レベル59 朱天の追憶・師
「君には文官としての才能はある」
「謀将としての才能はないんですよね?」
「その通りだ。無い物は無いで仕方ない」
君の父親のジャガーノーンに領地経営など無理が過ぎるようにな。
と、ある種ジャガーノーンとは兄弟のような関係である、ジェナンテラの教師ベリティスは言った。
「人には適材適所というものがある。戦って強い者に荷運びさせる益は少ないし、官僚に前線で突撃しろというのも無駄だ」
「先生は、私に何をさせたいんですか?」
「そんなことは決まっている。”領地経営のできる魔将ジェナンテラ”にならせたいのだ」
「はあ」
「そもそも領地経営とは何かね? ジェナンテラ」
と聞かれても漠然としたイメージしか持っていない。
「え、えーと。領民から税をとって、それを道路とか、建物とか、ご飯にするんですよね?」
「ざっくりとし過ぎだが、まあ間違いではない」
騎士道物語か何かで書かれていたのを読んだことがあったのだ。
ただし、その話に出てくる領主は税をためこみ、自分のものだけ贅沢に使い、領民に怨まれている悪徳領主だったが。
「では聞くが、お前が領主なら税は何で納めさせるつもりだ?」
「え? 税は……お金ですよ」
「では、それは金貨か、銀貨、それとも銅貨か?」
「き、金貨かな?」
銀はともかく、銅貨で税を納められたら大変そうだ。
量的に。
「では、領民はどうやって金貨を手に入れる?」
「りょ、両替商……」
連続で質問をされてジェナンテラはギブアップしそうになった。
「ふむ。5点だな」
「何点中ですか?」
「1000点満点だ」
直訳すると全然ダメということだ。
「じゃあ、教えてください。ベリティス様」
「領民、特に農民は税を農作物で納めている」
いきなり、間違っていた。
「税はだいたい六公四民、六割を納めさせ、四割を領民が得るのが普通だ」
「え! 六割も取られるんですか?」
「中には七公、八公取る苛烈な領主もいるぞ」
「それって、農民の人死んじゃうんじゃ?」
「確かに厳しいが、それでも次の年の種籾と一年分の食料として考えればやりくりはできる」
「いろいろ大変なんですね」
「ただし、過酷な税をかけて領民に怨みを買うと今度はそれが、一揆や謀反として噴出する」
ジェナンテラの脳裏には食べ物もなく飢えて痩せ細った人々が幽鬼のように行進する光景が浮かんだ。
「そのような反乱が起きれば、たとえ鎮圧に成功してもその年の収穫は大きく落ちる」
「働き手がいなくなるからですね?」
「その通りだ。反乱の首謀者などを迂闊に処刑しようものなら、乱は統制するものなく燎原の火のごとく拡がってしまう」
「つまり、乱が起きてからでは遅いということですか?」
「そうだ。そのため為政者は領民の慰撫に心を砕かねばならない」
「ですが、あまりにも優遇しすぎると今度は……」
「今度は付け上がって、領主の言うことを聴かなくなってしまう」
「厳しすぎてもダメ、優しくしすぎてもダメ、ですか。統治って難しい」
「百姓どもをば生きぬよう死なぬようにと合点ししかと収納申しつくるべし、これは昔のとある国の王の言葉だ」
「生きぬよう死なぬよう……ですか」
「さて、そのようにして集められた税はどうなるか、わかるか?」
「領主が溜め込むんですか?」
「そんな領主は切り捨ててしまえ」
横領、着服に手厳しいようだ。
「集められた税、それは大量の作物だ。それはどうすれば良いのか」
「商人に買い取ってもらうんですよね?」
「そうだ。集められた税はさらに上に納める分、家臣に分配する分、その領主の公庫に蓄える分に分けられる。公庫に納められた分は食料として保管される分を除いて、御用穀物商人が買い取る」
ジェナンテラの脳裏には、目まぐるしく居場所を変える大量の穀物が映っている。
「そして、その流れは小領主、大領主、貴族もしくは代官、と続き最後に最高機関、例えば我が魔王国では魔王府で止まる」
ジェナンテラの脳裏の大量の穀物は、魔王様の前に並べられていた。
魔王様はご満悦のようである。
妄想だが。
「魔王様のところへ全部集まって、そこから分配されるのではないのですね」
「そうだ。ただ過去にあった国では間に農民たちのギルドを挟むことにより、穀物を一気に金銭にかえて、それを納めたところもあった」
「それは、手間がかからなくて良さそうですね」
「だが、その国は農民ギルドの力が強くなりすぎて、潰れた」
「潰れたんですか!?」
「なぜ、ギルドが強くなったかわかるか?」
ジェナンテラは考える。
大量の穀物を一気に集め、換金する。
ん?
むむむ?
「ベリティス様。その国には穀物商人はいなかったのですか?」
「ギルド設立に際し、協力的な商人はギルドの構成員となり、反発した商人はその国での商業権を失った」
ずいぶん恐ろしい組織だな。
「わかりました。大量の穀物を集めること、それはつまり国の食料事情を操作できるということ。そして、買い取りを独占しているということは、買い取り金額を操作できるということ。ごはんと金の流れを握っている組織が強くなるのは当然です」
「その通り。ただし、穀物市場をコントロールできるということで利益を求めてギルド幹部への賄賂などが横行することになる。その結果、ギルドの権力が国政を左右するまでに増大しその国は腐敗してしまった、とここまで言えれば百点だったな」
「あ、そっか。運用しているのは人間でしたもんね。ちなみに潰れたっていうのはどんな風に?」
「相次ぐ価格変更や、重税、賦役の増大によって農民の負担が限界を超えた。攻撃的な民ならそこで反乱を起こすのだが、その国の民は他国へ逃亡した。ほとんど全部」
「へえ」
「どうやら、ギルド内部の心ある者が国境越えのルートを持っていたらしい。そして、一切作物がとれなくなったその国の、精霊使いの貴族のボンボンが空腹のあまり、岩巨人を召喚。寝転がった巨人によって国は潰れた」
「潰れたって物理的にですか!?」
もっとこう、政府が潰れたとか、ギルドが潰れたとかじゃなくて、巨人がゴロゴロしたから潰れたってのは予想外だった。
イヤ、ホント。
「まあ、これは極端な例だが、我が魔王国でも税制というのは難しいものでな。私が主導しているのと魔王様への敬愛がものすごいから成り立っているがちと厳しいものがある」
「今の言い方は魔王様っぽいですね」
「あの方は私にとって父のような方だからな」
それはジャガーノーンも言っていた。
ということはジェナンテラにとって、魔王様は父の父。
つまり、おじいちゃん!?
ベリティス様はおじさん、か。
魔王様の私への面倒見の良さは孫に対するものだった!?
「さて、自国ですらこんなに面倒なのに、少し前までは敵国だった占領地の統治はどうするか?」
その時、ベリティスの屋敷の屋根の上で鐘がなった。
ベリティスの自由時間、ジェナンテラにとっては学業の時間だ。
ベリティスは自由時間を削ってまで物事を教えてくれるのだ。
「よろしい。次までの宿題だ。反抗的な占領地をいかにして治めるかをまとめてきたまえ」
とまあ、こんな風にベリティス様は私に授業をしてくれた。
多忙なベリティス様は七日に一回くらいしか来てくれなかったが、その分その一回は濃いものになった。
そして、その日がやってくる。
前回で、次は後編と言ったが、実は中編だった。
何を言ってるのかわからねぇとは思うが(略)
次回!ジェナンテラに降りかかる悲劇!親しい者がいなくなり、そして彼女は魔王となる!
明日更新予定です。