レベル69 イチャイチャするのは見えないところでやってほしい
だが。
光の槍は、一つもラスヴェートを貫くことはなかった。
なぜなら、ラスヴェートの前面に展開された白く輝く障壁が、彼を守っていたからだ。
その暖かな障壁の作り手をラスヴェートは知っていた。
「メルチ!」
「お待たせしました!」
白い僧服に白い杖。
白が基調のバルニサス信徒の衣装に、青から薄紫、そして朱の色の太陽の紋章がついている。
バルニサスの信者であり、かつ黎明の魔王ラスヴェートの使徒でもある証だ。
その銀の髪に、楽しげな笑み。
メルティリア・グラールホールドである。
「今度は余の夢に会いに来たか?」
「そうですね。私、待ってるより押し掛けるタイプなので」
「気が合うな、余もだ」
「私があれの攻撃を防ぎます。ラスヴェート様はなんとかしてください」
「なんとかと言ってもな」
どうも、あの滅びの巨人に攻撃が通じる気がしないのだ。
それに、レベル1だし。
「バルニサス様が言っていました。たとえ、この世界の外の存在であろうと、この世界に来たからにはステータスによって規定されることには違いはない。だから」
「だから?」
「殴ってればいつかは倒せる! だそうです」
思わずラスヴェートは笑った。
「いつからバルニサスはそんな脳筋になったのか」
ともあれ、その情報はラスヴェートにとって朗報だった。
メルチの出現とあわせて、希望が見えてきた。
「行きますよ、ラスヴェート様」
「倒れるまで殴る、か。ずいぶん簡単なことよ!」
さっきまで感じていた焦りや閉塞感はどこかへ行ったようだった。
後ろで支えてくれるものがいるだけで、ラスヴェートはまるで飛ぶような気持ちになった。
滅びの巨人は再度詠唱する。
どうやら爆発魔法のようだ。
「メルチ!」
「もう張ってます!」
メルチの言葉通り、爆発は障壁に遮られかけらもラスヴェートには届かない。
「今は剣を持っておらぬのでな、この拳を振るわせてもらおう。“白打虚空拳”」
ラスヴェートは魔力を爆発させる。
それによって発生した空間の揺らぎ、そこに幾重にも可能性を重ねていく。
その魔力の量に応じて、その数は増していく。
ラスヴェートは少なくとも百は可能性を重ねることができる。
その可能性を全て、敵を殴ることに費やす。
結果、瞬間的に百発の打撃が巨人を襲う。
亀裂に半分埋まった状態では回避もできない。
そして、その状態では時間の凍結もできない。
防ぐには巨人の動きは遅すぎる。
百発の打撃はことごとく巨人に命中した。
そして。
長い時が流れた。
ラスヴェートの体感時間にして一年以上。
その間、ずっと戦い続けられたのはこれが夢の中だからだろうか。
それとも後ろでずっとともに戦ってくれたメルチがいたからか。
「全面的にメルチのおかげってことでもいいんですよ?」
笑いながらメルチはそう言う。
「そうだとしたらどうするのだ?」
「そうだとしたら、嬉しい、かな?」
「メルチが嬉しいと思うのなら、それで構わんよ」
「ラスヴェート様……」
「さて、そろそろ終わりにするか」
滅びの巨人はすでに全身が亀裂に入っている。
年単位の時間があれば押し込めることはできるのだ。
ラスヴェートは亀裂の縁に立ち、巨人を見下ろした。
「次は現実世界で会おうぞ。そして、決着をつける」
「sy2w2twag!majtgmt.m」
それは巨人の声だった。
はじめて見せた感情の発露。
それは怒りか、悔しさか。
「さらばだ。拳聖新陰流“無明”もどき」
すべての力を一点に集中する拳聖新陰流の奥義を叩き込まれ、巨人はついに全身を亀裂に押し戻された。
そして、その深さも知れぬ底に落ちていく。
言葉にならぬ叫びを残して。
ラスヴェートはその姿が見えなくなるまで、見つめ続けていた。
「ラスヴェート様……」
「なあ、メルチよ。これは、なんだ? 余たちは何と戦っていたのだ?」
「あくまでバルニサス様に教えてもらった話ですが、ここは集合的無意識というところらしいです」
「集合的無意識?」
「私もよくわからないですけど、全ての存在の無意識の根源はつながっているらしいです。だから私はラスヴェート様の夢に来ることができた」
「全ての存在の根源……そこに亀裂が入り、滅びの巨人がいたということは……どういうことなのだ?」
