レベル62 神と魔王と朱天・決着
仲間たちの奮戦の結果、魔王とヤヌラスの間を阻むものはなくなり、魔王の持つ剣が、時の神の片割れの腹をグサリと貫いていた。
しかし、それでもヤヌラスの顔には不敵な笑みが浮かぶ。
「ふ、ふふふ。この剣……ヘリアンティスじゃないか」
それは五百年前の英雄”聖騎士”の持っていた剣だ。
聖なる輝きに包まれた陽光の剣、魔族にとって天敵とも言われている。
魔王城に攻め込んできた聖騎士の亡骸とともに、五百年間放置されていた。
それを封印から目覚めた魔王が持って来たのだ。
「だったら、どうだというのだ」
「わからないかい? これは僕らの側の武器だということさ」
ヤヌラスの顔に血の気が戻ってきていた。
光り輝くヘリアンティスから、聖なる気を吸収しているのだ。
もちろん、五百年も放置されていたのだから蓄えも少ない。
しかし、瀕死の神がなんとか戦える状態に戻る程度はあった。
聖気を吸収されつくしたヘリアンティスはボロリと崩れて、消え去った。
「ちぃツ!」
「ははは、後一撃が足りなかったねえ、ラスヴェート」
哄笑するヤヌラス。
そこへ、紅蓮の炎が舞い上がった。
「一撃で良いのか?」
そこには、しっかりとした顔で立ち上がり、キッとヤヌラスを睨む女性がいた。
赤い目の少女にしか見えないが、魔王と同じくらい古くから存在する純粋魔族。
朱天の姫王ジェナンテラが。
掲げた手には、二つ名”朱天”のもとになった高位精霊”朱雀”がたたずんでいた。
「な、拘束が!?」
「行け、朱雀。精霊スキル”バーストストリーム”」
飛び立った朱雀は一直線に天空まで飛び上がった。
その軌跡に烈火が燃え上がり、上昇気流によって炎の竜巻となってヤヌラスを襲った。
轟々と燃えるヤヌラス。
「うそ、だ。僕は神だ……ぞ?」
全身を炎に包まれ、ゆっくりと崩れ落ちるヤヌラス。
そして、彼は動かなくなった。
魔王は振り返り、ジェナンテラを見た。
「よくやったぞ、ジェナンテラ」
「魔王様! 後ろ!!」
驚愕と焦燥に彩られたジェナンテラの表情。
魔王はその声に従い、後ろを向こう、とした。
だが、それは途中で止められる。
背中から胸を貫通する感触と激痛によって。
胸から生えているのは銀色の先端。
「”エルダーズディレイ”」
まるで肉体がねっとりとした何かに包まれたように、ゆっくりとしか動けない。
ゆるゆると振り返りつつ魔王が見たのは、魔王を貫く銀色の杖と、その持ち主である、二子の片割れ。
時の神ヤヌレスの姿だった。
「ヤヌレス!!」
「さらばです。ラスヴェート、時の輪の内で今度は永遠に眠りなさい」
グリッとヤヌレスは、魔王に突き刺さった銀色の杖を抜いた。
明らかに致死量の出血、そして放出される魔力。
「撤退よ!」
叫んだのはケーリアだった。
彼の周りに立っていたはずの、メルチ、アグリス、ヨート、ノーンが倒れている。
「魔王様を残していけるかッ!」
「全員死ぬつもり!?」
「一撃当てて、魔王様を取り戻すッ!」
キースは弓を構え、矢をつがえ、放……つ前にヤヌレスが目の前まで接近する。
「神技を使うまでもなく、人の子は遅すぎる」
ヤヌレスは杖を振るう。
魔王様ですら貫いた杖だ。
当たればキースなんかバラバラになってしまうだろう。
だが、ヤヌレスの背後から投擲された瓦礫が、時の神の背中を強打する。
「“バキーン!!”」
そびえたつ鋼の巨人。
ジェナンテラはその姿を見て、その名を呼ぶ。
「ラインディアモント様!」
「“ジャーン!”」
呼ぶ声に勇ましい効果音で答えて、“鋼将”は魔王の体をキース達の方へ投げる。
キースがキャッチしたのを見届けるとラインディアモントはヤヌレスへ挑みかかった。
「造りモノが神である私に手向かおうというのですか?」
「“ガッキーン!”」
ジェナンテラはキースの袖を引っ張る。
「逃げるぞ」
「でも、まだあの巨人が……」
「ラインディアモント様は死ぬ気ぞ。五百年前に果たせなかった宿願を果たすためだけにあの方は生き残ってきた。それを止めることはできぬ」
ジェナンテラは気丈に、それでも目に涙をためて言った。
魔王の鎧に姿を変えて、魔王を守り続けた鋼の巨人はキースやジェナンテラたちを逃がすために、神と戦った。
「逃げるぞ。俺は魔王様とアグリスを抱える。ケーリアはノーンとヨートを、ジェナンテラさんはメルチを頼む」
「ここぞという時の判断力は凄いのよね、この子」
そして、倒れた仲間たちを抱えてキースたちは逃げた。
神と巨人の戦いは、ついにジャガーノーン砦の構造的に重要な部分まで破壊したらしく、砦の崩壊が始まった。
