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レベル1の魔王様は遠慮しない!  作者: サトウロン
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レベル73 月の夜

もろもろの手続きを終えて、明日には帝都を出発することになった。


 滞在中はいろいろな人たちの訪問を受けて、キースは若干気疲れ気味だ。


 トラアキアの藩王トネリコとその配下でキースも共に戦ったこともあるケーリア。

 この二人は、素直にベリティス公爵位の就任を祝ってくれた。

 

「いやあ、まさかベリティス公爵様となられるとは驚きですな

。ぜひとも我が国と取引をお願いしたい」


「それはこちらからお願いしたいと思ってました」


「あらあ? キース様の代になって軍備強化かしら?」


ねっとりした口調なのはケーリアだ。

その台詞がジェナンテラの気に触ったらしい。


「失敬な。ベリティス様は生きておられる」


「あら、あなた? 新生魔王軍の……? キース様のお妾になったのかしら」


「な、ななな。そうではなくて、わらわ、私は!」


「動揺しちゃって可愛らしいわ」


「これ、ケーリア。公爵殿のお連れの方に失礼ですぞ」


「あら、そうね。ごめんなさいね、お嬢ちゃん」


「お嬢ちゃん!?」


「では、キース殿。今度は平和なトラアキアにどうぞお越し下さい」


「ええ。本当に何もかも投げ出して休養したいところです」


「はっはっは。私もです。それでは」


トネリコとケーリアはそんな話をして去っていった。


なんなのじゃ、あれは!? とジェナンテラは怒っていた。



その次に訪れたのは陰気な商人だった。

中年のやせぎすの男だ。


「公爵様にご挨拶をと思いまして」


なんでも武器商人らしいが。


それよりもキースは引っかかるところがあった。


「……ローグギルドの使いか?」


陰気な商人の細目がカッと開いた。

それだけで印象がガラリと変わる。

陰気な商人から、蛇のような男へと変貌する。


「いかにも、ベルスローンローグギルド幹部のデュオケラだ」


まるで蛇のように鋭い眼光。


「なるほど“帝都の毒蛇”という二つ名は聞いたことがある」


「……ふうん? 動じねえな。さすがローグギルド最年少幹部だけはあるか」


入ってきた時のおどおどした態度が嘘のようにデュオケラは居丈高な態度だった。

貴族に対する態度としては無礼討ちされてもおかしくないものだが、ローグギルドのランクからすれば順当なものだった。

ベルスローンの幹部と辺境のキディスの幹部とではランクが違うのだ。


「それ、で。デュオケラさんは何の用です?」


「いいや。こっちのギルドに挨拶がないから、わざわざ来てやっただけだ」


要は格付けなのだ、とキースは理解している。

反社会的な連中が多く集まるローグギルドで、序列は大きな目安になる。

格付けすることで、誰が上かわからせることで余計なトラブルを減らしているのだ。


「そうですか。それはお手間をとらせました、ね」


キースは、デュオケラを見た。


その瞬間、デュオケラの顔に恐怖が浮かぶ。


「な、なんだ? なんなんだお前は!?」


キースは別に怖い顔をしたわけではない。

ただ、トラアキアで時の神に矢を射かけた時のように、自身の持つ集中などのアクティブスキルを全部使っただけだ。

おそらくデュオケラには何をどうやっても狙撃されるような感覚を与えているのだろう。


「デュオケラさん。こちらも忙しかったとはいえ、挨拶が遅れたことは謝ります。どうもすみませんでした」


棒読みだった。

が、デュオケラは顔面蒼白になりながら頷き、なにやらごもごもと呟いて走って出ていった。


「よっぽどキースの顔が怖かったのじゃな」


「何を失敬な」


今回は力関係を理解させたが、いずれローグギルドは押さえなければならないな。

あれは表社会と裏社会の境界のようなもの、あそこからどちらの世界にも顔を出せるというのは大きなメリットだろう。


こんなふうにたくさんの客を相手にして、キースは疲れてしまったのだった。


最後の客(なんとかという男爵だった)が帰って軽く夕食を取ると、窓の外には月が出ていた。


雲が多い。

明日は雨が降るかもしれない。


ベリティスの私邸のキースの部屋で、月を見ていた。

寝るまでのほんのわずかな時間、ぼーっと呆けていたかった。


こんこん、とドアを控えめにたたく音がした。


「わらわじゃ。起きておるか、キース」


「起きてる」


「ちょっと入っても良いかの?」


「ああ」


キースはドアのところまで歩き、開けた。

寝る間際だったのだろうか、ジェナンテラは髪をおろし、寝間着に着替えていた。


「お邪魔します」


「あ、ああ」


その格好が普段とあまりにも違っていたから、キースは戸惑う。


「どうしたのじゃ?」


「いや、なんでもない」


「そうか」


ジェナンテラはさっさと部屋に入り、寝台に腰かけた。

キースは椅子に座ろうとするが、ジェナンテラは隣をぽふぽふとたたく。

隣に座れ、ということらしい。

キースはおとなしく、ジェナンテラの隣に座った。


「んで、何かあったのか?」


「出発の前にベリティス様に言われたのじゃ」


「何を?」


「キースの妻にふさわしい態度でおれ、と」


「……」


「……」


「……は?」


「帝国貴族としてキースは認められた。しかし、魔王軍の軍師としての正当性がない。ゆえに」


「ベリティス様の腹心かつジャガーノーンの娘であるお前とくっつけと?」


ジェナンテラは頷いた。


「嫌か?」


「嫌というか。お前はどうなんだ? 俺はちょっと頭が回るだけの男だ。魔王様のように強くもないし、ベリティス様のように頭がいいわけでもない。それに……俺は人間だ。そんな相手に政略結婚のようなことを……」