「はい。なんでも終末思想はそういう終わりそうな現象が起きる前から拡がりはじめるのだそうです。つまり、終末は心の中から始まる、ということらしいです」
「実際に起きる前に、終わりが心の中から始まるか。その象徴が奴だった、と」
「たぶん」
「亀裂……おそらく、現実にある世界の亀裂も同じようなことが起きている」
世界に亀裂が入り、人間の重さで広がり続けている。
その亀裂の奥には、さっきの巨人が潜んでいる。
滅びをもたらす巨人が。
「そうですよね」
「神だ、魔族だ、人だ、と争っている場合ではない、ということだ」
「人間を滅ぼしても、かえって終末が近づくだけですしね」
「そうだ。ということは起きたらやることが山盛りということだ」
「ラスヴェート様、私は応援しています!」
急に他人事のように言い始めたメルチにラスヴェートはニヤリと笑って言った。
「余とメルチはすでに同じ情報を共有しておる。一蓮托生、生きるも死ぬも共にだぞ」
メルチはハッとした顔をする。
そして顔を真っ赤にして言った。
「……それって、プロポーズですか?」
ラスヴェートも自分の言った言葉の意味に気付く。
「……二度目になるかのう……」
メルチは覚悟を決める。
顔は赤いままだが。
「いいですよ。ラスヴェート様のお嫁さんにしてください」
「良いのか?」
「良いも悪いも、それしかないじゃないですか。夢の中とはいえ、一年も一緒に戦ったんですよ? ラスヴェート様の癖なんか把握ずみですよ」
「いや、好きでもないものを無理矢理というのは余の好みではなくてな……」
「好きじゃない人を助けになんか来ないですよ」
「……それは、つまり」
「私、ラスヴェート様のこと好きですよ。大好きです」
「メルチ」
「ラスヴェート様は、どうなんです? 最初に言った手前、今さら前言を取り消せなくなっただけですか?」
そういえば、最初に余の妻になれ、という発言をラスヴェートがしたのも夢の中だった、とメルチは思い出した。
「いや、そうではない。余もメルチが好きだ。人間の言葉で言うなら……そう……愛しておる」
「じゃあ、問題ないですね」
「うむ。我が妻となれ、メルチよ!」
「どうしてそこで魔王っぽく言うんです?」
「え? だって余は魔王だぞ」
「自分の言葉で言ってくださいよ」
「自分の……言葉……」
ラスヴェートは魔王として生まれた。
魔王であることが、ラスヴェートの存在意義。
メルチの発言は、その前提を揺るがすものだった。
魔王ではない、ラスヴェートとしての言葉。
はじめて、魔王とラスヴェートはお互いを認識した。
「余……いや、私は、僕は、俺は、吾は、自分とはなんだ? 魔王とはなんだ?」
「私はラスヴェートの言葉を、意思を知りたい」
自我がゆらめく。
そして、魔王とラスヴェートという不可分な二つは、ラスヴェートを核として統合される。
「俺は、ラスヴェートはメルチを愛している。俺の側にいてくれ、ずっと」
メルチはラスヴェートの手をとった。
「はい。ずっと一緒にいます」
「不思議だ。今までの俺でないような、そんな気分だ」
「ラスヴェートはラスヴェートだよ」
「そうやって、急に呼び捨てにする」
「妻の特権かな」
「妻の尻にしかれる、というやつか」
「私はそんなに重くないですけど?」
「悪くはないかもしれん」
ふとメルチは空を見上げた。
赤茶けた空はどこかへ消えて、星空が拡がっている。
あの星の一つ一つが誰かの意識なのだろうか。
「ラスヴェート様、そろそろ目覚める時間です」
「そうか。寝ているのに休めなかったな」
「ちゃんと起きれますか?」
「さてな。メルチが起こしに来てくれれば起きられるかもしれん」
「はいはい。じゃあ、ちゃんと待っててくださいね」
ゆっくりと世界はぼやける。
夢が終わり、目覚めがくる。
そして、ラスヴェートは目を開けた。
起きそうな魔王様ですが出番はしばらくない模様
次回!今度はキースの番!あれ?主人公どっちだっけ
魔王「余だ!」
作者「キース主人公でもいいかも」
魔王「だって、タイトルが……」
作者「ダブル主人公!」
魔王「たいていどっちかが引き立て役になるんじゃ」
作者「さて、どっちがなるんですかねえ」
魔王「さてはこの先の展開決まっておらぬな」
作者「!?」
魔王「とりあえず明日更新予定じゃ」