レベル76 魔王軍十二魔将
「くっくっく。まさか、あのような真似をしでかすとはな、二代目よ」
鐘に矢をあてぶっ飛ばし、騒音をまきちらし、鐘楼を破壊した件である。
鐘自体もどこかへ飛んでいってしまったし。
ベリティスは可笑しさを隠しきれないように笑みをこぼす。
「本当にすいませんでした」
意外にもベリティスは元気だった。
思っていたよりは、だが。
もう立ち上がることはできなくなり、寝台に横たわったままだ。
肉体的にはそのままなのだが、魔力が生命維持と思考確保の分しか残っていないのだという。
帰って来たキースたちを出迎えた声は、それでも力強い。
「よいよい。この城はもうお前のものだ。ただ、修繕費はお前が出さねばならぬぞ」
「わかってます」
ベリティスはニコニコしたままだ。
「ジェナンテラ」
「はい、ベリティス様」
「身籠ったか?」
「な、ななな、何を!」
「この旅の間に妻となれと申し付けたではないか?」
「い、色々あって妻とまでは……」
「なるほど、恋愛関係には発展したわけか。やるではないか、キース」
「“謀将”のわりに発言が酔っぱらいのオヤジですよ?」
「ふふん。もう“謀将”は貴様に譲ることにした」
「じゃあ、継がせてもらいます」
継がせてもらいます、と宣言した時、ベリティスはうっすらとしかし嬉しそうだった。
「帝都はどうだった?」
「化け物、怪物のオンパレードでしたよ。まあ、“聖女”メレスターレと話はしましたし、ヒノス家とも知己をえました、あとトラアキアとも取引をすることにしましたし」
「お前にかかれば、帝国三大派閥も全部協力者か」
「そんないいもんじゃないです。今はまだメリットがあるから協力しているだけです」
「損得の関係ではじまり、やがて損得を抜きにした間柄になる。それができれば“謀将”の名が後押ししよう」
「はい、わかりました先生」
「さて、外が騒がしかったのはどんなわけだ?」
「既にお待ちいただいています。カレガンド様をはじめとした魔王軍の方々です」
ベリティスの顔に、わずかに緊張がはしる。
この男にしては珍しい表情だ。
「カレガンド……か。他は?」
「ハルピュイア族の族長に、ナイトハウンドの群長、鬼の戦士に、インビジブルの方々、それにドラゴンです」
「そうか……私のことを嗤いに来たのだな」
「え?」
ベリティスは何かを諦めた表情になっていた。
「魔王様のものである魔王軍を私物化し、そして形骸化し、最後にはたったこれだけにしてしまった私のことを、皆は許してはくれまい」
「そ、それを言うなら私だって。私がしっかりトラアキアを抑えていれば……」
トラアキアに集まった魔族の残党を率いていたジェナンテラは、責任を感じている。
自分がもっとしっかりしていれば、新生魔王軍などというものはできなかったし、魔族が絶滅寸前にまで減ることもなかった、と考えている。
「いや、全て私の責任だ。私がもっとしっかりと……」
「そんなことはないッスよ」
セリフとともに、冷たく心臓を鷲掴みされるような感覚。
これは……!
ベリティスの寝台の側に、髑髏の面の若者の姿をした“死将”にして死神アルメジオンがいた。
「アルメジオン……」
「そんなことはないッス」
大事なことなので二回言ったっス、とアルメジオンは笑った。
「なぜ、ここに?」
「そんなの、お前とお別れが言いたかったに決まっているだろ!」
聞き覚えのある女性の声、とともにババーン、と扉が開いた。
入ってきたのはダークエルフの“闇将”ファリオスだ。
よかった扉は壊れていない。
いや、よくみると蝶番が外れている!?
