レベル63 いきなり森林生活
更新再開します。
「”精密弓”」
弓使いの高位スキルによって放たれた矢は、獲物の急所に吸い込まれるように突き刺さった。
名前もよく知らない鳥だが、とりあえず血抜きをしておく。
本当はよく冷やさなければ美味くはならないらしいのだが、自分で食べる分だけなのでまあよし、とする。
パッシブスキル”隠密”の効果で、行動中の音や匂いなどが軽減され、気付かれにくくなる。
これが、狩猟では大きなアドバンテージになった。
そもそも弓を使っていて、気配察知もあるし、もしかしたら猟師の方が適正があったのかもしれない。
軍師の次は猟師か、とキースはため息をつく。
ここは、ベリティス公領の中にある名も無き森だ。
公爵の直轄領であるため、地元民も入らない。
そのため、野生の動物が多く生息している。
あれから、半年ほどがたっていた。
トラアキアの新生魔王軍、そしてその背後にいた時の神と戦い、魔王が敗れ、惨めに逃走してから半年。
キース達は、保護してくれたベリティス公爵の世話になっていた。
ジェナンテラはベリティスの元で、秘書のようなことをしている。
ノーンはそのジェナンテラの召使というか、執事というか、まあそれなりだ。
アグリスとヨートはあのあとすぐに目覚めた。
二人とも回復し、ベリティス公の公爵軍の将兵らと訓練にいそしんでいる。
魔王様とメルチはまだ目覚めていない。
魔王様は一命をとりとめた。
完全に死ぬ寸前に、ベリティス公が処置をしたため命だけは助かった。
しかし、まだ意識を失ったまま眠り続けている。
ジェナンテラは魔王との魂の共有を考察したが、一行の中で最も共有が深いのはおそらくメルチだろう。
そのせいで、メルチもまだ目覚めないのだと思う。
周辺諸国も一時、混乱したのだという。
キディスでは、アリサ女王とアザラシ中央守護職が倒れ、グランデではベルデナット女王とスターホーク親衛隊長が倒れた。
四名とも時間差はあったがすぐに目覚めたために、大きな混乱にはならなかった。
トラアキアは幸いにして藩王も、ネルザ砦主将のケーリアも生存していたため藩王国崩壊にまではいかなかった。
そして、キースは。
森でサバイバル生活をしていた。
ベリティス公の言によると。
「お前は理で動きすぎる」
とのことだ。
わからない、と返答するとキースはこの森に連れ出され放置された。
ベリティス公か、魔王様が許可するまで森の外に出ることを禁じる、だそうだ。
なぜか、初日だけベテラン”猟師”職の男性が猟の仕方と代表的な動物の捌き方、処理の仕方を教えてくれた。
というわけで、キースは一人森の中というわけだ。
寂しくは無かった。
果ての無い草原で一人なのと、街の人ごみの中で一人なのとどっちが辛いか、と聞かれてもどっちも同じと答えるのがキースだからだ。
ローグギルドの幹部にまでなったが、決してローグの奴らを信じていたわけではない。
そういう、計算高さのようなものを理で動きすぎると言われたのかもしれない。
弓を構え、矢をつがえ、放つ。
精密弓により、額の急所を貫かれたイノシシは即死した。
鳥とイノシシ、このくらいあれば数日分にはなる。
日はまだ高いが、寝床に戻ることにした。
寝床というか掘っ立て小屋のようなものだ。
ここに昔住んでいたらしき不法移民のようなものの住まいの跡らしい。
キースはその周囲に足首がつかる程度の溝を掘り小屋を囲い、水場から水をひき簡易な堀とした。
無いよりはマシというレベルだが。
小屋の軒先には獲物をつるし、干し肉にしている。
猟の最中でも食べられる携帯食料だ。
それに冬まで森にいろ、と言われたら保存食として重宝するだろう。
小屋の中には、前の住民が残した囲炉裏という炉がある。
天井に自在鉤をつるしてあり、鍋がひっかけられて煮炊きができる。
炉、というよりは焚き火を持ってきた感じだ。
