥にコネを持つキースと、大瑠璃海交易の一角であるトラアキア藩王国のトネリコ藩王が動けば解決するだろう。


「どうして、それを誰もしなかったんでしょう?」


「コネがなかった……あるいは解決したくなかった?」


「それはどういうことですか?」


その時、乱暴に“焦げ茶の夜更け”亭の扉が開かれた。


「主人、いつものを持ってこい! すぐにだ!」


仕立てのよい服を着た四十ほどの男が偉そうに入ってきて、どかりと椅子に座った。

すぐに、宿の主人は豪華な前菜と高そうな酒を持ってきた。


「お待たせしましたサバラ様」


「遅いッ! 私の時間は有限なのだ。一刻が金にも匹敵するのだ。私の姿が見えたらすぐに準備をせよ!」


「うわあ、すごいですね、ラス様」


「うむ、あんなのは久方ぶりに見たぞ」


メルチと魔王の小声での話はサバラと呼ばれた偉そうな奴には聞こえないようだ。


それから次々と肉やら魚やらデザートやらが運ばれてくる。

サバラは少しずつ口にする。


「まったく、南部はやはり南部だな。この田舎っぽい盛り付けに味、匂い、まったく私には耐えきれん」


胸ポケットにさしたハンカチをふわりと取り出し、口許を拭う。


「あれだけ食っておいてよく言いますね」


「まったくだ。せめて余らにも肉をつけてほしいものだな」


魔王とメルチの小声は聞こえていない。

そして、魔王たちの食事が増えることはなく。

サバラの食事は終わった。


最後にげふっとげっぷをすると、サバラはにやにや笑いながら宿の主人に言う。


「今日はまあまあだった。また来てやるよ」


サバラは来たときと同じように、乱暴に扉を開け出ていった。


「あれはなんだったのだ?」


宿の主人に、聞いてみる。


その正体は、帝国から派遣されてきたハマリウムの代官だという。

見ての通り、贅沢が大好きなろくでもない男である。

税だけは間違いなく送るので、多少人品に問題があろうと使えると帝国上層部は判断しているようだ。


「それで、なんであんなに偉そうなんですか?」


「なんでも、新しい代官様が決まったと連絡がありまして」


「なるほど、ご機嫌ななめなのは、お役ごめんだからか」


ほんの少しだが、苛立ちを覚える。


こうして、新たな火種と魔王は出会い、ハマリウムの冒険が始まることになったのだった。

次回!魔王たちは失われた都ベルヘイムへ出発!だが、なにかしらトラブルが起きるのは確定!


明日更新予定です。

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