「わら……私は……キースの妻になりたいと思っている。もちろん、ベリティス様に言われたように魔王軍の一員として、ジャガーノーンの娘としての義務があることはわかっている」


「じゃあ……」


「キースが好きだ」


力強い言葉だった。


「ジェナンテラ……」


「私は幼いころからひとりぼっちだった。自分が悪いことはわかっているけど、ずっと一人だった。寂しすぎて寂しいこともわからなくなるくらい。私を友達と言ってくれたのは魔王様だけだった」


「……」


「やがて魔王様が封印され、父が死に、私は魔王軍の残党を率いて生き残りを図ることになった。そしてその焦りから双子の神に囚われた」


ヤヌラスとヤヌレス。

片割れだけですら、魔王様、キース、ヨート、アグリス、メルチ、ノーン、ケーリアの全員で相対してようやく動きを止めることができたくらい、その力は隔絶していた。



「自分が自分でなくなるような、意思すら奪われる生活から解放してくれたのは、キースだった」


「俺が?」


「人間の身で神に矢を当てた。その時、神の苛立ちが私の拘束への注意を失わせた。私は自由になり魔王様を助けることができた。それはキースが私を助けてくれたから」


「そんなのはたまたまで」


「たまたま神に矢を射かけるのはキースくらいだ。過程がどうあれ、結果的にはキースは私を救ってくれた。それは事実だ」


「……」


「ありがとう。感謝している」


ジェナンテラが見せた笑顔はとても可愛かった。

人の嘘や裏表をある程度判別できるキースの目は、それが本当の、心からの笑顔だと言っている。


ジェナンテラはキースの手を握った。

そして、キースの顔を見る。

まっすぐに目を合わせる。


「もう一度言う。キースが、好きだ。その顔も、くるくるした髪の毛も、背が高いところも、手先が器用なところも、目の色も、頭が良いところも、口がうまいところも、作ってくれる料理も、ぜんぶ、ぜんぶ大好きだ。だから、私をキースの妻にしてくれないか?」


その顔があまりにもまぶしくて、キースは目をそらす。


「俺は……俺が嫌いだ。小賢しい頭も、回りすぎる口も、高いだけの背も」


「キース……」


それは初めて吐露されるキースの感情だ。


「俺は、俺になりたくなかった」


「……」


ジェナンテラはまだキースの手を握っている。

その手は暖かい。


あ、そうか。

キースは自分の中の感情が、何を目指しているのかを理解した。


「俺は魔王様になりたかったんだ」


「魔王様に?」


「強くて、格好よくて、自信家で、毎日楽しそうな魔王様に」


その憧れるような目も、ジェナンテラには好ましい。


「その気持ちはわかる気がする」


「そっか、そうなんだ。はは、俺は魔王様に認められたくてがんばってたんだよ。だから、魔王様がいなくて、がむしゃらに、こんなところまで来た」


「キースががんばってるのは知ってるよ」


「なんでそんなに……俺のことを」


「キースは格好いい。それは間違いない」


「断言されても」


「魔王様のようになればいい。キース自身のままで」


「俺自身のままで魔王様のように……?」


「ものは試し、元魔王をはべらしてみるのはどうだろうか?」


かなり真っ赤な顔のジェナンテラに、キースはなんだか焦りを抜かれて落ち着いた。


「落ち着けよ。てか、本当に俺でいいのか?」


「いい」


「他にいなかったのか? 魔王軍時代とか、新生魔王軍のころとか」


「強いて言うなら魔王様かな」


「魔王様なら嫉妬する気にもならないな」


「まあ、魔王様じゃし」


「口調が安定していないのはなんでだ?」


のじゃ口調と、女の子らしい口調が入り交じっている。


「こ、これでも魔王として威厳のある話し方をしようと研究したのだ」


「その結果が、のじゃか?」


「うむ。今では自然に出せるようになったぞ」


えっへんと胸をはるジェナンテラ。

無いが。


「ジェナンテラ」


「なんじゃ?」


「普通の口調で」


「な、なに?」


「俺もジェナンテラが好きだ」


「お、おおう(唐突!)」


「けど今すぐ結婚は考えてない」


「そ、そうか(これはダメなパターンなのか)」


「だから」


「だから?」


「恋人から始めないか?」


ジェナンテラは考えていたことが全部パーっと消えてなくなった。

早鐘のように打ち続けていた心臓の音も。

ぎゅっとに握ったキースの手も。

考えられなくなった。


「よ、喜んで」


「ジェナンテラ……は長いな。ジェナと呼ぶ、いいな?」


「(俺様口調!?)う、うん」


「ジェナ、ありがとな」


「(何が?)う、うむ」


「あ、そうだ。俺と二人きりの時は普通の口調で頼む」


「(二人きりの時だけ!?)わかったのじゃ」


「普通の口調」


「わ、わかったわよ」


「ぎこちないけど」


「普通の口調など使わなすぎて忘れたのじゃ……忘れちゃった」


「ジェナ……」


「な、なにキース」


「とりあえず寝よう」


「ね、寝るってまさか」


「もう日付が変わった」


「ホントだ。もう寝なきゃ」


「俺の寝台を使え、俺はソファで……」


「一緒に寝る」


「いや、でも」


「一緒に寝るの、わかった?」


「わかった」


結局、その夜はそれ以上は何もなかった。

二人ともドキドキしすぎて、あまり眠れなかったことだけ報告しておく。

深夜に書いた。

もげそう。


次回!帝都から帰還するキースたちへ更なる試練!


明日更新予定です。

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