レベル7 検問に挑発
「どうして、魔王様の名を呼ぶことが誠心誠意仕えることになるんですか?」
羞恥心がおさまり、戻ってきたメルチは小声で聞いてきた。
「古来よりな、名前には特別な力があるのだ。名を呼ぶということは、その相手を支配するという意味を持つ」
「支配する? でも私は」
「余は少し特別なのだ。余より弱き者は支配の効力がさかさまになる」
「私と魔王様では魔王様の方が強い、ということですか? レベル1なのに?」
「余のレベルは大賢者によってかけられた禁呪による擬似的なもの、余の強さの本質は変わっておらん」
「はぁ、そうなんですか。ん? もし、敵に名前を呼ばれたら、そいつも誠心誠意の忠誠を誓うんですか?」
「敵対する相手ならば、その敵愾心をさらに増す結果になるだろう。支配しようとする力は反発を生む。もともと余に好意を持っているお前のような者なら、一発で余に仕えようと思うのやもしれんがな」
「私が、魔王様に、好意を?」
「なんだ? 持っておらぬのか?」
封印の森で初めて会ってから、キディスへの旅の間、数日といったところか。
メルチが魔王に好意を抱くには、時間が足りないような気もするが。
しかし、よくよく考えればテルヴィンの裏切りというピンチを救ってもらったという好感度上昇イベントがあった。
それを考慮すれば、魔王に好意を持つのも頷けることかもしれない。
「むう。……持ってます」
「で、あろう?」
この二人の会話をキースは横から聞いていて、おもしろく感じていた。
名前を呼ぶことの意味なんかもおもしろい話であったし、メルチの今まで見たことのない羞恥の表情もおもしろかった。
「それで、魔王様。本当にノーブルエッジの連中に会いにいくんですか?」
メルチが逃走したことにより、中断されていたノーブルエッジとの交渉。
魔王は笑みを浮かべる。
「無論よ。余はやると決めたことはやるのだ」
魔王は再び、長い列の横を歩きはじめた。
疲れきった群衆は、自信満々な魔王の表情を見て怪訝な顔をしている。
南門の前では封印の森でも見た鎧の連中が、仰々しい検問を行っていた。
門衛たちは、相手が貴族だということで黙認している。
ノーブルエッジは通行する一人一人を執拗に調べていた。
身分証の有無、所持金、商人ならば品物、冒険者なら獲得したアイテム、それらを一人に対し三人のノーブルエッジが担当し、検査しているようだ。
「ノーブルエッジとて冒険者ギルドに所属するパーティーなのであろう? ギルドは止めぬのか」
魔王の質問にキースが答える。
「ギルドは国家に縛られない組織ですけど、ギルド支部はそれぞれの場所にそれなりのしがらみはありますからね」
「そうね。確かに、上位の冒険者は貴族や王族出身者も多いし。キディスのギルド職員も半分はこの国の出身だものね」
と、メルチも同意する。
貴族や王族出身者というのは、幼いころから武芸の修練をしていることが多い。
同じ才能があっても、やはり修練の差というのは実力に大きく関わってくる。
平民と貴族、王族には大きな差があるのだ。
「貴族の権威、か。そして、それがノーブルエッジの強さの源泉」
クククッと魔王は笑う。
「魔王様?」
「余の前では万民が等しく同じ立場にあるというに、愚かなことだ」
魔王は高笑いをしそうだったので、メルチとキースは取り押さえた。
ただでさえ目立っているのに、これ以上目立ちたくない。
「もう、手遅れだと思いますが」
ヨートが呟いているが、メルチもキースも気がつかなかった。
検問の前に魔王はたどり着いた。
「おい、列の順番を守れ。これはノーブルエッジリーダー、アザラシ・ノースガントレーの実施する正式な検問だぞ」
ノーブルエッジの鎧男が注意してくる。
「アザラシ・ノースガントレーとはどのような奴だ」