「なんで、メルチたちはいきなり倒れたんだ?」
崩れ落ちていく砦。
落下する瓦礫を避けながら、キースは疑問を口にする。
「おそらくは、魔王様と魔力とか魂的なものを共有していたのではないか? それで、魔王様が、倒されて、それも共有された、のではないか」
ジェナンテラが途中つっかえたのは、魔王様が死んだということを認めたくないからだ。
だって明らかじゃないか、魂を共有していた者がぶっ倒れるほどのダメージなんて、死ぬくらいしか考えられない。
キースはひどく冷静に魔王の死を前提として考察している。
魔王はヤヌレスに貫かれたあたりから、子供の姿に戻っている。
経験値を捧げて、一時的に元の姿に戻る封印解除の時間が切れたのだ。
「メルチたちは、助かるのか?」
「それは妾にもわからん。ただ、妾も魔王様のことをお慕いしていた。しかし、こうやって話したり走ったりしている。個人差はあると思う」
そういえば、さっきまで倒すべき相手だったはずのジェナンテラと、こうやって普通に話していることがキースは不思議だった。
「そういえば、あんたあのヤヌラスだかヤヌレスに操られていたよな? どうしてあのタイミングで戻ったんだ?」
魔王の一撃では、ヤヌラスは倒せなかった。
とどめをさせたのは、ジェナンテラが契約していた精霊“朱雀”を使ったからだ。
「魔王様が、あの金色を貫いたおかげで“神の目”の拘束が緩んだのだろう。そのおかげで妾は肉体の制御を取り戻すことができた」
「ところで、キース君。これからどうするつもり?」
もう、この砦は持たない。
早急に脱出しなければならないが、その後のアテはあるのか?
「ベルスローン帝国を利用しようと思います」
「は?」
「今現在、神に対抗できうる可能性を持つ国家はベルスローンだけです」
「あんた、本気であんなのと戦うつもり?」
双子の神ヤヌス・アールエルに対して、人間は何もできなかった。
せいぜい、気をそらすのが精一杯。
ケーリアとて、人間の中では強い方だと思っている。
それは今でも変わらないが、ヤヌラスに対しては囮しかできなかった。
人の身では自ずと限界があるのだ。
「あれが、魔王様の敵なら戦います。俺たちは魔王軍なんで」
そういえば、ケーリアはキースたちが魔王軍を名乗っていることは知らないのだ。
「……呆れた。本物のバカね」
「貶されてる気がしないんですけど?」
「誉めているのよ。いまどき、ここまで一途なのはいないわ」
なんだか惚れちゃいそう。
男同士の禁断の恋!
「俺、性癖はノーマルなんで」
あっさり振られた!
そして、一行はジャガーノーン砦に肉薄していたベルスローン帝国軍に接触した。
先行部隊ベリティス公軍と。
そのころ。
ベルスローンの帝都の北方。
十字路地方の北限にある深い森の深奥で彼女は目覚めた。
「あれれー。ラスヴェート様、死んでないこれ?助けに来てくれるの待ってたんだけどなー」
全身を拘束具で固定され、さらに鎖で何重にも巻かれたそれは身動ぎする。
ちょっと力をこめると鎖が弾けとぶ。
もう少し力をこめると拘束具がちぎれる。
自由になると、彼女はぐーっとのびをした。
バキバキと関節から音が鳴る。
「さぁーって、もう百年は寝たでしょ。魔王様の顔でも見に行こうかな」
「お待ちくだされ」
動き出そうとした彼女の前に、肌の黒いエルフ、ダークエルフの老人が立つ。
「あ? なんだお前、殺すぞ」
ビキッと音がなったかと思うほど彼女の感情は憤怒まで一直線に高まる。
「二度と外の世界へ出ないという盟約、お忘れか?」
彼女は首をゴキゴキと鳴らす。
「あー、そんなこともあったっけ。でもよ、オレを止められると思ってんの?」
「この老骨を斬って満足いくなら、いくらでもお斬りください」
「お前みたいなのを斬ったってなんも面白くないよ」
「では?」
「でも行く。なぁに、一人で行くさ」
「もう、この森には帰れぬとお思いくだされ」
「バァーカ、こんなところに未練も何もあるもんか。魔王様は大事なダチだ。それより優先されることなんかねぇよ」
撒き散らしたのは殺気だ。
物理的拘束から解かれたばかり、武器もなければ、防具もない。
それなのに彼女と戦って、勝てるイメージが老人エルフには思い付かなかった。
「では、道中お気を付けて“闇将”ファリオス」
「おまえらももう会うことないだろうけど元気でな」
そうして、ダークエルフの魔将ファリオスは意気揚々と歩き始めた。
トラアキア新生魔王軍編完了。
次回!魔王が倒れた後の世界で人間と魔族はどうするのか?
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