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レベル1の魔王様は遠慮しない!  作者: サトウロン
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レベル58 朱天の追憶

神対魔王の決着?

いえ、今回はジェナンテラの話ですが?

ジェナンテラはどちらかというと母似だった。


武骨者で、頑強で、肌が褐色で、目が赤くて、角が生えている。

それが父親のジャガーノーンだ。


けれどもジェナンテラは、色白で、人に近い容姿で、角はない。

唯一の父との共通点は目が赤い、ということだけだ。


四人の姉はみな父親似で、幼いころからわんぱくで、外で男の子と走り回るのが好き、泥だらけで遊び歩くのが好きという風だった。


そんな姉たちについていけなくて、ジェナンテラはいつも一人で屋敷の中にいた。


父親のジャガーノーンとしては、男勝りな娘たちが自慢だったようだ。

姉たちも父親が大好きで、いつもくっついて歩いていた。


ジェナンテラは一人で家の中にいるのが好きだった。


劣等感、というものを自覚したのはいつだったか。

私は姉たちとは違う。

父の血を薄く引いた出来損ないなんだ、と。


今にして考えれば父や姉たちは、ジェナンテラを外に連れ出して一緒に遊びたがっていたのだが、あのころのジェナンテラはそんな好意を逆さまにとらえて、居心地のいい場所から追い出される気分だった。

父も姉たちも、ジェナンテラのことを面倒に思っている、のだと思っていた。


ある日のことだ。


ジャガーノーンの屋敷に一人の客が来た。

とても偉い方のようで、屋敷は上へ下への大騒ぎだった。

ジェナンテラは別に手伝いができるわけでもなく、こっそりとしていようと思っていた。

だから、脳筋の父親が入ることのない、屋敷の蔵書庫で一人本を読んでいた。

そのころ好きだったのは、ベリティス公が著した“魔王軍十二魔将の全て”という、冒険書のような本だった。

魔王軍の英雄たる十二魔将の活躍について記されたそれを見るだけでわくわくした。

父親のジャガーノーンのことも書いていたが、その記述だけはあんまり信用できない。

だって、魔王軍随一の知勇兼備の名将になるんだよ?

あの、家ではガハハハとしか言わない男が。


「それでも控えめに書いてはいるらしい。著者いわく、な」


ジェナンテラの上から降ってきた声に、彼女はビクリと震えた。

だって、この蔵書庫には自分しかいなかったはずなのだ。


「おっと、驚かせたか? その本は余もお気に入りでな。まあ、余のことはたいして書かれていないのだが」


書棚の上から、羽のように軽やかに降りてきたのは人間でいう二十代前半の青年だった。

背は高く、髪は闇夜のように黒い。

肌は褐色、父親と同じように。

アーモンド型の瞳は、興味ありげにジェナンテラのことを見ている。

控え目にいって美形だ。


「本の精霊様ですか?」


こんなところに現れるなんて精霊としか考えられない。


けれど、その青年は面白そうに笑う。


「余が本の精霊か? なかなかに面白いことを言う。そなた、名は?」


「わたしはジェナンテラです。十字路地方の支配者ジャガーノーンの娘、です」


「ほう。あの脳筋の娘にしては礼儀正しい」


優しげなその青年とジェナンテラはすっかり仲良くなった。


青年は意外なほど博識で、本から得て実体験の伴わないジェナンテラの知識を補ってくれた。

やはり、この人は本の精霊なのではないか、とジェナンテラが疑うくらいだ。


「ジェナンテラは将来何になりたいのだ?」


唐突に放たれたその問いを、ジェナンテラは今でも覚えている。

ただ一人で、家の中にこもっていた少女に問われた未来。

いつまでも、このままではいけないのだ。

近い将来、魔王軍は兵を挙げる。

それは長い戦いになり、きっとジェナンテラが大人になっても続くのだ。

そんな世界で、いったい自分に何ができるのだろう、とジェナンテラは思考する。

この広範に得た知識で何を?


「私は……」


開いた口は、想いを告げたいと言う気持ちの現れだ。

脳が言葉を決めてなくても、何を伝えたいか、だけはもう決めているのだ。

青年は頷く。

ジェナンテラは自分の意志を紡ごうとしている。

それを邪魔するようなことはしない。


「私は魔将になりたいです」


「ほほう?」


「でも、それは戦う将ではなく。戦によって荒廃した地を再生するための将です」


「いいじゃないか」


と、青年は笑う。


「そう、そうなんだよ。確かに余は強力な兵を持ち、知謀の軍師らもいる。けれど」


「けれど?」


「戦いの後に、そこを統治する人材がいなかったのだ」


「え? 今まではどうなされていたんですか?」


「全てベリティスにやらせていたな」


「え? だってベリティス様は……」


「うむ。魔王の軍師であり、策謀を企む“謀将”にして、兵坦も任せておる」


それはさすがに働かせすぎではなかろうか。

と、幼心に感じたのを覚えている。


 そんな話をしているうちに、和やかな時間は終わりを告げた。


「陛下! 陛下! こちらにおられますか!?」


 それはいつになく焦ったような父、ジャガーノーンの声だった。

 青年は困ったように微笑むと、扉の外に聞こえるように大きな声で返事をした。


「余は、ここにおるぞ」


 扉を壊しそうなほどの勢いで、ジャガーノーンは入ってきた。


「お探ししましたぞ」


「余とて、ゆるりと友と話し合いたいこともある」


「友……と申されますと?」


「そこにおるではないか。ジェナンテラだ」


 父親の驚いて固まった顔を今でも覚えている。


 話の流れから予想はついていたけれど、青年は魔王だった。

 私たち、魔族の王。

 黎明の魔王ラスヴェートその人だ。


 そしてよく考えると、魔王相手に魔将になりたいと申し出ているのだが、とんでもなく大胆な売り込みだろう。

 それに気付いたとき、恥ずかしくてジェナンテラは穴があったら入りたい気分だった。


 その後、魔王様はいくつかの確認をしたあと、屋敷から去っていった。


 後に、父親はジェナンテラに謝った。

 なんでも、魔王様にこっぴどく怒られたらしい。


「陛下はなあ、わしにとって父親と言える存在でなあ」


 と、ジャガーノーンは言った。


「父親から拳骨をくらったのは初めてじゃったわい」


 なんでも、自分に似て居ないからといって差別をするな、たわけ! と言われたそうだ。


「確かにわしは考えるのは苦手でな。自然とわしに似たお前の姉たちとばかりいるようになった。お前が何を考えているか、わからなくてな」


 親子でちゃんと話し合え、とも言われたらしい。


「魔王様から聞いたが、ベリティスのような仕事をしたいんだって?」


 正確に言うと、領土経営なのだけど。

 謀略なんてできる気がしない。


「わしにはどうすれば良いかわからんが、お前ががんばるという気持ちを応援したいと思う」


 きっと、あの時ジェナンテラは泣いてしまったのだと思う。

 あきらめていた何かが、すぐそこにあったことに気付いて。

 劣等感など感じる必要がなかったことにも気付いた。

 そして、優しい魔王様が友達と言ってくれたことも嬉しくて。


 そして、しばらくたってジェナンテラは家を出た。

 ジャガーノーンの推薦と魔王様の口利きで、”謀将”ベリティスのもとで勉強できることになったからだ。

 

「あいつは小難しい性格だがいい奴だ」


 と、父親は言っていた。

 

 それが本当だと気付いたのは、百年くらいたってからのことだった。

一話で終わらなかった。


次回!ジェナンテラ回想編後編


明日更新予定です。

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