レベル61 朱天の追憶・失
結論から言うと、勇者が強すぎた。
”闇将”ファリオスが稼いだ時間は、魔族だけではなく、勇者にも平等に与えられたのだ。
明らかに強くなった勇者に、クランハウンドが倒され、ラインディアモントも重傷を負わされ撤退、ヒュプノスも乱戦の中で行方不明になった。
ジェナンテラ率いるベリティス軍団も、勇者に挑んだが結果はほぼ全滅。
ジェナンテラは生き残った。
そして、勇者とジャガーノーンは対決した。
いくら対魔族に特化しているとはいえ、数体の魔将、数万もの魔族を相手にした勇者は満身創痍だった。
この世界の誰も知らないことではあったが、勇者「相島隼人」は日本の普通の高校生だった。
この世界に召喚されて、戦いの毎日。
強くなっていくが、心は日本の高校生のまま。
次第にその心は壊れていく。
幾万の魔族を殺しても、何の感慨もわかないほどに。
その灰色の風景が色を取り戻したのは、ジャガーノーンとの闘いの最中だった。
「勇者!! わしにその力を見せてみろ!」
「おおおおお!!」
その戦いには、負の感情は何もなかった。
人類と魔族の戦争。
人類は訳もわからず魔族に絶滅寸前まで追いやられた恨み。
魔族は犠牲をはらってでも世界を救うという大義。
それぞれに理由はある。
けれど、勇者ハヤトにはない。
なのに戦いを迫られる。
平和な世界から来た、ただの高校生に、だ。
戦えば戦うほど、その視界は灰色に染まり、陰鬱な気分だけがハヤトを支配していった。
「どうした! 勇者!?」
「俺はハヤトだッ!」
「そうか、ハヤト! 来いッ!」
笑っていた。
ハヤトは笑っていた。
この世界にきてからはじめて、ハヤトは笑っていた。
ジャガーノーンも笑っていた。
お互いの力を認めあった二人は、その全てをぶつけあい戦った。
ジャガーノーンはその戦いで散った。
勇者ハヤトもその戦いで負った怪我が原因で長くは生きられなかったという。
勇者が重傷を負ったとはいえ、人類統一国家ベルヘイムの大軍はそのまま残っていた。
残存していた魔王軍で、最も位が高かったのはジェナンテラだった。
ジャガーノーンの配下であるジェナンテラの姉たちもいたが、ベリティス軍の軍団長代行のジェナンテラの方が上だ。
ジェナンテラは形振りかまわず軍をとりまとめ、ジャガーノーン砦に立てこもった。
大敗だった。
集まった魔将のうち、ジャガーノーン、クランハウンドが戦死。
ヒュプノスが行方不明。
ラインディアモントは軍団壊滅の末撤退。
まだベリティスがこちらに向かっている最中だが、軍団自体は壊滅している。
この状態で攻められたら、間違いなく魔王軍は終わる。
私の目の前で魔王軍は終わる。
それを考えただけで、ジェナンテラは膝がガクガクと震えた。
だが、ベルヘイム軍は悲願である魔王軍の殲滅を果たさぬまま撤退していった。
ベルヘイム本国でクーデターが起こっていたからだ。
大貴族ベルゼールが起こした軍不在時の政権奪取は成功した。
そして、その傍らにはベリティスの姿があった。
仮想敵としての魔族存続を望む勢力は一定数存在する。
武器商人、軍閥、戦功をたてたい貴族などだ。
その勢力は、魔族討伐が成功し状況が固定化されるのを恐れた。
その恐れをベリティスは刺激し、ベルゼールという若き才の力を持って、新たな国家ベルスローン帝国の建国へとこぎ着けたのだ。
魔族は残った。
それで我慢するしかない、とベリティスは判断した。
数百年がたった。
ベルスローン帝国はますます発展し、それに属さぬ国家も少しずつ増えてきた。
ベリティスは帝国内で地位と領土を得ている。
