レベル79 くすぶる黒き炎
魔王の会見が終わり、しかしベリティス城の興奮はいまださめない。
「そういえば魔王様。お亡くなりになられた魔将の皆様の推薦はどうなさるおつもりなんですか?」
魔王に用意された客間に、いまの魔王軍幹部という名の旅の仲間その他が集まっていた。
メルチ、キース、ジェナンテラ、ノーン、ファリオス、アグリス、そして魔王である。
すっかり執事業が板についたノーンが紅茶を入れ、茶菓子を出す。
そして、キースの発言である。
「うむ。それは心配いらぬ。アルメジオンに頼んでおいた」
「ああ、それなら大丈夫ですね」
死を司る死神アルメジオンなら、死者の言葉を聞くくらいどうとでもなるだろう。
「そんなことより、どういうことなのだ、キース!」
ものすごい剣幕でまくしたてる魔王。
「な、なんですか?」
「ジェナンテラのことじゃ!」
「あ」
「ジェナンテラは、余の息子同然のジャガーノーンの娘、そしてなによりも余の大切な友人じゃぞ!」
「ううう、なんて説明すればいいんですかね? 実は魔王様が寝ている間に、俺が人間の貴族としてベリティス公位を継ぐことになったのですが」
「ほう」
「そうすると元魔王軍の将兵なんかは人間ごときが魔将の地位を継ぐのか、と不満の声があがるかもしれないと、ベリティス様が心配されまして」
「確かにそんなことを言いそうな奴はおるな」
「だったら、ジャガーノーン様のご息女であるジェナ……ンテラを」
「なんじゃ、今の間は?」
「なんでもないです。それでジャガーノーン様の娘、ジェナンテラの配偶者になればそういう輩の不満もある程度抑えられると」
「それでは、キースが妻であるジェナンテラの権力を濫用しているようにとられるおそれがあるな」
「まあ、そうなる前に俺がベリティス公”謀将”の後継者として力を付けるようにはしたかったみたいですけどね」
「つまり、ジェナンテラのことは単なる道具としか見ておらぬ、ということか!?」
「それがですね。俺もジェナもお互いのことを憎からず思っていたようでして」
「は?」
「いわゆる相思相愛というやつです」
「魔王様……こいつ説明するふりしてのろけてますよ」
メルチが耳元でささやいてくる。
「うむ。余らががんばっておったときになんなのじゃ。爆発すればよいのだ」
「ところで魔王様。いつメルチとそんなに仲良くなったんですか?」
笑顔を浮かべたキースは、魔王に尋ねた。
そう、魔王の耳元にメルチが口を寄せている。
メルチの腕は魔王の肩に乗っている、それが自然にできているということは二人の距離感がぐっと縮まっているということだ。
キースとジェナンテラよりもさらに深い関係のように見える。
「な、何を言う。余とメルチはもとより相思相愛の仲であったではないか!」
「そ、そうよ」
「へぇ、そうでしたっけ」
ニヤニヤ笑うキースに、ジェナンテラとのことを詮索するとこれ以上の情報で何かされると魔王は判断した。
「それはともかく! キースの目で集まった面々を見て、何か気になる者はいたかの?」
「露骨に話題を変えてきましたね」
「何か気になる者はいたかの!」
話を戻す気はないらしい魔王の問いにキースは答えることにした。
「気になったというか。鬼であるカダ・ムアンのガランドとグレーターゴブリンロードのイグニッシはかなりやりそうな気がしますね」
「ああ、あのゲノンズに似た男か」
魔王は楽しそうに笑う。
封印から目覚めて以降、壊滅したといわれていた魔王軍。
しかし、生きていた者たちと再会し、今日再び魔王軍を再結成することができた。
やるべきことは多々あり、敵は勝てるかどうかもわからない。
それでも、隣にいてくれるメルチや、支えてくれるキースらとともにまだ戦い続けることができるはずだ。
亀裂そのものに対処するという新たな目的。
これは神と人と魔族が手を取り合って、戦いあうことなく進んでいける道だ。
封印されたからこそ、見出だせた道だ。
