レベル86 魔王の国
ヨートはキースに敗北した。
が、ファリオスを倒したことは事実なために、魔王軍の魔将候補として部隊を預けられることになった。
本人は嫌がっていたが、上に立つ苦労を知ればいいのだ。
そして魔王軍主力である混成魔軍団はガランドが正式に率いることになった。
ファリオスとヨートの戦いから一貫して冷静に判断を下せたのは彼だけだったからだ。
そしてファリオスだが。
「おう、キース。元気か」
生きていた。
しかも、ちっちゃくなって。
グランデの城下町の美味しい食堂に行ったら、居た。
「おかしいなあ。死体も処分したんですけどねえ?」
「食堂で死体の話など無粋だぞ、キース」
「転生とか脱皮とか、そういうダークエルフの秘儀的なアレですか」
「死んだ後のアフターケアは重要だぞ。私はアルメジオンに貸しがあってな」
どうやら死神が関わっていたらしい。
あの人、本気で神様だからむちゃくちゃなんだよ。
「生き返ったってことでいいんですか?」
「ちっちゃくなっても、ずの」
「それ以上は言うな!」
「まあ、生き返ったでいいだろう。ただ、見ての通り子供なみだ。レベルも1だしな。これからどんどん強くなるのでよろしくな」
脱力。
今のキースの状態はそれである。
「もう、どうでもよくなってきた」
「ああ、そうだ。私の魔将位は放棄するぞ。こんな状態では魔王様のお役にはたてそうもないからな」
「了解しました……」
というわけでキースはファリオスと同じ、日替わり肉定食を食べた。
秋も終わり、冬が訪れるあたりにキディス王国とグランデ王国、そして魔王軍の統合会議が開かれた。
場所はグランデ王国の最重要拠点であるトランデ要塞だ。
去年はここをめぐって戦ったものだが、こんなに簡単に入れるようになるなんてな。
グランデ王国からはベルデナット、スターホーク、それとなんとかという伯爵だ。
寝返り組でもっとも頭角を現した男で、戦後ベルデナット陣営の交渉役として活躍してるとか。
キディス王国からはアリサ、アザラシ、そしてケルディ・イーストブーツ。
キディスにおける武門のトップがボルゾン・ノースガントレーとしたら、智謀のトップがこのケルディという男である。
イーストブーツ家は、東方守護職を拝命しているが、大きな火種が無いのをいいことにキディス国内に多数の策を仕掛けているとされる。
アリサが女王となるきっかけとなった冒険者パーティー”ノーブルエッジ”の暴走にも関わっていた。
実は、キディスローグギルドのギルドマスターであることは知られていない。
今回、この会議にやってきたのは、おそらくキディス内における勢力争いが二つの守護職を拝命しているノースガントレー家の勝ちとなったために、外に権力を求めようという思惑と、少しでも智者がほしいというアリサの希望が合致した結果であろう。
また、面倒な人が来たものだ。
そして、魔王軍からは”謀将”キースと魔将候補であるジェナンテラ、ヨート、ガランドが参加する。
「まずは、二国の代表者に集まってもらったことに感謝を申し上げる」
キースがまず口火をきる。
この会議の目的は、二国が統合し魔王領になることをそれぞれが承認することだ。
水面下の実務者協議はもうまとまっている。
後は、各国の代表者が認めればすむ話だ。
「魔王様のためなら・・・・・・」
なんでもする、と言おうとしたアリサの言葉は野太い声に遮られた。
「魔王軍の”謀将”殿に申し上げる」
声を発したのは、ケルディだ。
アリサとアザラシは慌てている。
打ち合わせになかったことが起こっているのだろう。
グランデの面子は、興味深そうに見ている。
「なんでしょうか、イーストブーツ卿」
「女王や中央守護職はともかく、キディスの国民感情として魔王軍への参加は難しい」
今さら、何を言っているのだ。
そんなことは重々承知の上だ。
キース自身が、東の森の魔王の昔話を聞いて育ってきたのだ。
そういう意見が出ることはわかっている。
そのため、武力で強権的に併合するのではなく、話し合いにしたのだ。
もちろん、統合する国の主権はそのままだ。