ジェナンテラら魔族の残党は、トラアキアの中で細々と暮らしている。
ジェナンテラの姉たちであるジャガーノーンの娘たちは亡くなったり、旅だったりしてもうここにはいない。
ジャガーノーンが自らを削って生み出した眷族の子孫はいるが、純粋な魔族はおそらくジェナンテラだけであろう。
そのジェナンテラに客が訪れた。
魔族ではない。
双子だった。
金色のヤヌラスと銀色のヤヌレス。
なんのことはない、ただの雑談で終わった。
だが、その日からジェナンテラの記憶が飛んでしまうようになった。
その頻度は日を経るごとに増えていった。
そして、ジェナンテラが知らないうちに重大な物事が決定されることが多くなった。
新生魔王軍の設立。
ジャガーノーン砦の改修と新城の建築。
十二魔将の制定。
ジェナンテラの魔王への即位。
人間である拳術家クートの雇用。
何が起こっているのかわからなくて、ジェナンテラは一番頼れる人物に助けを求めた。
師匠であり、父の兄弟である人物。
“謀将”ベリティスである。
「老化ではないようだ」
そもそも魔族は老いることはない。
純粋な魔族は寿命もないはずだ。
純粋な魔族であるジェナンテラが老いるはずはない。
「では、一体何が?」
「はっきりとはわからんが心当たりはある」
「さすが師匠!」
「とはいえ、すぐに対応できるものでもない」
「そうですか」
「だが、必ず私がなんとかしてやる。だから自棄にはなるな」
「はい。頼りにしてます」
その後も、ベリティスはちょくちょく遊びに来てくれるようにはなった。
しかし、記憶が飛んでいくのは徐々に頻度と時間を増していく。
もう七日のうち四日は意識がない。
そして、ついに恐れていたことが起きた。
トラアキア侵攻。
ナガーンともう一人の新生魔将が主導で、トラアキア藩都を奇襲した。
そして、成功してしまった。
まずい。
今まで見逃してもらっていた帝国に、敵対してしまった。
いったいどうしたというんだ、私の頭は!?
「止めねば!」
まずは、ベリティス様に連絡し、それから……。
「もう、手遅れですよ」
目の前にいた金色。
双子の片割れ、ヤヌラスがジェナンテラの動きを止めていた。
体がまったく、動かない。
ヤヌラスはただ微笑みながら立っているだけだ。
武器も、道具も、手ですらも使っていない。
「僕らは神です」
神!?
魔族を滅ぼそうと勇者を送り込んだ存在。
ジャガーノーンの仇!
神ならば、私の頭を操るなど造作もないはず!
ジェナンテラは全身の魔力を解放し、なんとかヤヌラスに抗おうとする。
少しずつ、少しずつ体が動いていく。
「さすがは、純粋魔族。軽めにかけただけじゃ、動くか」
ヤヌラスはジェナンテラをじっと見つめた。
「“神の目”」
それは、ほぼ絶対拘束。
スキルのように使えるが神の権能の一つ。
ジェナンテラの意識は体から切り離されてしまった。
そのあとはまるで悪夢を見ているようだった。
自分の声で命令する何か。
魔族に破滅をもたらさんとする悪意。
誰か、助けてください。
そしてノーンが脱走。
ジャガーノーンの眷族の中では比較的、ジェナンテラ寄りだった彼もいなくなった。
誰か……。
魔将たちもヤヌラスの支配下におかれ、攻め込んでくる人間の相手をさせられるようだった。
助けて……。
玉座に座らされ、襲撃者を待ち受ける。
両隣には“神”の双子。
時を司るヤヌス・アールエル。
ついに、魔将を退けて現れたのは。
五百年も前に、ジェナンテラの前からいなくなった。
魔王ラスヴェートだった。
回想編はこれで終わり、時間は現在へ。
次回!神との決着、そして。
明日更新予定です。