それを機に、“獣将”カレガンドが入ってくる。
「久しぶりじゃな、ベリティス」
虎の顔で笑みを浮かべるカレガンド。
旧友に会えて嬉しいという感情が伝わってくる。
「ずいぶんと老いたな」
「はっはっは。わしはそなたらのような不老長寿の体は持っておらんのでな。これでも持った方よ」
「カレガンド……」
「ベリティス……謝るのはわしの方よ。魔王軍が一番大変な時に抜けたのだから。それを一人支え続けたお前を、誰が笑うものか」
「その通りだ」
空中に浮かんだ魔法陣から一人の男が現れる。
全身を輝く緑のスケイルメイルに包んだ若者。
両耳の辺りに魔族や鬼族とは違う三又の角が生えている。
おそらくは人の姿をとったドラゴン。
そして、ベリティスに会いに来るドラゴンと言えば。
「“竜将”エルドラオン、か」
「我やアルメジオンは神としての立場もあり、お前たちが衰える様を見続けていた。それを悔しいと思っていた。と、同時にお前がしている苦労を羨ましくも思っていた」
「代われるものなら代わってほしかったぞ」
「ああ、我もそう思っていた」
和やかな時間が流れる。
魔将本人が現れるのはこれで最後らしい。
あとは、魔将の何かを受け継ぐ者たち。
それは、意志であったり、魂であったり、様々だ。
“飛将”デルフィナの娘は、彼女自身もう寿命が近いほど年をとっている。
ハルピュイアは人間よりわずかに長命なだけの種族だからだ。
デルフィナ本人も既に亡くなっている。
そのそばにいたハルピュイアの少女がデルフィナの娘の杖がわりになってベリティスの側に来る。
二言三言、会話をする。
ベリティスは懐かしそうに頷いていた。
その次に来たのはナイトハウンドだ。
夜の猟犬の中で一際大きな体躯を持つ個体が前に出る。
「お初にお目にかかります、ベリティス様。私はクランハウンド様と同じように突然変異で言語の理解が出きるようになったナイトハウンドのフィンマークと申します」
若干たどたどしい発音だが、はっきりとフィンマークは話している。
「これはフィンマーク殿、お会いできて光栄です。寝台の上からという無礼をお許しください」
「偉大なる魔将殿に、いかなる無礼もありません。共に魔王様を戴く同胞の高位におられるのですから」
どうやら、ナイトハウンド種の魔王への忠誠心は世代が変わっても受け継がれているようだ。
次にやってきたのは、深紅の肌を持つ大柄の“鬼”だ。
「これは、珍しい。突然変異かな?」
「否、それがしはどうやら先祖帰りのようでござる」
「そうか。純粋な鬼族は滅びたと思っていたが、こういう復活もあるのだな」
「それがしはカダ・ムアンの森のオーガ種に生まれ、この“鬼”の姿で生き抜いたガランドと申す」
「カダ・ムアンのガランドよ。そなたと知り合えて嬉しい」
朴訥なしゃべり方だが、確かにガランドからは知性が感じられた。
本能で生きているオーガの中で、知性をもって生まれ育った彼がどのような苦労をしたのかは想像するしかない。
そのガランドの後ろからピョコンと現れたのはゴブリンだった。
普通の緑の肌ではなく、黒い。
そして、筋肉にそって赤いラインが走っている。
ゴブリンの進化種であるゴブリンロードだろうか。
「ほれ、ガランド。お前は少しゆっくり過ぎるんだ。おれだってベリティス様と話したいんだよ」
「グレーターゴブリンロードの方とお見受けするが?」
なんだ?
グレーターゴブリンロード?
「こりゃあ、どうも。まさか、ゴブリンロードの上位種までご存知だとは、さすがは“謀将”様」
「名をうかがっても?」
「へい。あっしはグレーターゴブリンロードのイグニッシと申します。北は聖砂地方から南はハンマーランドまでゴブリン統治ならあっしにお任せくだされ!」
「イグニッシ殿。その話は我が後継者のキースにしてくれたまえ」
「これはこれはご子息様でしょうか? あまり似てませんね」
「養子ですから」
なんだか調子のいいゴブリンだ。
これはこれで面白い。
ゆらりと近づいてきたのはインビジブルだ。
もともとは単なる、夜に出会う影という怪談の中の生物だ。
ほとんど意思がないとされる。
まあ、意思疎通が難しいからだ。
その代表っぽいインビジブルはベリティスの顔を見て何かを呟いた。
何を言われたのだろうか。
ベリティスは嬉しそうに笑っていた。
そして、ジェナンテラは寝台の横に、拾ってきた鎧の破片を置いた。
トラアキアで戦死した“鋼将”ラインディアモントの破片だ。
そして、ここに生きているにしろ、死んでいるにしろ、十二の魔将、あるいはその係累、意志を継ぐものが姿を揃えたのだった。
次回!あの方が目覚める!そしてキースはベリティス城の修繕費を捻出できるのか!
明日更新予定です。