「もちろん、こちらも貴国の権益について最大限のことをするつもりです。魔王軍に対する嫌悪、恐怖心はわかりますがどうかご理解いただきたい」
「ほほお? 最大限の権益を保証してくださると?」
その言質を引き出したかったらしい。
まあ、今まで貴族ですと偉ぶっていた奴等が明日から平民です、と言われても困るだろうしな。
そういう権益や身分を保証してほしいのだろう。
「もちろんです」
ケルディはニヤリと笑う。
内心ほっとしてるんだろうなあ。
だから、ちょっと釘をさしていく。
「ですが、少なくとも上に立つ者は強さを民に見せる必要があります」
「強さ、ですと?」
「そう、このように」
と、キースは“魔眼”を発動した。
スターホークなどは、うえ、またやりやがったとか呟いている。
「あ、ああああ!? こ、これは!!」
「この視線にさらされて動けるのが、まず権力者としての最低ライン。魔王軍は強い者で構成されます。前にいた組織の上下関係や貴族と平民の差などまったく関係ないのです」
確かに、ケルディは智謀を得意とするタイプだ。
しかし、それはあくまでキディスでの話。
海千山千のベルゼール皇帝や、ヒノス公爵、聖女などがいる帝国中枢では貴族の地位を保てるかすらわからないだろう。
まあ、言葉と力を見せつければわかると思う。
自分が何を相手にしていたかを。
「き、貴族制度を否定するつもりか」
お、ここから反撃をしてきた。
意外と根性がある。
「そういうことではありませんよ。だいたいほとんどの貴族は残すと言っているでしょう? あくまで王国の上に魔王様が来るというだけです」
「そのように簡単に行くわけがないッ」
「まずは、徹底的に慰撫政策をとります。そうですね、まずは税を五公五民くらいにしますか、いや四公六民のほうがインパクトはあるかな」
「は? 税を下げるなど、国庫を破綻させるだけだ」
「農作物による納税はいずれ行き詰まりますよ。それよりは二国間、いえ帝国も巻き込んで大々的に交易をするほうがよほどよい。目に見える税を下げて、目に見えない税を増やすほうが民衆の支持を受けられます」
「こ、交易だと……?」
閉鎖的だったキディス王国。
隣国であるグランデ王国とは国境争いでしか関わりがない。
だから、思い付かない。
うーん、でももしかして知識を得たら、この人化けるかも。
「時にケルディ殿、後継ぎはお決めになっておるのですか?」
「なぜ、そんなことを……? あ、後継ぎは我が正室の息子である次男に継がせるつもりだ」
それがどうかしたか、という態度だった。
「では、帰国しだい当主の座を譲り渡し隠居せよ」
「は!?」
意味がわからない!? という顔だ。
「そして、すぐに魔王軍に所属し我が幕僚に加わるといい」
「……は?」
「見込みがあると言っている」
「み、見込みだと?」
ケルディはキディスの権威ある貴族の当主で、東方守護職という武家であもあり、またローグギルドのマスターとしてキディスの裏にも通じている。
だが、それだけなのだ。
キディスの外に目を向ければ、この男はさらにとんでもない何かになるのではないか、とキースは想像する。
それこそが、もしかしたら魔王様にとってプラスになるかもしれない。
見込みがあると言われたケルディは、しばらく口を閉じて考えていた。
そして、彼の中で何かの決着がついたらしい。
ケルディは口を開いた。
「では、帰国しだいすぐに当主の座を息子に譲ります。そして、そのあとキース殿にお世話になります」
唯一、異をとなえてきたケルディがこちらについたことで、会議の進行をさまたげるものはなくなり、予定通りの着地点である二国統合魔王領の承認となることが正式に決定した。
二人の女王とキースは、用意してあった文書にサインする。
そして、その瞬間。
魔王を奉戴する人間の国家が誕生したのだった。
ただし、元首である魔王様はそのことをまだ知らない。
次回!魔王とメルチ二人旅、舞台は紅茶のおいしいハマリウム! だが魔王様が行って何も起きなかったことがかつてあっただろうか!いや、ない!
明日更新予定です。