灰のなかには自生の芋のようなものをそのまま突っ込んである。
もう少し焼ければ食べられるくらいに火が通るだろう。
キースは小屋に入り、薪を少し足して火の勢いを調整する。
ああ、そうだ薪も作っとかないと。
今のところは、枯れ木で代用しているが本格的に過ごすなら木を切って乾かさないと。
それには斧が必要だなあ。
壁の補修もしたいし。
それに野菜。
野菜も食べたい。
肉だけ生活もはじめは良かったが、徐々に穀物や野菜がほしくなってきた。
それに栄養が偏ると病気になるって言うしな。
なんだっけ壊血病だっけか。
つるしてある鍋は前の持ち主が置いていったものだ。
というか、前の持ち主も骨になっていたけど。
知り合いの死神に加護を祈って裏に埋めといた。
鍋の中には何日か前に獲れた狸肉がくつくつと煮られている。
かなり脂の多い肉だったが、数日干して見たらちょうどいいくらいになった。
焼くよりは煮た方がいい気がしたが当たりだったようだ。
水と狸と塩だけだが、ダシが良く出てて旨い。
外はもう日が暮れて、囲炉裏の明かりだけがほんのりあたりを照らしている。
ギャン、と近くで何かが喚いているが気にしない。
「うん、これはこれでなかなかいいもんだ」
「いいわけあるかッ!」
心地よい静寂をぶち破って登場したのは、朱天の姫王ジェナンテラ様である。
「まあ、気配察知で来たのは知ってましたけど」
「じゃあ、声をかけてもよかったのではなかろうか……」
「ミニ堀に引っかかって転んだことも知ってましたけど」
「……お主、性格悪くないか?」
「しょうがないでしょ? 一人でこんな森の中に住んでるんですから。お客が来たときくらい、会話を楽しみたいんですよ」
「会話を楽しみたいのなら、やりようはあるだろうに」
「で、何の用ですか? 朱天の姫王様」
ジェナンテラの頬に朱がさす。
その呼ばれ方は恥ずかしいようだ。
うん、イジリ方がわかってきたぞ。
「妾はそんな名前名乗った覚えはないッ!」
「でも、ノーンはそう言ってましたよ」
「それはノーンらが勝手に呼んでただけじゃ!」
「でも、そう呼ばれたい気持ちがあったから、呼ばせてたんですよね?」
「そ、そんなわけ……!」
「ノーンはそんな風に言ってましたよ」
「おのれ、ノーンめ。忠臣顔をして妾を辱めるとは!許せん」
「まあ、嘘ですけど」
「……ホント、性格悪いのう」
「で、何の用です」
「……それにしても、満喫しておるの」
「そう見えますか」
「妾はまだ夕餉前じゃ、食わせよ」
「あ、それ俺の」
ジェナンテラは空いていた器に、タヌキ汁を持って食べ始めた。
「んー、上手い。肉は旨いのう」
バクバクと肉を食う。
椀が空になるとすかさず鍋の中身をよそい、食事を再開する。
その間、コンマ二秒。
瞬く間にキースの夕ご飯、タヌキ汁は消えてしまった。
ふつふつとキースの中に苛立ちと怒りがこみあがる。
「俺の飯を食いに来たのかッ、あんたは!?」
「いきなり、敬称が消えた!?」
「飯の怨みは恐ろしいんだぞ!」
「……うう、悪かったのじゃ」
ジェナンテラが謝るのでキースは許してあげた。
そして、囲炉裏の中から焼き芋を取り出す。
ほどよく焼けて、いい匂いがする。
一口かめば、甘い!
「うん、これはこれでいけるな」
「なんじゃ、それは!? 妾も食いたいのじゃ」
「体の弱い、引きこもりお嬢様設定どこいった!?」
「そんなものは牛肉を大口で食ったときに無くなったのじゃ」
芋をめぐって、戦争が起きた。
そして、キースは芋を死守し、敗北したジェナンテラがあまりに哀れなので半分恵んでやることにしたのだった。
というか、ジェナンテラの目的はなんだ?
ただ、飯を食いに来ただけだったりするのか?
ホントにジェナンテラの深窓の令嬢設定はどこに行ったのか。
次回!森での生活を満喫するキースのもとへ訪れたジェナンテラの目的が明かされる。
明日更新予定です。