その道を歩んでいく、と魔王は改めて決意した。
この世界のどこか、遠い片隅あるいは暗闇で。
一人の男が長いトンネルを早足で歩いている。
カツコツ、と足音が反響している。
紫の外衣、膝下丈の白いズボン、実用的な革のブーツ。
背負った槍がなければどこかの貴公子といわれても不思議ではない格好だ。
だが、顔に施された化粧が、この人物の特異性を表している。
男性的な彫りの深い顔を、美しく際立たせるような化粧だ。
彼、は自身を男性と認識している。
異性愛者であり、実際に妻もいる。
しかし、その言動には女性的なもの、言葉づかいや仕草が入る。
時には同性の男性にも好意を抱いているような発言もする。
あるいは時代がもっと進めば、そういう個性を持つ人間と認められるかもしれないが、しかしこの時代には奇異としか見えないものであった。
それでも彼が認められているのは、軍事的な才覚が周辺諸国家でも抜きん出たものであるからだ。
もし、彼がベルスローン帝国の士官であれば一軍を預かる将軍、あるいは軍の全権を持つ総司令官の座につく可能性もある。
彼の名はケーリア。
トラアキア藩王国ネルザ砦主将兼藩王国軍軍団長である。
そんな彼が供もつれず一人進んでいる理由、それは。
長いトンネルの終着点は透明な格子でつくられた部屋だった。
トンネルは魔法的なものだったらしく、ケーリアが部屋に入ると通路は消えてなくなってしまう。
ケーリアは部屋を進み、中央に設えられた透明な丸い椅子に座る。
形はまるで大きな水滴のようで、触るとひやりと冷たい。
椅子の形はケーリアにあわせられていて、座るとリラックスできる。
まあ、この先のことを思うとリラックスなどできない。
ケーリアは上を見上げる。
透明な天井には夜の空、銀色の月、雲ひとつない。
「ずいぶん早いじゃないか。そんなに軍人というのは暇なのか?」
かけられた声は、ケーリアの好みの声質だ。
しかし、その声の持ち主に好意を抱いたことは一切ない。
「無理くり時間を作っているのよ、こっちは。あんたこそ、暇そうな山賊稼業がうらやましいわ」
ケーリアの隣の椅子にどかりと座った獰猛な顔の男は苦笑する。
「そんなに暇じゃないさ。実はな、あんたからもらった情報をもとに襲ってみたんだ」
ケーリアは驚いて、その男を見る。
「馬鹿か、お前は!? あれほど手を出すなと言ったろう!」
思わず男口調が出てしまう。
「くくく。そっちのしゃべり方の方が好みだぞ? まあ、やるなと言われればやりたくなるのが人間だ」
「で、どうなったのよ?」
「半年かけて集めた集団が消えちまった」
「まったく何やってんのよ。せっかく“亀裂”の二つ名を戴いたのに」
「面目ねぇ」
“亀裂”のゼールは苦笑するしかない。
ケーリアからベリティス公爵の後継者が決まるから顔を覚えておけ、という情報を得て、楽しそうだから襲ってみたら返り討ちにされた。
ただ、それだけのことだ。
その時、天空の銀の月から光が一筋差し込んだ。
「ゼール」
「おうよ」
二人は口を閉じた。
口を開いていたら失礼になる方が降りてこられるのがわかったからだ。
部屋に置かれていた水滴のような椅子は七つ。
その全てにいつの間にか、その椅子の持ち主が座っていた。
七人が見守る中、銀の月からの光にのって、それは降りてきた。
人形のように整った顔。
銀色の鎧に、銀の杖。
停滞する時を司る女神。
ヤヌレス。
ヤヌレスは口を開いた。
「よくぞ、お集まりいただきました。世界を変革する“亀裂”の大神“黒き炎のスルト”の使徒たちよ」
七人が一斉に頭をたれる。
それは空中に浮かび上がる黒き炎をまとった巨人の姿を幻視したからだ。
七人を見下ろしながら、ヤヌレスの顔にうっすらと笑みが浮かんだ。
ベリティス公領編はここまで。
次回魔王封印を解く旅編、キース魔将選定編、辺境地方統合編をごちゃごちゃとやりたいと思います。
更新再開は未定です。
一週間はかからない、はず。