「キディス貴族の北方守護職ノースガントレー家の当主代行。ノースガントレー家自体は伯爵家だけれど、アザラシは子爵です」
「ふむ。それはどのくらい偉いのだ?」
キースはローグ職をとるにあたって覚えた知識を組み合わせながら口にする。
「あくまでキディス王国内では公候伯子男の五つの爵位があります。公爵は臣籍に降った元王族か、女系王族の配偶者などに与えられます。侯爵は建国当時から代々王国に仕えてきた大貴族、つまり譜代に与えられます。実質公爵も含めて世襲です」
「王族扱いはできぬ準王族が公爵、譜代の臣が侯爵か」
「ノースガントレー家が与えられた伯爵はもともと地方の大領主に与えられたもの、子爵は公候伯の子弟が官職につくまで与えられる爵位、男爵は勲功をあげた平民に与えられる一代限りの爵位です」
「伯爵は外様の大領主、子爵は貴族の子弟、男爵は成り上がり、か。よし、覚えたぞ」
「凄いざっくりですよね?」
「いいではないか。何はともあれ、アザラシとかいう奴が親の七光で偉ぶっている愚物だとわかったのだからな」
魔王のそのセリフで、ピシリと場の空気が凍った。
「おい……今、なんつった?」
鎧男が手にしたブロードソードを構える。
その他の検問担当のノーブルエッジメンバーからも殺気が向けられる。
「愚か者を愚かといって何が悪いのだ?」
「魔王様!?」
火に油を注ぐように挑発する魔王。
「なんだと!?もういっぺん言ってみろッ!」
「検問は不要だ。貴様らの探しているのは余であろう?」
激昂する鎧男と、冷静に挑発する魔王。
今にも鎧男の握る剣が振られそうになる。
しかし、魔王の言葉を理解して鎧男は剣を構えたまま口を開く。
「お前が我らの探す者だと?」
「いかにも。余が、封印の森でこの新米パーティーからマジックアイテムを強奪しようとしていたノーブルエッジの愚図どもを打ち倒した!」
検問待ちの商人の顔がギョッとなる。
その次にいた冒険者の顔に剣呑なものが宿る。
新米パーティーから大事なマジックアイテムを強奪。
これは冒険者倫理的に大犯罪だ。
もちろん一般的に見ても犯罪だ。
長時間並ばされた群衆は、目の前のノーブルエッジにその疲労と恨みをぶつけようとじわじわと集まり始める。
「こいつらのせいで」
「商売のことをなんも考えてない泥棒どもが」
そんな怨嗟の声があがりはじめる。
窮地を悟った鎧男たちは顔をひきつらせている。
逃げたい。
しかし、逃げようと背を向けた瞬間、群衆は襲ってくる。
何かのきっかけで暴動にも、なりかねない。
そのきっかけをノーブルエッジでつくるわけにはいかなかった。
「魔王様、もしかしてこれを、見越して?」
メルチの問いに魔王は首を横にふった。
「そんなわけあるまい。こいつらの業罪が深いだけだ」
一触即発。
その状況を変えたのは新たな人物の声だった。
「どうした門の前で?」
若い女性だった。
十代後半、いってても二十をいくつか過ぎただけであろう。
金の髪は中天に差し掛かった太陽にきらめき、青い目はその光を眩しそうに細められる。
率直に言うと美人の類いであるが、彼女は武装していた。
青い衛兵制服に鉄の軽装鎧を身に付け、王国印のついた剣を履いている。
「アリサ様!」
事態を見ていた衛兵がすがるように、彼女の名を呼んだ。
「これはどういうこと? 説明はあるか?」
彼女と群衆の目がそれたことに気付いたノーブルエッジは逃走した。
検問に使われた簡易の柵などは置いたままだ。
「メルチ。あれは誰だ?」
衛兵と話し込んでいる女性のことを魔王は聞く。
「はい、彼女はアリサ・イル・キディス。衛兵の長である衛士長であり、現在のキディス王の庶孫にあたる人物です」
「ほおお」
と、魔王は利用できそうなものを見つけた、というように口元に笑みを浮かべた。
次回!事情聴取される魔王!魔王と名乗っているのにたいして警戒されていないのはなぜ!?
明日更新予定です。